夢見るガイノイド編

夢見るガイノイド編 プロローグ

 ポタっ、ポタっ……。部屋の隅っこで水が滴る。

 一部分が黒く染みた天井の直ぐ下に大きな水溜りができていた。

 暗い博物館の一室。床へ無造作に置かれたテーブルライトが、僅かな暗闇を円形に切り取って、埋め合わせのようにそこを照らすだけ。

 ワタシは膝を抱えて縮こまった。

 そこかしこにうっすらと照らされた、古代植物のレプリカだの、翼竜の骨格模型だの、色々な影が浮かんでいる。

 

 あれから何年のときが過ぎ去ったのだろう。

 そしてワタシは何年のときをここで過ごしたのだろう。目を閉じたまま、メモリの中に眠る記憶をたぐってみた。だが、思い出せない。

 辛うじて残っているのは、主人を守ることができなかった後悔。 


 ずっと前に一人になったのだ。

 時間の感覚なんて染み付いてるはずがない。でも、搭載された時計には、ここで100年近くのときを過ごしたという記録が刻まれている。


 メンテナンスを行わずの、この100年で劣化もだいぶ進んだ。

 視界に映る映像はぼんやりとしていて、霞がかかったように鮮明さを失っていた。でも、アンドロイドは頑丈だ。きっと、まだまだ時間がかかることだろう。

 ワタシはいつまでこうしていればいいのか。


 こんなことになるのなら、100年前に他の人間やアンドロイドと一緒に海の荒波に攫われてしまうんだった。そうすれば、こんな思いをしなくて済んだかもしれない。


 もしも……ワタシが人間だったなら。


『――MP4動画ファイル No.07を再生します』


「おい」


 聞き覚えのある、荒々しく尖った声。

 ワタシはその声の主を知っている。


「おいっ!! アイゼン!」

「はっ、はい!!」


 初々しく少女が返事をする。

 それは───。


「聞こえてんなら返事しろよ!ったく……!」

「ご、ごめんなさい……」


 振り向いた少女の視界に映るは、何年経っても色褪せぬ主人の姿だった。非行少年を思わせるその姿。それでも、彼の心は温かかった。


 懐かしい記憶が蘇る。かつてのやり取りを記録した動画。

 ワタシが何もしてないのにも関わらず、主人と少女は淡々と会話を続けていく。


 …………。


 動画はワタシと主人の古き思い出を映し出し――


 プツリ、とその御伽の世界を閉ざすように終わった。 

 再び、膝を抱えて縮こまる。


「……あと、ちょっとの辛抱ですね」


 ワタシはゆっくりと顔を上げた。

 顔を上げると、いつも通りの場所に、朽ち果てた主人の姿がある。

 主人は変わらず顔を上げてくれない。

 ワタシは立ち上がり、主人に歩み寄る。


 すると、背後から――、


 カサカサカサ。


 薄気味悪い音がワタシの背をなぞった。

 振り向かずとも分かる。また今日も懲りずにやってきたのだと。


「絶対に、イツキ様は渡さないっ!」


 ワタシは怪物の元までの距離を詰め、バットで核を粉砕した。

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