02

 アンドロイドには人間と同じ味覚が備わっているが、日常的に食事を必要としない。あくまで人間との会食を楽しむために作られた機能なのだ。


 ただ、そのお陰で人類の料理の質は飛躍的に向上した。

 バイアスが存在しないアンドロイドには、与えられた味覚を駆使して、人間の舌を満足させる新たな料理をいくつも生み出すことができたからだ。

 そして、今まさに目の前に並べられている料理の数々――ミオンに人間のオーナーはいないが、料理は彼女にとって密かな楽しみなのであった。

 それらを綺麗に平らげ、ミオンが満足気な表情で食べ終えた食器を運んでいると、


「ミオン、ご飯食べてたんだ~!」 


 と、玄関の扉が開き、タッタッタッと裸足のセーラが駆けてきた。

 片手には絵本を握りしめている。そうして、ソファの中にボフッと音を立てて顔から勢いよく飛び込んだ。


「絵本、どうだった?」

「うん。とっても楽しかったし、面白かった!」


 彼女は寝返りを打ち、絵本を両手で持ち替えると天井に向けて掲げてみせた。


 ミオンとセーラは同じアパートの隣り合う部屋で暮らしている。

 仕事柄、一緒に行動することが多いのでいつでもコンタクトを取れるようにだ。   

 近所では仲の良い姉妹として知られているようだが、実のところはガイノイドであり、製造年月日も二人の間にはかなりのスパンがある。 


 ミオンはセーラの横のスペースに腰掛けると、そのまま体を預けるように寄りかかる。食事でお腹も膨れ、とてもリラックスしている。


「そういえば、ミオン。都市の外をお散歩してるって言ってたよね」


 ふと、ごろんとソファに横になったセーラが話題を切り出した。


「うん、覚えててくれたんだ」

「いつも何をしているの?」


 寝そべったままの姿勢で、ミオンを見上げるようにしてセーラは尋ねる。

 ミオンは少しだけ考え込むような仕草を見せた。


「最近というかマイブームなんだけどね、昔の位置情報サービスと今いる場所の情報をリンクさせて、遺跡巡りみたいなことをしているんだ」

「昔の位置情報サービスってミオンの頭に入ってる、あのアプリ?」

「うん。その位置情報サービスには『ストリートビュー』というのがあってね。昔の街景色を見ることができるんだ」


 昔の景色?とセーラはぼんやり言葉を繰り返す。

 そんな彼女の様子を見て取ったミオンは何を思ったのか、おもむろにソファから立ち上がった。そして引き寄せられるようにベランダの方へ歩き出す。


 ベランダに立って見渡す限りの景色は、人工星が目を引くドームの外側に対して、極彩色の街のネオンが中心部から散っていくように光り輝いていた。

 遠くで不規則なビルの付近を小さな飛行船が過ぎ去っていく。


 何をしてるんだろう、そんな言葉がしっくりくる顔をセーラは向けていた。そんな彼女の注目の的も、不意に別の物へ映ったと思えば、


「ミオン、これは何?」


 セーラは自身の頭の上に視線を注ぎながら尋ねる。


「それはね、私が使ってるアプリだよ。そう言えば、セーラは昔の街景色がどんなのだったのかって見たことないもんね。インストールできたら、こっちおいで」

「うん……終わったよ!」


 覚束ない表情でセーラは、言われるがままベランダに立つ。

 彼女は「情報提供を許可します」と言った。どうやらアプリ利用規約の同意云々を行っているらしい。少々手こずっていたようだが、

 

――途端、彼女は視界に映し出されたであろう光景に思わず息を飲んだ。 


 ドーム内に閉じ込められた都市の姿なんかじゃない。

 青空が果てしなく広がっている。街もどこまでも続いていて、至ることろに摩天楼が立ち並び、人が行き交い、自動車が走っている。


 こんな景色、見たこともない。

 その壮大さに唖然としてから、感銘を受けたかのようなはしゃぎっぷりだ。


「凄いでしょ? 昔はこんな景色が身近にあったんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、ミオンは昔ここで暮らしていたんだ!」 


 その言葉に、ミオンは首を振った。

 セーラは今の世界の有り様と昔の世界の有り様を比べ、自身の生きてなかった未知なる世界へ胸躍らせている。ベランダにいるのに関わらず、ときどき危ない足取りをしでかすものだから、ミオンは慌てて彼女の腕を取った。


 ~♪


 すると意表を突くように、ミオンにセーラ、それぞれの首元からぶら下げられていた海中時計からいたいけなオルゴールが流れた。

 時計のアウトラインには、ターコイズブルーの光が灯っている。


 電話だ。


「海中保安庁……」

「やっぱり、メイシャさんが教えてくれたあのことかな」


 海中時計の蓋を開くと、時計に灯っていた光は二人の目の前の一点に凝縮され、一人の女性のホログラムを作り上げた。

 黒いマントの下に黒色の軍服を着こなした、長身スタイリッシュな女性だ。黒マントからときどき垣間見える白い絶対領域が彼女の華奢さを強調させている。

 やはりいつ何時も、彼女を見ると二人の視線は真っ先にそこにいってしまう。


「こんばんは~」

「こんばんは、アリマさん」

『夜分遅くに失礼、こちらはアリマだ。先程の会議で決まったことを伝えるため連絡させてもらった』


 二人は姿勢を正し、真剣な面持ちで彼女の言葉を待つ。

 アリマは続ける。


 ―――まず、君たち二人への指名依頼が入った。

 その要件とは……。

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