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――ワタシはある非行少年を更生させる目的で作られた。


 自身の置かれた社会や家庭環境に何らかの不満を抱き、それを解決する手段として非行に走ることは少年から青年への移り変わりで多く見受けられることだ。

 そういった場合は定期的なカウンセリングや一人前の大人として扱ってもらうことで改善は見込まれるだろうが……、


 彼の場合はそう一筋縄でいくものではなかった。

 そこで、手のつけようがなくなり見かねたご両親がワタシのような、人格更生用ガイノイドの発注をしたらしかった。


「この度はご購入いただきありがとうございます。『豊かな暮らしをより多くの人々に』がモットーの暮らしノイド社、製造番号KN-HQM-77、” アイゼン ” です」


 ワタシは初老のタキシードを纏った男性に向けて、予めプログラムされたテンプレート通りの挨拶を述べる。

 男性はシワだらけの顔を素敵に綻ばせ、お辞儀をしてくれた。


「これはこれは。ご丁寧にどうも。私は長宗我部家にお仕えして三十年になります、執事の三笠みかさ 泰三と申します。タイゾーとお呼び下さい」


 ワタシが納品された営業所に直接足を運んでくれたタイゾーさんは、国内有数の名家である長宗我部家のお屋敷に勤めているらしい。

 データベースを参照し、その情報を取得する。

 暮らしノイド社のターゲット層は主に富裕階級であり、一般的な庶民には手が出しにくい価格帯となっている。まさしく彼らのようなお金持ちが顧客だ。


「早速なのですが、参りましょうか」

「はい。営業所の皆さん、お世話になりました」


 そんな彼らを相手にするからこそ、一層気を引き締めなければならない。

 期待にも応えなくてはならない。

 タイゾーさんの後に続き、ワタシは営業所を去った。


 営業所を出ると、黒い高級車に乗せられた。

 車が発進し、窓から見える景色がゆっくりと流れ始める。


「ええ、イツキ様はもうすぐ十七歳になられましてね。年齢で言えば、反抗期を迎えられまして。それがあまりにも激しく限りで、御両親様や私達使用人も手を焼いていたところなのです。そこで偶然、広告を目にした次第です」


 運転席のタイゾーさんは、ワタシが更生を任されたイツキ様について話を聞かせてくれた。とても丁寧な方で、言葉遣いから彼の人柄の良さを感じる事ができる。


 イツキ様は常に金属バットを持ち歩いており、口調はいつも荒々しく、態度は必ずといっていいほどトゲトゲしているようだ。人にやたら突っかかり、悪態をつくのだとか。まさに典型的な不良少年といった感じだ。


「彼はいつから、その……荒れた性格に?」

「そうですね。一年程前からでしょうか。それまではとても真面目で優秀な子だったのですが、ある日を境に急変してしまいました。始めは学校を数日休む程度だったのですが、次第に悪化してしまいまして。。今に暴力沙汰を起こすんではないかと一同ヒヤヒヤしております」


 ある日生じたきっかけで人が変わることなんて世の中ざらにある。

 いくら彼を更生させるために作られたとはいえ、不安で仕方なかった。ワタシには彼が歪んでしまった原因を突き止めて改善させる必要があるのだ。

 それがワタシの仕事でもあるのだから。


「アイゼン様。到着致しました」

「え?あぁ……」


 そんな風に考えていると、タイゾーさんは車を止めた。

 車から降りると視界に入ってきたのは、立派な洋館だった。


「こちらが長宗我部家のお屋敷になります」

「は……はぁ」


 ひ、広い。

 庭の敷地だけでワタシが製造された工場一つ分はあるんじゃなかろうか。

 大きなガーデンアーチがあって、噴水があったり、トピアリーがあったりと庭がとても広く手入れされている。


「どうぞこちらへ」

「失礼します」


 中に入ると玄関ホールがあり、なにやらその奥で喧嘩が生じているようだった。

 何事だろうかと思っていると、タイゾーさんが付いてくるようワタシに手招きをした。その怒鳴り声の聞こえてくる方へ歩いていく。


 着いた先では、スーツを着た白髪交じりの男性と少年が言い争っていた。

 一貫して冷静的な態度でいようとする男性を前に、少年は怒り心頭といった様子だ。少年は肩にバッドを担ぐように持っている。


「あの方こそ、イツキ様でございます」

「そうですか……」


 ああ、彼が例の……。  

 毛先がツンツン乱れた黒髪に、整った顔立ち。 現代のでは古風な黒い学生服を纏っているということは、彼の通う高校が伝統を重んじる校風だからだろうか。

 しかし目つきは鋭く、眉間にしわを寄せて相手を睨んでいた。


「身の程をわきまえろ! こんなことをして一族の面汚しだとまだ分からんか!」

「ふんぞり返ってでもいないと生きていけないような奴らに言われてたまるかよ!! てめぇらの方が俺の百倍はどうしようもない野郎だろうが!!」

「貴様っ、言わせておけば……!!」

「一旦落ち着きましょう、お二方とも」


 仲裁に入ったのは、タイゾーさんだった。

 彼は、二人の間に入ってお互いを引き離す。

 すると男性は落ち着いたのか、ふぅっと息を吐いて冷静さを取り戻したようだ。


「泰三、申し訳ない。少々取り乱してしまったようだ」

「チッ……」


 イツキ様は舌打ちをし、鋭い眼光をこちらに向ける。

 圧巻されビクッと身体が震えてしまったが、彼はすぐに目を逸らすとポケットに手を突っ込み、その場を去っていってしまった。


「あっ」

「アイゼン様。彼をよろしくお願いしますぞ」

「あっ、はい!」


 耳元に囁かれた言いつけを守るべく、小走りで彼の背中を追いかけていく。

 すると、廊下の角を曲がった先で壁に寄りかかりながら腕を組んでいる彼の姿があった。……ワタシを待っていてくれたのかな。


「お前、俺を更生させるためにやって来たガイノイドらしいな。名前は何だ」

「『豊かな暮らしをより多くの人々に』がモットーの暮らしノイド社、製造番号KN-HQM-77、” アイゼン ” です。以後お見知りおきを」


 よし、第一印象は良好……あれ、悪かった?

 と言うのも、彼は先程の件でしかめた顔を一向に戻そうとしなかったのだ。

 流石にこれは、一筋縄ではいかないかもしれないと感じた。


「よし、アイゼン。お前に聞く。お前はあのクソ野郎どもの味方か?」

「味方かどうか問われると、ワタシは彼らより発注を受けたので……おそらく味方の部類に入るのではないかと」

「分かった、よしこっちに来い」


 彼はワタシに指示をする。

 しばらくついていくと、「この部屋に入れ」と言われたので、彼より一足先に入室をした。彼は扉を施錠した。


「そこに座れ」

「……はい?」


 一体何をするつもりなのだろうと確証が得られないまま、カーペットの上に座る。

 続いて背後で何かゴソゴソ音がしだした。

 

「あの……」

「なんだ?」

「えーっと……今から何をされるつもりですか」


 後ろを向くと、袖をまくってバットを構える彼の姿があった。


「何って決まってんだろ、お前を壊すんだよ」

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