03

 近頃、海底都市から別の海底都市へ人を運ぶ『渡し舟』や物資を送る『輸送船』が不自然にレーダー上から消失する事件が相次いでいるらしい。

 元より船に取り付けられたGPSは壊れていたようで、行方不明になった船は今もなお、ほとんど手掛かりが掴めていないという。


 ただ、偶然にも一つだけ、GPS信号が途絶えていない船があった。

 そこで、海中保安庁はその事件の解決のため、信号が発っせられている海域まで赴き、事件解決に繋がる一手を打って欲しいとのこと。 


 迎えた翌朝。ミオンは姿見を眺めていた。

 髪をヘアゴムで束ね、身だしなみはこれでばっちりと、ミオンは頷く。

 アパートの一室を出ると、セーラが壁に寄りかかってミオンを待っていた。


「待たせてごめんね。それじゃ行こう」

「うん!」


 海底都市から出口へ繋がる通路の移動中、ミオンの横でセーラはやけに張り切っている様子だった。きっと昨晩は思う存分、絵本を読んだので上機嫌なのだろう。


 通路を突き進んでいくと、水の壁が見えてきた。

 海への入り口かつ、海底都市の出口だ。

 二人はちゃぷんと水面に波紋を広げて、海の世界へ足を踏み入れる。 


 そこは青く透き通った神秘の世界だった。

 太陽の光が海中まで届いているおかげで、暗くはない。

 とはいえ、やはり海中都市に比べると薄暗いのは間違いないのだが。それでも視界を遮る障害物が何もないおかげで、海の景色が一望できる。

 直ちに二人は足の裏に内蔵されたスクリューを起動させて推進力を得てから、水中を進み始めた。


「セーラ、はぐれないように気をつけてね」


 そう言うと、ミオンはスクリューを加速させる。

 ぐんっと引っ張られるように彼女の髪がなびいた。

 セーラも慌ててそれに続いた。時々、イルカの群れに衝突しそうになったものの、セーラの目の前にはいつもミオンの背中があった。その度に安堵した表情を浮かべつつ、その後を追った。


「ねえ、ミオン」

「なに?」


 ミオンは前を向いたまま、返事をしてみせた。

 その声色には余裕がある。


「セーラね、少し気になってるんだ。ミオンは陸地が海に沈んじゃう前まで何してたのかなって」

「え? それは、うん……」 


 これには、さすがに面食らったようだった。

 それでもすぐに平静を取り戻したようで、初めにミオンが紡いだのは、


「……き、急にどうしたの?」


 という困り果てた一言だった。


「ミオンが教えてくれたストリートビューにね、海に沈んじゃう前まであった街で暮らしてた人やアンドロイドがたくさん映ってて……」


 そこまで言って、彼女は一旦口ごもる。

 頭の中で言葉を探っているのだろう。


「もしかしたらミオンも、あのストリートビューの中に映ってるんじゃないかってセーラ思ったの」

「どうかなぁ。私もあまりよく覚えてないし。いたらいいけどね」


 茶化すようにして、ミオンはいたずらに笑った。

 そして口をつぐむと、二人はしばらく黙々と目的地を目指した。


 船のGPS信号が発せられているのはこの先だ。

 二人はスクリューを急加速させた。

 そして、それが間近に迫ってくるに従って、緩やかに減速させていく。


「……信号が発せられているのはこの辺か」


 二人が降り立った地点は、コンクリートの瓦礫が至るところに散乱した、街の跡地だった。骨組みが剥き出しになった建物だったり、傾いた電波塔だったり……そして奇妙なことにそれらには、薄っすらと砂の層が被さっていた。

 潮に流されずに残っている。

 まるで何者かが少し前に荒らした気配が僅かながらに感じられる、そんな場所だ。


「私はこっちを探すね」

「わかった」


 早速二人は手分けして、信号発信源の捜索にあたった。

 ぱっと見ただけでは、船らしき残骸は見当たらない。

 場合によっては、コンクリートの瓦礫の下に隠れているかもしれない、ということで腕力を絞り、その点も考慮して捜索をしたが、


「ふんぎいぃぃ…………むぅ、ここにもない」


 いくら探そうとも見つからなかった。

 二人が気づいた頃には、赤い夕日が差し込んできていた。


「少し休もっか」

「うん」


 どうやら近くの岩場に腰を下ろして休憩を取ることにしたらしい。

 ブレイクタイムだ。海中時計の針はというと、Vを指していた。

 ふぅ、と軽く一息ついたミオンの上空を小魚達が泳ぎ去っていく。


 すると、何処からか「ギリギリギリ……」と耳元で直に鳴かれていると聞き間違えてしまうほど賑やかな鳴き声が響き渡る――


「「――?」」


 ピクッと身じろぎをして二人は海面を仰いだ。


 次の瞬間、魚の群れが散り散りになって、巨大な影が二人の頭上に被さった。

 海流が巻き起こるほどの巨体にミオンとセーラの髪がなびく。

 全長20mは優に超えるだろう灰色の胴体は、海中に差し込む光でできた光の不揃いな網で照らされていた。その口が開くと共に、何匹もの魚が飲み込まれていく。


「クジラさんだ!」


 ボンキュワネットの『星クジラの尾引き』を読んだばかりのセーラにとって、クジラは新鮮で記憶に新しい。彼女はその様子を熱心に見入っていたが、


――ふと、クジラの体表に目をやるなり、小首を傾げた。


「あのクジラさん、体の表面に沢山の丸い跡と引っかき傷みたいのがあるけど、どうしちゃったのかな……」

「多分、天敵のダイオウイカと戦った跡なんじゃないかな。ダイオウイカの吸盤には鉤爪が付いてるからそれで怪我をしちゃったのかも」

「へー、そうなんだ。頑張ったんだね……」


 セーラが心配そうな眼差しを向けていたクジラは、今に小さくなって遠くに消えていった。


 その後、休憩を済ませた二人は引き続き捜索に当たった。

 先程より少し、捜索範囲を広げて。

 ミオンは辺りにより一層目を凝らしながら、一方向に泳いでいく。


 そんなとき、彼女はあるものに気付いたようだ。


 手掛かりは偶然見つけた、この辺りの情報を記した道案内図のガラスモニターだった。画面が割れて劣化してしまっているせいか、起動することはままならない。

 だが、そのその上に添えられていたのは……


 ミオンは何か思い至ったように、21世紀の位置情報サービスを開く。

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