08

「――博士に頼まれていたもの、これで全部ですか」


 置かれていた手提げ袋を肩から吊り下げると、少女は首より上を振り向かせて言った。その目が行く先では、人体解剖に没頭するシナプスロードの姿がある。

 麻酔なし、激痛で暴れる男を心底愉快そうに見つめながら、作業の手を休めない彼にはどうも彼女のことなど眼中にないらしい。

 少女は視線を正面に向き直す。


「お好きに死んでどうぞ、それじゃあ」


 返事は期待していなかったのだろう。

 彼女はそのままくるりと踵を返すと、まるで何事もなかったかのように廊下へと消えていった。一人残された空間には、ただ不気味な静寂だけが残される。


「……ふん、言わずもがなだ」


 額にこびりついた、被験者の血と体液、彼の汗が混ぜ合わさった液体を拭い取ると、不意にシナプスロードは呟いた。


 彼が作業をする机の背後には、培養槽が置かれていた。

 その中にはまだ形を成していない、動物の胎児のようなものが収められている。

 輪郭でさえもあやふやだが、それが獣の型をしていること、そして至るところに翡翠色のクリスタルが埋め込まれていることだけは見て取れた。

 そうして彼は再び、作業に没頭していく――




 セーラの部屋には、ある機械が置いてある。

 その名もホームプラネタリウム。

 これは誕生日にミオンからプレゼントされたもので、ボタン一つで部屋の天井一面に星空を投影してくれる画期的なアイテムだ。


 本物と見間違うほどに美しく広がる、満点の星空。

 色取り取りの、目も綾な星雲からふるいにかけられたように落ちる流れ星までもが忠実に再現されている。

 季節によって変わる星空もボタンひとつで切り替え可能なのだ。


 そんな夜空を見上げながら、ベットに絵本を山積みにし、星空で室内に灯った光を頼りに読むのが、セーラのとっておきの夜の過ごし方だ。


「セーラ、知ってる?」

「なぁに、ミオン」


 ベットの上に仰向けになり、セーラと一緒に天井に映し出された無数の星々を眺めていたミオンは、ふと思い出したかのように話題を切り出した。


「今度ね、リブオス誕生20周年を記念して、お祝い行事があるんだって。都市の外に夜光虫って青く光るプランクトンが大量に放されるらしいよ。都市の明かりを一斉に消して、そのヤコウチュウが放つ光だけで照らされた空を眺めるんだって」

「うわあ……これが都市の外に……きれい」 


 セーラは検索にヒットした、夜光虫で照らされた海中の写真に目を輝かせる。

 星とはまた違った、神秘的な輝きがある。

 さらに、そのイベントでは、夜光虫を中に閉じ込めた、夜になると光るガラスランプが配られるそうだ。そのガラスランプには、ネコを模したものだったり、ハートを模したものだったりと、様々な形があるのだという。


 事前に申請をすればガラスランプのオーダーメイドも対応してくれるらしい。

 そのことをミオンが告げると、いかにも待ちきれないといった表情でセーラは期待の鼻息を漏らした。


「ウィムスーツさんや、メイシャさん、それと海中保安庁のみんなとも。一緒に見ないかって誘ってみよう」

「……あと、パパも一緒に見れたらなぁ」


 セーラのいうパパとは、彼女のことを開発した技術者のことだ。

 類稀なる奇才、若くして各海底都市を行脚する天才プログラマー。彼自身が多忙なのもあり、滅多に連絡はとれないらしいが、その実力は折り紙つきだ。


「キュラソー博士、なかなか会えないもんね」

「最近はね、対アストラモスの新兵器をセレストマリーナにある研究所で開発しているんだって」

「ということは、セーラのパパが作った武器が私達に回ってくるかもしれないんだ」


 ヘルメッサーやテクノイドも彼の属する研究チームの努力が実を結んで誕生したものだ。故に今や彼は世界に名を轟かせる研究の第一人者である。


「流れ星にお願いしよっか」

「うん、お星さま。パパがセーラのメールを読んでくれますように」 

「……どうか、セーラの願いごとが叶いますように」


 ミオンとセーラは今しがた、夜空を伝う流れ星に深々と願う。

 流星群だ。今日は珍しく、数多の流れ星が見られた。

 このホームプラネタリウムでは流れ星はおろか、流星群に遭遇できる確率もかなり限定されていて滅多にみられないものだった。


「ねえ、セーラ……あ、寝ちゃったんだ」

 

 室内を取り巻く、沢山の星々に魅了されていたセーラはいつのまにか寝息を立てて眠ってしまっていた。この話はお預けにしようと、立ち上がると、


「お願いごと、叶うといいね」 


 すやすやと眠る少女の寝顔を愛おしそうに見つめながら、ミオンはそっとつぶやく。ミオンは彼女に布団をかけてあげて、そっと部屋を出た。

 翌日、二人の元に舞い込んだのは、アリマさんからの電話だった。

 それは、先日ある地点より救難信号が発せられたので、救難艇と共に向かってほしいとのことだった。二人は早速、支度を整えて出発することにした。


『――十分に注意して向かってくれ。向こうから救難信号が送られてきたのは一度きりだった。もしかすると、何か厄介なことに巻き込まれたのかもしれない。場合によってはアストラモスが絡んでいる可能性もある。決して気を抜かないように』

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