12

「!?」


 ミオンの身体は時が止まっているかのようにびくともしなかった。

 視線を上に送ると、頭に長いアンテナを生やした機械仕掛けのヘルメットが被せられているのが見えた。この怪しげな機械のせいかと、ミオンは言い聞かせる。

 かろうじて、顔のパーツは動かせるようだ。だが、声は出せない。 


 彼女がもたれていたのは、白を基調とした部屋の壁だ。

 室内の至るところに、故障したことで異質な微音を響かせる機器が山積みに、そして無造作に散らかっている。


「アポトシス、良い仕事ぶりだ。おかげで直接ワシが手を下さず済んだ」


 ――アポトシス?

 誰のことを言っているだろうか。

 ミオンは訝む。


 と思えば、彼の隣に輪郭が浮かぶようにして現れたのは、三メートルを超える体躯の、獅子のようなたてがみを持つ全身が継ぎ接ぎの狼だった。

 アポトシスの眼光は赤く、まるで獲物を狙う猛獣の如くこちらを見据えていた。

 その異様な姿にミオンは戦慄する。


「――それにしても、あの口が悪くて口煩い壱号にお前さん達と言い、アンドロイドは生身の人間とそっくり見間違うほどの精巧さだ」


 シナプスロードはアポトシスの首筋を撫でていた手を止めた。

 革靴から音を響かせながら、彼がにじり寄ったのは、ミオンのすぐ隣で大粒の涙をこらえるセーラだった。シナプスロードは彼女の首筋へ手を伸ばし、軽く触れる。


「……っ!」

「襲いはしない。ワシはアストラモスの中でも、割と紳士的な部類だ。ましてや芸術性のかけらもない、お前さん達に興味なんぞない」


 恐怖で怯えるセーラをなだめるように、どこか見下した口調でシナプスロードは言う。彼だけの独壇場では、その声がよく通る。


「そうか、そうだったな。今はその被り物のせいで口をきけないんだったか。待ってろ、今話せるようにしてやる」


 シナプスロードはパーカーのマフポケットからリモコンを取り出し、ボタンを押す。連動して二人の頭に取り付けられた機械のランプが幾度か点滅した。


「かはっ!」


 ようやく声を出せるようになった二人は激しく息づいた。

 ミオンは恨み辛みを込めてシナプスロードを睨むが、どこ吹く風といった様子だ。彼は改めて二人の前に足を運ぶ。


「自己紹介が遅れたな。ワシはアストラスーパミリアから生を受けしアストラモス、シナプスロード。そしてこれはワシが造り出した、忠実なる城の番犬アポトシスだ」

「…………」

「アストラモスに名乗る名前は無いとでも言いたそうな顔だな。殺人者マーダー

 

 ミオンは黙ったまま何も答えない。

 その態度こそが雄弁なる肯定であった。

 たが、彼女が聞き捨てならなかったのは――、


「……殺人者マーダー?」


 ミオンは眉根を寄せて呟く。


「ああ、間違いなくお前さん達だよ、あの男を殺したのは。眠りから目を覚ます前までアイツは確かに生きていた。お前さん達が起こしたことで、体内に仕込まれた核が発源して死んだんだ。人として死んだのも、アストラモスとして死んだのも、お前さん達に責任がある。あの男は殺されたって訳だ」


 それを聞いて、ミオンの顔に明らかな動揺が走った。

 なんとか気を保とうと努めるが、それでも彼女の瞳には暗い影が落ちる。


「無理もない。善意でやったことの責任を取らされるんだからな」


 シナプスロードはそう言って嘲笑う。

 だが、すぐに表情を改めると、


「ま、そんなことはどうでもいい。それよりお前さん達は、これから自分達にどんな境遇が待ち構えているか考えるのを優先しろ」

「セっ、セーラ達はこれからどうなるの?」


 セーラが涙目になりながら尋ねた。


「なーに、簡単な話だ。これからお前さん達には、に流されてもらう」


 ミオンとセーラの顔が絶望の色に染まる。

 別名 死出海流ともいう、22世紀になって誕生した海流だ。

 21世紀の残骸がものによって不規則に、最高時速100キロ近くで流れてくる超危険海域であり、立ち入ればまず命はない。

 潮の流れに乗った残骸に当たりでもすれば、最悪即死だろう。


 シデ潮のやがて行き着く先はシデの山。

 あの世とも称される、夥しい数の残骸が鎮座する海の墓場だ。

 二人の反応を目にするなり、シナプスロードは愉快げに笑む。


「意識のないまま流されてみるのはどうだ?」

「いやっ、いや……」 


 セーラは泣きじゃくり、必死で抗おうとするもやはり身体の自由はきかない。

 情けなどは一切無用、二人の意識はシナプスロードの片手に握られたリモコン一つで段々と薄れていく。


「アポトシス、こいつらを外に運ぶのを手伝ってくれ。その後は残った魚どもに任せればいい」


 その言葉を耳にしたが最後に、意識は完全に遮断された。





 ミオンとセーラを咥えた大魚が二匹、海中を突き進む。

 エラの辺りに翡翠色のクリスタルが埋め込まれていることから、彼らも紛うことなきアストラモスの一員だ。

 この先をいけば、目当てであるシデ潮の流域だ。

 一心不乱に泳ぎ続け、彼らが行き着いた先に広がるは、


 ゴオオォォォォォォォ――


 何百もの瓦礫が雷嵐の如く荒れ狂う激流に攫われ、瞳に映ったものは一刹那で過ぎ行く凄絶な世界だった。

 彼らは二人を離そうと口を開くが、次の瞬間、横殴りにやってきた廃車が核に打ち据えられ、全身が砕け散った。


 ミオンとセーラはシデ潮に放たれた。

 激しい潮流に身を任す二人の数センチも違わない至近距離を残骸が凄まじい勢いで過ぎ去っていく。

 いくら頑丈なアンドロイドとはいえ、一度流されれば身の安全は保証できないだろう。 


 サビだらけで不気味な造形の鉄屑やガラクタの数々。

 急流で翻る千切れた自転車のホイール、真っ黒なテレビ。

 海中に閉ざされた世界。


 そんな中、セーラの頭にタイヤが直撃した。

 タイヤは長年海水に浸っていたためか、程なくして砕かれた。そして偶然にも、タイヤは彼女に被せられていた機械を破壊した。


「……ここは? うーん、頭がいたた」


 セーラは意識を取り戻した。

 彼女は自らがシデ潮に流されていることを理解すると同時に、その恐怖で泣き出してしまいそうだった。セーラはどうにか堪え、自らの相棒であるミオンを探すべく辺りを見渡す。


 いた。


 彼女の視線の先には、不規則に散らばった残骸たちに取り囲まれるようにして流されるミオンの姿があった。

 しかし、だいぶ離されている。


「ミオン、今行く!」


 セーラは足裏のスクリューを起動させ、追いつこうとする。

 だがその道中、ミオンの隣を流されていた瓦礫に勢いよく彼女の身体はぶつかり、セーラが行き着くことを想定してた地点より遥か遠くに弾き出されてしまった。


「ミオン!!」


 十分な加速を伴っていたセーラはミオンを通り過っていく。

 たちまち、彼女は反対に向きを変えて急ごうとするが、振り向いた矢先、彼女の眼前に現れた漁業ネットが妨害した。


 ギギギガガガ……


 挙げ句の果てにはスクリューに漁業ネットが絡まり、止まってしまった。

 急いでネットを取ろうとするが、その間にミオンは二つに分岐した海流の、セーラとは異なる方へ攫われる。


「ミオォォォン!!!」


 セーラの振り絞った呼びかけも虚しく、ミオンの姿は一層小さくなっていく。

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