10
オルガを降りて、しばらく泳いでいった先で辿り着いた古城の門をくぐると、二人の足下に地下へ繋がる階段が現れた。
階段は螺旋状に続いていて先が見えない。それによってテクノイドの光を以てしても照らすことが適わない。壁伝いに慎重に降りていく。
すると、程なくして開けた石造りの廊下に出た。
今通ったところを境に、水が壁のように途切れてなくなっている。壁に沿って等間隔に燭台が置かれているため視界は確保されているが、それでもかなり暗い道だ。
ひんやりとした空気が二人の肌を包み込む。
「……ここの壁、外側から水が染み込まないように防水加工されてるみたい」
ミオンが壁を指で擦ってみると、パラパラと黒の細かい粉末が落ちてきた。
粉末が床に落ちた箇所の下から姿を見せたのは、傷一つない滑らかな白の壁だ。また別の部分を指先でなぞってみると、同じように粉が出てくる。
ここら一帯全て、同様の細工が施されているらしい。
『――分析の結果、アストラモス由来の苔トロンが確認できました』
懐中時計から漏れる、メカニカルな合成女声。
分析によれば、この粉末はアストラモス由来であるとのこと。つまり、この辺りをアストラモスが出入りしている証左でもあった。
「苔能力によるステルス……でも、なんのため?」
「うーん……?」
ミオンの言葉を受けてセーラは考えるものの、やっぱり答えは出ない。
アストラモスの中でも、中位種以上の個体には苔能力と呼ばれる謎めいた力が備わっている。持ち合わせる能力は個体によって様々であり、実際に戦闘を交えなければ分からないことの方が多い。
だが、今回は、
「苔を別のものに擬態させる能力か。気を引き締めていこう」
「うん!」
セーラはピンと張った両腕を振りながら、ミオンの横に並んで歩き出す。
凸凹した石段、廊下のあちこちに設置された松明、天井に等間隔に貼り付けられた絵画。不意に、厳粛な雰囲気に圧倒されていたセーラの足が空を泳ぐ――
次の瞬間、セーラの周りにあった足場が黒い粉へと転じ、崩れていった。
「うわああぁぁっっっ!?!?」
「セーラ!?」
よろめいて前方にのめり、落ちていくセーラの片腕を咄嵯にミオンが掴んだ。
辛うじて落下を免れたセーラの体がぶら下がる。
そんな彼女の足元には……。
「引っ張るよ、いっせーのせっ!」
「あ、ありがとう、ミオン……」
セーラの瞳には涙が浮かんでいた。
彼女を抱擁し、頭をそっと撫でるミオン。
足場が欠損して現れた暗闇を恐る恐る覗いてみると、底に尖った針山の先端が見えた。一つ一つの針が鈍色の光沢を出している。
針山に落ちた者の行く末は……考えたくない。ミオンは目を瞑った。
「怖かったよね。大丈夫大丈夫」
「ううっ、ぐすっ、ぐすっ」
おそらく、侵入者を撃退するための巧妙な罠だろう。
しばしの休息を経て、二人は歩くのを再開した。トラウマを植え付けられてしまったセーラはミオンの後ろから様子見を見ながら進んでいった。
今はテクノイドが二人を先導しているので起きることはもうなさそうだが……。
「……扉だ」
廊下の突き当たりには、大きな両開きの扉があった。
もしかしたら、これも罠の一つなんじゃないか。扉と距離を取り、テクノイドに指示をする。テクノイドが扉に手を添え、ゆっくりと押し開ける。
扉は軋む音を立てながら開いた。
テクノイドは首を突っ込み、中をキョロキョロと覗いた。
ピコピコピポ。
テクノイドは二人の元に戻るや、コクコクと激しく頷く。それが安全であると伝えてることを悟った二人は、テクノイドに追従して部屋に入った。
「お城の中に森?」
ミオンとセーラが立ち入ったのは、見晴らしの良い小さな森だった。
杉林の群落を囲む柔らかな丘の起伏。樹には蔦が巻き付いており、根本に茂った低木は気持ちよさそうに風でなびいている。密生するクローバーの表面についた朝露は、陽の目を反射してきらめいていた。
おまけに伸び伸びと広がる青空に燦々と輝る太陽は本物と見間違うほどだ。
『――これらの群生からアストラモスによる苔トロンを検知しました』
「ってことは、これも」
ミオンは屈み、すぐ近くを流れる小川に手を伸ばす。
水は澄んでいて綺麗だが、魚の姿はない。
指先を少し沈めると、触れた箇所から透明な水が黒ずんだ粉に変わっていく。どうやら、この森全てが苔能力によって作られているようだ。
「アストモラスの趣味、なのかな」
「絵本の世界みたい」
森の出口を探すべく、二人は緩やかな曲線を描く丘を登っていく。
天辺に差し掛かったとき、何やら人影を二人の瞳は捉えた。
二人はクローバーをそっと踏みしめて、丘の中央で横たわっている人影に歩み寄る。その正体は、黒い長髪の男性だった。
「この人、もしかして行方不明になっていた……」
「うん、そうだよ! きっとそうだよ!」
二人には、男性の顔に見覚えがあった。
昨晩確認した、行方不明リストに含まれていたうちの一人だ。意識を失っているのか、はたまた眠っているのか。二人は男性の体を揺さぶる。
その甲斐もあってか、男性は静かに目を開いた。
「うぅ、あ……」
「良かった! 目を覚ました! 私は海中保安庁所属のアンドロイドFGA-23ミオン、そしてこっちはFGA-23-2セーラです。今しがた、救助に参りました!」
「キュウ、ジョ……?」
男は片手で額を抑え、フラッと心もとない動きで立ち上がる。
「ちょっと意識が朦朧としているみたい。オルカが待機しているところまで送ってあげよう。私は右肩を持つから、セーラは左肩をよろしく」
「うん、分かった!」
右と左、それぞれに回り、二人は支えになろうとする。
男の目は常に半開きでどこに意識が向いているのか釈然としない様子だ。
腕を二人の首周りに通され、身を預けるように歩いていくかと思えば、男は突然激しく咳き込み始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ごほっ、ぐああ、げはぁ……」
男の背をさすり、ミオンは咳を和らげてあげようとする。一方の男の目はガンギマリという風に開いていた。相当苦しい思いをしているのだろう。
男はそんな自身の背中に添えられたミオンの手を強くハタいた。
そして、矢継ぎ早に彼女のみぞおちへと豪快な蹴りを入れる。
「う、ぐぅ――っ!」
「ミオン!?」
ミオンは空に投げ出され、倒れる。すぐさま男の腕を肩から離し、セーラは地面に叩きつけられたミオンの元に急いだ。
「ミオン、ケガはない?」
「なんとか、大丈夫そうだけど」
痛みに顔をしかめ、男の方に目をやる。
視線の先で彼は口元が血みどろになるほどに歯を食いしばり、極度に前のめった格好で胸元を抑えていた。肩、胸元が大きく上下している。
「どうしちゃったんだろ、急に……」
不安が拭えない。気掛かりで仕方がない。
ミオンは再び、彼を介抱しようと歩み寄るが……、
『――エマージェンシー、警告メッセージです。対象の呼気よりアストモラスの構成要素となる苔トロンβが検出されました。直ちに戦闘準備を整えてください』
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