もとをただせば

第7話 事の発端

「また……今年も映画を作ることになったんだけど……ねえ……」 


 司法局実働部隊隊長室。通称『ゴミ箱』でこの部屋の主、嵯峨惟基特務大佐は口を開いた。


 呼び出された司法局の人型機動兵器アサルト・モジュール部隊の第一小隊隊員である神前誠曹長も配属して半年が過ぎ、この部屋の異常な散らかりぶりに慣れてきたところだった。


 応接セットをどかして床に敷いた緋毛氈の上には『遼州同盟機構軍軍令部』と書かれた紙と硯が転がっているのは、一流の書家でもある嵯峨に看板の字の依頼が来たのだろう。かと思えば執務机にはいつものとおり、万力がボルトアクションライフルの機関部をくわえている。そしてどちらの上空にも窓からの日差しで埃が舞っているのが目に見えた。


「なんでこの面子?」 


 明らかに不機嫌なのは西園寺かなめ大尉である。喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭を掻いている。その隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは司法局実働部隊の巡洋艦級運用艦『ふさ』副長のアメリア・クラウゼ少佐と彼女の部下のサラ・グリファン中尉の二人だった。186cmの長身の誠の隣に彼より少し小さいアメリア、160センチに若干届かないかなめと小柄なサラ。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口もとに笑みが浮かぶ。


「豊川市役所か?飽きもせずにそんな馬鹿なこと言ってきたの。アタシがなんで付き合わなきゃなんねえんだ」 


 かなめは頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っている。面白いものには食いつく彼女がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和軍の領空内管理システムのデバック作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。


「これも任務だ。市民との交流を深めるのも仕事のうちなんだ」 


 完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアメリアの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。


「カウラの言うとーりだ。これもお仕事。だからオメー等でなんとかしろ」 


 執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、司法局実働部隊の最高実力者として知られた機動部隊長のクバルカ・ラン中佐控えている。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。実働部隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部の明石清海中佐も諦めた調子でうなづいていた。


「それで隊長。映画と言ってもいろいろありますが……」 


 アメリアのその言葉に嵯峨は頭を掻きながら紙の束を取り出した。


「まあ……内容は……去年と同じでこっちで決めてくれって。なんなら投票で決めるのがいいんでないの?」 


 そう言って全員に見えるようにその紙をかざす。


『節分映画祭!希望ジャンルリクエスト!』 


 ランはすぐにその紙の束を受け取ると全員にそれを渡した。


「希望ジャンル?私がシナリオ書きたいんですけど!」 


 そう言ってアメリアは鉄粉の積もっている隊長執務机を叩く。その一撃で部屋中に鉄粉と埃が舞い上がり、椅子に座っていた嵯峨はそれをもろに吸い込んでむせている。


「オメエに任せたらどうせ一人で1時間みっちり古典落語の大ネタをやるとか言うのになるだろうが!」 


 そう言ってかなめはアメリアの頭をはたく。カウラはこめかみに指を当てて、できるだけ他人を装うように立ち尽くしている。


「それにどうせアメリアが撮影とかを仕切るんだろ?」 


 かなめはそう言ってため息をついた。


「まあな。アメリアは去年の実績もあるしな。それに一応コントビデオとか作ってた実績もあるし、その腕前を見せて頂戴よ。どうせ素人の演技だ。お前さんの特殊技術で鑑賞にたえるものにしてくれねえと俺の面子がねえからな……まあ俺はプライドゼロだからどうでもいいけど」 


 そう言うと嵯峨は出て行けというように左手を振った。


 全員が廊下に出たところで独り言のようにかなめがつぶやく。


「あのなあ、アメリア」


「何、ロボ大尉」


 アメリアの毒舌を聞きながらかなめは頭を掻きつつ振り返る。


「一応、俺等でジャンルの特定しないと収拾つかなくなるぞ。島田とか菰田あたりが整備の連中や管理部の事務屋を動員してなんだかよくわからないジャンルを指定してきたらどうするつもりだよ」 


 そう言うとかなめはアンケート用紙をアメリアから取り上げた。誠はいい加減なかなめがこういうところではまじめに応対するのがおかしくなって笑いそうになって手で口を押さえた。


「あれこれ文句言ったくせにやる気があるじゃないの?」 


 そんなアメリアの言葉に耳を貸す気はないとでも言うようにかなめは投票用紙を持って一番広い会議室を目指す。かなめが扉のセキュリティーを解除すると、一行は部屋に入った。


「ここが一番静かに会議ができるだろ?」 


 そう言うとかなめは椅子を入ってきた面々に渡す。誠、アメリア、かなめ、カウラ、サラ。


「そこで皆さんに5つくらい例を挙げてもらってそれで投票で決めるってのが一番手っ取り早いような気がするんだけどな」 


 そう言うとかなめは早速何か言いたげなサラの顔を見つめた。


「合体ロボが良いわよ!かっこいいの!」 


 目を輝かせてサラが叫んだ。めんどくさそうな顔でかなめはサラを見つめる。だが、サラはかなめを無視してアメリアに期待一杯の視線を投げかける。


「私は最後でいいわよ」 


 そう言うとアメリアは隣のカウラを見つめる。アメリアに見つめられてしばらく考えた後、カウラはようやく口を開いた。


「最近ファンタジー物の小説を読んでるからそれで……」 


 カウラは一言意見を言ってやり遂げたと言う表情を浮かべている。その瞳が正面に座っているかなめに向かう。そこに挑発的な意図を見つけたのか、突然立ち上がったかなめは手で拳銃を撃つようなカッコウをして見せた。


「やっぱこれだろ?」 


「強盗でもするの?」 


 突っ込むアメリアをかなめはにらみつける。


「刑事もののアクションね。うちなら法術特捜の茜ちゃんとかからネタを分けてもらえるかもしれないかもね。あっちはいろいろ捕物の経験もあるだろうし」


「そうですね……」 


 誠は愛想笑いでそれに相槌を入れる。 


「はい、刑事物と」 


 そう言うとかなめの後ろのモニターに『西園寺 刑事物』と言う表示が浮かんでいた。


「えーと。ロボ、ファンタジー、刑事物と。おい、神前。お前は何がしたい」 


 そう言ってかなめが振り向く。誠は周りからの鋭い視線にさらされた。まずタレ目のかなめだが、彼女に同意すれば絶対に無理するなとどやされるのは間違いなかった。誠の嗜好は完全にばれている。いまさらごまかすわけには行かない。


 カウラの意見だが、ファンタジーは誠はあまり得意な分野では無かった。彼女が時々アニメや漫画とかを誠やアメリアの影響で見るようになってきたのは知っているが、その分野はきれいに誠の抑えている分野とは違うものだった。


 サラ。彼女については何も言う気は無かった。サラが実はロボットモノ好きはかなり前から知っていたが、正直あの暑苦しい熱血展開が誠の趣味とは一致しなかった。


 そこでアメリアを見る。


 明らかに誠の出方をうかがっていた。美少女系でちょっと色気があるものを好むところなど趣味はほとんど被っている。あえて違うところがあるとすれば神前は原作重視なのに対し、アメリアはコメディータッチで笑えるものに傾倒しているということだった。


「それじゃあ、僕は……」 


 部屋中の注目が誠に向いてくる。気の弱い誠は額に汗がにじむのを感じていた。


「煮詰まってんなアタシも混ぜろよな」 


 そう言って侵入してきたのはクバルカ・ラン中佐だった。セキュリティーを上司権限で開けて勝手に椅子を運んできて話の輪に加わろうとする。そんなランはしばらく机の上の紙切れをめくってみた後、かなめの操作しているモニターに目をやった。そして明らかに落胆したような様子でため息をつく。


「おい、どれもこれも……馬鹿じゃねーのか?」 


 かなめにランは正直な感想をもらす。すぐにいつものその見た目とは正反対な思慮深い目でかなめがいじっている端末の画面をのぞき見る。


「で、サラが巨大ロボット?そんなもん島田にでも頼んで作ってもらえよ。カウラは剣と魔法のファンタジー?ありきたりだなあ、個性がねーよ。かなめが刑事モノ?ただ銃が撃ちてーだけだろ?」 


 ランはあっさりとすべての案をけなしていく。


「じゃあ、教導官殿のご意見をお聞かせ願いたいものですねえ」 


 そんなランにかなめが挑戦的な笑みを浮かべる。ランは先月まで東和国防軍の教導部隊の隊長を務めていた人物である。かなめもそれを知っていてわざと彼女をあおって見せる。


 そこでランの表情が変わった。明らかに予想していない話題の振り方のようで、おたおたと視線を彷徨わせた。


「なんでアタシがこんなこと考えなきゃならねーんだよ!」 


「ほう、文句は言うけど案は無し。さっきの見事な評価の数々はただの気まぐれか何かなんですかねえ」 


 かなめは得意げな笑みを浮かべる。その視線の先には明らかに面子を潰されて苦々しげにかなめを見つめるランがいた。


「アタシは専門外だっつうの!オメーが仕切ればいいだろ!……義理と人情の任侠モノはこのご時世ご法度だし……」 


 ランの口を尖らせて文句を言う姿はその身なりと同様、小学校低学年のそれだった。


「じゃあ、仕切ると言うわけで。神前」 


 そう言ってアメリアは誠を見つめる。明らかに逃げ道はふさがれた。薄ら笑いを浮かべるアメリアを見ながら誠は冷や汗が流れるのを感じていた。


「それじゃあ戦隊モノはどうですか?」 


 破れかぶれでそう言ってみた。


「いいね!それやろう!」 


 サラは当然のように食いつく。


「おい、オメエのロボットの案はどうしたんだ?」 


 呆れたようにかなめが口を開いた。


「戦隊モノねえ。そうすると男性枠が増えるけど……島田を呼んでくるか?」 


 カウラのその言葉に急に表情を変えたのは意外なことにかなめだった。


「バーカ。島田の馬鹿に英雄なんて務まるわけねだろ?アイツはただのヤンキーだぜ……悪人Aとかで十分だろ」 


 そのかなめの言葉にアメリアが珍しくうなづく。


「キャストを決めるのは後でだろ。じゃあ……クラウゼ。貴様はどうしたいんだ?」 


 自信満々で口を開くアメリアだった。


「まず『萌え』と言うことでランちゃんは欠かせないわね。色は当然ピンク」 


「げっ!」 


 ため息をつくランをめんどくさそうに一瞥したかなめはすぐにアメリアに視線を移す。


「そしてクールキャラはカウラちゃんでしょうね。ブルーのナンバー2っぽいところはちょうどいいじゃないの。それに影の薄い緑は誠ちゃん」 


「僕ってそんなに影薄いんですか?」 


 そう言いながら誠は弱ったように苦笑いを浮かべた。さらにアメリアは言葉を続けた。


「そして黄色の怪力キャラは……当然リアル怪力のかなめちゃん!」 


「てめえ、外出ろ!いいから外出ろ」 


 そう言って指を鳴らすかなめを完全に無視してアメリアは言葉を続けた。


「なんと言ってもリーダーシップ、機転が利く策士で、カリスマの持ち主レッドは私しかいないわね!」


「おい!お前のどこがカリスマの持ち主なんだ?ちゃんとアタシに納得できるように説明しろよ!」 


 叫ぶかなめを完全に無視してアメリアはどうだという表情でかなめを見つめる。


「なるほどねえ、よく考えたものだ。もし神前の意見となったら頼む。それじゃあ……それでお前は何がしたいんだ」 


 カウラは彼女達のどたばたが収まったのを確認すると、半分呆れながらアメリアの意見を確認した。


「それは当然魔法少女よ!」 


「あのー、なんで僕を指差して言うんですか?」 


 アメリアはびしっと音が出そうな勢いで人差し指で誠を指しながらそう言い切った。


「おめー日本語わかってんのか?それともドイツ語では『少女』になんか別の意味でもあるのか?アタシが大学で習った限りではそんな意味ねーけどな」 


 淡々と呆れた表情でランが突っ込みを入れる。


「ああ、それじゃあアメリアは『神前が主役の魔法少女』と」 


「あの、西園寺さん?根本的におかしくないですか?」 


 カウラはさすがにやる気がなさそうにつぶやくかなめを制した。


「何が?」 


「少女じゃねーよな、神前は」 


 そう言いながらランは同情するような、呆れているような視線を誠に送る。


「じゃあ……かわいくお化粧しようよ!」 


 そう言って手を打つサラ。


「女装か。面白いな」 


「わかってるじゃないですかかなめちゃん!それが私の目論見で……」 


「全力でお断りします」 


 さすがに自分を置いて盛り上がっている一同に、誠は危機を感じてそう言った。


「えー!つまんない!」 


 サラの言葉に誠は心が折れた。


「面白れーのになあ」 


 ランは明らかに悪意に満ちた視線を誠に向けてくる。


「……と言う意見があるわけだが」 


 かなめは完全に他人を装っている。


「見たいわけではないが……もしかしたらそれも面白そうだな」 


 カウラは好奇心をその視線に乗せている。


 誠はただ呆然と議事を見ていた。


「やめろよな。こいつも嫌がってるだろ!」 


 そう言ってくれたかなめに誠はまるで救世主が出たとでも言うように感謝の視線を送る。


「魔法少女なら中佐がいいじゃねえの?」 


 かなめはそう言うとランを指差した。


「やっぱりかなめちゃんもそう思うんだ」 


 そう言うアメリアは自分の発言に場が盛り上がったのを喜んでいるような表情で誠を見つめた。


「誠ちゃん本気にしないでよ!誠ちゃんがヒロインなんて……冗談に決まってるでしょ?」 


 ようやく諦めたような顔のアメリアを見て、誠は安心したように一息ついた。


「なるほどねえ……とりあえず意見はこんなものかね」 


 そう言うとかなめは一同を見渡した。


「良いんじゃねーの?」 


 ランはそう言うと目の前のプリントを手に取った。


「隊員の端末に転送するのか?」 


 そう言いながら手にしたプリントをカウラに見せ付ける。


「ああ、わかってるよ。とりあえずアンケートはネットで知らせるが、記入は叔父貴が用意したのを使った方が良いよな」 


「そうね、自分の作ったアンケート用紙を捨てられたら隊長泣いちゃうから」 


 かなめの言葉にアメリアがうなづく。


「隊長はそう言うところで変に気が回るからな」 


 ランがそう言いながらここにいる全員にプリントを配る。


「じゃあ、神前。お前がこいつを配れ」 


 そう言ってランはプリントの束を誠に渡す。


「そうだよね!誠ちゃんが一番階級下だし、年下だし……」 


「そうは見えないがな」 


 かなめはいたずらっぽい視線をサラに送る。そんなかなめの言葉にサラは口を尖らせた。


「ひどいよかなめちゃん!私のほうが誠ちゃんよりお姉さんなんだぞ!」


「じゃあ、みんなで配りましょう!」 


 口を尖らせるサラを無視してアメリアは誠の手を取って立ち上がった。それに対抗するようにカウラとかなめも立ち上がる。


「おう、全員にデータは転送したぜ。配って来いよ」 


 かなめの声を聞くとはじかれるようにアメリアが誠の手を引っ張って部屋を出ようとする。


「慌てるなよ。それよりどこから配る?」 


「決まってるじゃないの!人数の一番多い技術部整備班……島田君のところから行くわよ」 


 アメリアはそう言ってコンピュータルームを後にする。誠はその手にひきづられて寒い廊下に引き出された。かなめとカウラもいつものように誠の後ろに続く。そのまま実働部隊の詰め所で雑談をしている第二小隊と明石を無視してそのまま島田麾下の技術部員がたむろしているハンガーに向かった。

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