05
そのあまりの大きさにミオンは目を見張る。
そうこうしているうちに、触腕はにゅるりと起き上がった。下敷きになってしまったものの、渡し船は頑丈だったおかげでなんとか原型を留めている。しかし、ワイパーや窓は完全に破壊されてしまっていた。
それに船体からのエラーを告げる音も聞こえていない。
「……セーラ、ありがとう」
ミオンは礼を感謝の言葉を告げ、セーラと一緒に立ち上がった。
どうやら、触腕の意識は船にいっているらしい。船体を触腕の先で触ったり絡めて持ち上げていたりと、二人がいることに気がついていないようだ。
こちらに気づいていないということは、奇襲を仕掛けるチャンスだ。
二人は顔を見合わせ、こくりと小さく頷いた。手にしたのは、各々の腰元に吊るしてあった細長い筒のようなものだった。
「
「うん……!」
二人がスイッチを同時に押すと、その筒から薄紫色のフラッシュが照射された。
グオオオォォォォォッ!! 突然の照射攻撃に驚いたのか、触腕は激しく暴れまわり、周囲の壁や天井を打ち付ける。触腕の、光を浴びた箇所は炭化したように真っ黒になり、身動ぐ度に崩れ落ちていった。手応えが確かにある。
「あまり強い種じゃないのかな」
光はやがて収束し、一本のサーチライトと化した。
対アストラモス用に開発された、この滅苔灯は、アストラモスに寄生されたクローンの体を光で照らすことで、当てた箇所の細胞を殺すことが出来るのだ。
アストラモスには上位種や下位種といった地位が存在していて、それが低くなっていけばいくほど滅苔灯に対する耐性が弱まっていく傾向にある。
引き続き二人は滅苔灯で、触腕を照らす。
みるみる内に触腕は苔むした部分を筆頭に黒く染まっていった。
グボオォォォオオオオッ!!!
地の底から咆哮が湧き上がる。
反撃に出た触腕は掴んでいた船体をハンマーの如く二人へ振りかざす――だがしかし、それは既に想定内だったようで、二人の動きに迷いはなかった。
足裏のスクリューを高速回転させ、攻撃をかわす。
ますますヒートアップする猛攻……。
二人は天井からの瓦礫を巧みに避けながら、照射を続けていく。
形勢がどちらに傾いているかは歴然だ。
それを理解したのか、触腕は――、
「あっ!!!」
激しい海流に身を包んだかの如く逃げていった。
「待って!!」
「待てー!!」
なんとしても逃さまいとミオンとセーラは後を追うが、そのスピードは尋常ではなかった。触腕をくねらせ、あっちこっち破壊を尽くしながら、距離をつき離していく。ついには、触腕は暗闇の奥に消えていってしまった。
「逃げていっちゃった……ごぼっごぼっ」
「セーラ大丈夫? 急にスピード出したせいで体内に海水が入っちゃった?」
「うん、ありがとうミオン。大丈夫だよ……ごぼっ」
ミオンはセーラの背中を優しくさする。
その後しばらく、セーラは口からぶくぶくと小さなあぶくを出していた。
「多分、これを辿れば……」
二人の前には、触腕が姿を消した方角にかけて辺りの泥が漂っていたできた煙のようなものができていた。触腕が逃げていく際に海流が起こって、こうなったのだろう。それを辿っていったら、かなりの距離に及んでいることが分かった。
真っ暗な通路を進んでいく。
その先でさらなる地下へと続く階段が見えてきた。
手を繋いで降りると、二人を待っていたのは古ぼけた駅のホームだった。
煙のようなものはホームの線路内へ続いている。
「ミオン。これって?」
セーラの視線の先には元はアンドロイドの構成部品だったであろうパーツが転がっていた。劣化の具合から見るに21世紀の遺品だろう。
「知らないほうがいいかな。夜眠れなくなっちゃうよ?」
「うぅ……」
夜眠れなくなるのは嫌だが、それ以上に興味を引くソレが何なのか、セーラは目を離すことができないでいた。遠目で見たりやめたりを繰り返していたが、やっとの思いで諦めがついたようだ。
二人は線路内に立ち入った。
線路内を進んでトンネルに入ると視界は狭まり、どこまでも同じ景色が連続する以上、まるで閉じ込められているような感覚に襲われる。たとえライトがあろうと変わりない。セーラは一瞬だけ目をつぶった。
「ミオンは大丈夫なの?」
「なにが?」
ミオンはしれっとした表情で訊き返す。
「ううん、なんでもない」
セーラはその反応っぷりを見て俯いた。
一方のミオンはきょとんとしている。
「その……ミオンってすごいね。こういう感じのところも怖くないみたいだし。セーラなんてここに来てからずっとドキドキしてるもん」
「私も始めはセーラと同じだったよ、確か。今から100年前――セーラが生まれるよりずっと前かな。こういう場所で一人になって、ずっと泣っきぱなしだったんだ」
「ミオンが?」
「うん」
ミオンはセーラに笑いかけた。
正面に向き直って吐息を漏らした様子からは、遠い昔に思いを馳せているように見える。セーラはそんな彼女を不思議そうに見つめていた。
「だから、セーラもすごいと思うよ。さっきだって私を助けてくれたしね」
「……ほんと?」
「うん、本当だよ」
「そっか! えへへ」
セーラは屈託のない笑顔でその喜びをあらわにした。
少し張り切った様子でトンネル内を進む。
上機嫌にもセーラは歌っていた。
そんなとき、ふと――、
二人は肩をびくっと振るわせた。
背後からやってくる地響きに、二人はお互いの顔を確認してから、視線をトンネルの奥に潜む暗闇に向ける。微量ながらに伝わる水の流れ。
車輪と線路が噛み合う音。
――電車だ。電車がやってきたのだ。
「ミオン、あれって!?」
「なんで電車が、どうしてっ……」
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