19

「セーラに、枕の下に絵本を置いて寝ると、その絵本の夢を見れるよって教えたら、その日の夜枕の下にたくさんの絵本をいっぱい積んじゃってて――」

「ふふ、可愛いらしいですね」


 アイゼンは微笑ましそうに口元を押さえる。

 あれから二人はミオンの寝床であるベンチに移動し、腰掛け、隣り合って座りながら話を続けていた。外の世界のことや身の回りのことについてミオンが楽しそうに語るのを、アイゼンは相槌を打ちつつ聞いていた、のだが――、


「積まれた絵本が天井近くまで届いちゃっててそれで……アイゼンさん?」

「はいっ。なんでしょう」


 不思議そうな顔で覗き込んでくる彼女に、少し慌てながらアイゼンは取り繕うように返事をした。


「あの……眠たくなっちゃったんですか? なんだか瞼が重そうだなって」

「いえ、大丈夫です。少し考えごとをしていました」

「考えごと、ですが。私でよければ相談に乗りますよ」

 

 アイゼンは、一瞬遠くを見る。

 そして少しの間黙っていたが、目を伏せたまま顔だけミオンに向けた。


「こんなワタシに、イツキ様はなんと言葉を掛けてくださるでしょうか」


 ミオンは首を傾げるや、彼女の横顔をじっと見る。


「もしも、イツキ様がワタシをあの世で見守ってくださっていたとして……あの世でワタシ達が再開を果たせたとき、どんな言葉を掛けてくださるんでしょうか。そもそもが、アンドロイドにはあの世といった概念はないかもしれませんが」


 膝を抱え、今までにない弱々しさを見せた姿からは彼女の本音が感じられる。

 だらんと頭の力を抜いた彼女の瞳が、ようやくミオンを捉えた。


「『ありがとう』とか。私はアイゼンさんのいうイツキ様を知らないので、あまり良いことは言えないかもしれませんが……」

「そうですよね。きっと、そう言ってくれますよね」


 アイゼンの心の中には迷いが生じているようだった。

 浮かない表情をしている。そう結論に至れたはずなのに、どこか暗い彼女の胸の内側にはまだ晴れない何かがあるらしい。


「何か、心配なことがあるんですか?」


 その問いかけに彼女は応えようとしない。

 だが、やがて意を決したのか、小さく唇を開いた。


「……ワタシは、イツキ様に出会ってからというもの、彼の更生に尽くしてきました。ワタシが製造されたのもそのためでしかありませんでしたから」


 その声音はとても穏やかで、悲し気だ。

 まるで自分の半生を振り返るような口ぶり。

 ミオンは静かに彼女を見つめ続けた。


「イツキ様を失ってしまったからには、ワタシに存在理由なんて残っていません。頑丈に作られたのがかえって仇になって、自ら死を選ぶこともできないまま、100年もの間ずっと独り、壊れることを待ち望んでこの博物館にいたんです」 


 しばし沈黙が流れる。


「生前、イツキ様の周りには味方についてくださる方が多くいらっしゃらなかったように思えます。ワタシはそんな彼に味方としていつまでも寄り添うため、彼の亡骸を長きに渡って守り続けていました」


 アイゼンはそっと目を閉じ、言葉を紡ぐ。

 それは懺悔のような響きを帯びていた。


「もしかしたら、ようやく気づけたのかもしれません。大切なものすら守れないようなワタシがイツキ様の味方を名乗る資格なんてないんじゃないかと」

「アイゼンさん……」

「イツキ様を失って初めて気がついたんです。心の底から慕っていたことに。だからこそ、また出会えたときには良い再会を果たしたいんです。何事からもイツキ様を守ってあげられるような心強い仲間として。そう強くなるためには、ここに居続けても何も変われないって気づいたんです」


 彼女は息を吸う――、


「……ワタシもミオン様たちのアストラモス退治に同行して強くなりたい。そして、ミオン様に助けていただいたご恩も返したい。なんて」


 アイゼンの口から紡がれたのは、明確なる意志表明だった。

 彼女はミオンから視線を外し、まっすぐに正面を見る。


「それに、イツキ様のことを埋葬しないでずっと放置していたことも怒られるかもしれませんし。ミオン様はどう思われるのか、率直な声を聞きたいのです」

「私はアイゼンさんともし一緒にアストラモス退治ができたら、すごく嬉しいので、大賛成です!」

「温かいお言葉をありがとうございます」


 アイゼンは微笑む。その笑顔は自然体であり、彼女の本来の姿に近いように見える。ミオンも嬉しくなって、つられて笑みを浮かべてしまうほどに。


「ですが、ワタシみたいな人格更生用ガイノイドが役に立てるでしょうか」

「大丈夫です! 絶対できますよ。だってアイゼンさんは、私の知らないこといっぱい知っていますし、何より強いし頑張り屋さんで。それに私も今でこそ戦闘用ガイノイドですけど、昔はただのガイノイドだったんですよ」

「そう……、なのですか?」

「はい。私って、実の娘を幼くして病気で失った博士に作られたんです。100年前に死に別れてしまったんですけど、色々あって戦闘用ガイノイドとしての改造を受けて今に至るんです。だから、きっとアイゼンさんも……」 


 アイゼンがミオンの言葉に何かを感じたのか、それとも自分に何かを言い聞かせたのかはわからない。ただ、彼女は深く息を吸ったあと、小さく頷いた。

 ミオンは彼女に、迎えにやって来たオルカ達に一緒に乗らないかと提案する。

 オルカ達は常に複数の機体で一つのチームを組んでいるらしいので、一緒にリブオスに向かわないかという魂胆のようだ。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「それは良かったです!」

 

 ミオンは誰かを真似て笑う。

 アイゼンは笑い声を重ねた。


 彼女はミオンとの相談を交えたことで蟠りが少し晴れたのか、自然とミオンの話に合わせて自分自身の話もするようになっていた。

 話が膨らみ、二人の会話は絶えず盛り上がりを見せていた。

 が、それと同時にミオンがこくりこくりと稀に舟を漕ぐような動作をすることが増えてきた。朝まで一緒にお話しようと言ったは良いものの、ついに限界がきてしまったらしい。


「……ごめんなさい、アイゼンさん」

「いえ、ワタシこそ夜更かしに付き合わせてしまって申し訳ありません。今日はもうごゆっくり、お休みになってください」


 彼女はミオンが眠ったのを見届けると立ち上がり、イツキが寝かされている部屋へと足を運ぶ。彼女は改めて、そこで自身の決心を語るのだった。

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臨海22世紀 長宗我部芳親 @tyousogabeyoshichika

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