第38話 亡国の姫君

『亡国?忘れたな。アタシは血の魔導師。機械帝国の世継ぎである黒太子カヌーバ様に忠誠を誓う者。テメーのような小物とはスケールが違うんだよ!』 


 そう言ってランは余裕の笑みを浮かべる。その手に握られた鞭をしならせて機械魔女メイリーンににらみを利かせる。


『ふっ、ほざけ!』 


 機械魔女メイリーン将軍はわざとランから視線を外してつぶやく。


『黒太子、カヌーバ様!アタシにグリンと言う小熊とその眷属の討伐の命令をくれ!』 


「あいつ本当にぶっきらぼうなしゃべり方しかできないんだな」 


 そう言いながら嵯峨はポケットからスルメの足を一本取り出し口にくわえる。


「あの、隊長。それはなんですか?」 


 思わず誠はくちゃくちゃとスルメの足を噛んでいる嵯峨に声をかけた。


「ああ、これか。茜がね、タバコは一日一箱って言ってきたもんだから……まあ交換条件だ」 


 そのまま嵯峨はくちゃくちゃとスルメを噛み続ける。誠はその視線の先、ドアのところの窓から中を覗いている和服を着た女性を見つけて嵯峨の肩を叩く。


「隊長、女将さんですよ」 


 誠の声にすぐに嵯峨は振り向く。そこには司法局実働部隊のたまり場、『月島屋』の女将の家村春子が立っていた。嵯峨はそれを見ると緩んだネクタイを締めなおし、髪を手で整える。その姿があまりにこっけいに見えて誠は笑いそうになる。


 アンは嵯峨の行動には気づいていなかった。


「本当に私が来ても良かったのかしら……」 


 そう言いながら小夏の母である家村春子は手にした重箱を空席のランの席に置いた。


「ああ、春子さんならいつでも歓迎ですよ。それは?」 


 嵯峨の前に置かれた重箱を包んでいた風呂敷を開いていく春子。その藍染の留袖を動かす姿は誠には母親のそれを思い出させた。


「おはぎですわ。ちょっと整備の人とかの分には足りないかもしれないけど」 


「ああ、大歓迎ですよ。やっぱり春子さんもアメリアの奴に呼ばれたんですか?」 


 そう言うとそのまま嵯峨はおはぎに手を伸ばす。春子が蓋を開くと漉し餡と粒餡の二色に分けられたおはぎが顔をのぞかせた。嵯峨は迷うことなく粒餡のを掴むとスルメを噛んでいる口の中に放り込んだ。


「ええ、でもなんだか学生時代みたいでわくわくしますわね」 


 笑顔を浮かべながらおはぎを食べ始める嵯峨を春子は見やる。部隊のたまり場である『月島屋』では見られない浮かれたような春子に誠は少し心が動いた。


「ああ、皆さんもどうぞ。アメリアさんのところにはもうもって行きましたから遠慮なさらずに」 


 そんな春子の言葉にそれまで画面に張り付いていたかえでと渡辺が重箱に目を向けた。


「おはぎですか。実は僕は好物なんですよ。遠慮なくいただきます、アンもどうだ?」


「わかりました」 


 誠はおはぎに手を伸ばす。アンもまた、主君のかえでに付き合うようにしておはぎに手を伸ばす。


「神前君もそこの新人君もおいしい?」 


 笑いかける春子に誠は頭を掻きながら重箱の中を覗く。どれもたっぷりの餡をまとった見事なおはぎで自然と誠の手はおはぎに伸びる。


「そうだ、お茶があると良いな」 


 二つ目のおはぎに手を伸ばそうとして嵯峨は不意に手を止めた。


「そうね、神前君。給湯室ってどこかしら?」 


 春子は軽く袖をまくるといつもの包み込むようなやわらかい視線で誠を見つめた。


「ああ、神前先輩。僕が案内してきますから」 


 そう言って伸びをするとアンは自分より背の高い春子に向き直った。


「じゃあこちらへ」 


「本当にごめんなさいね」 


 春子はそう言ってアンに案内されて消えていく。


「隊長、無理しなくても良いですよ」 


 三つ目のおはぎに手を伸ばそうとする嵯峨に誠が声をかける。辛党で酒はいけても甘いものはからっきし駄目な嵯峨が安心したように手に付いたあんこをちかくのティッシュでぬぐう。


「おい、出てったのは……女将さんか?」 


 春子達と入れ違いに戻ってきたかなめが嵯峨の姿を見つけるとニヤニヤ笑いながら叔父である嵯峨に歩み寄っていく。


「おう、叔父貴も隅に置けねえな。どうせ調子に乗っておはぎ食いすぎたんだろ?」 


 かなめのタレ目の先、嵯峨の顔色は誠から見ても明らかに青ざめていた。


「隊長……無理しなくても……」 


 そう言いながら誠は笑顔のまま三つ目のおはぎを口に運んだ。


「で、どこまで進んだかな?」 


 そう言いながらかなめは誠の端末の画面に映し出されているリンとランの罵り合いに目を向けた。


「あ、まだ続いてるんですか……ってこんなに長くやる必要あるんですか?」 


 誠は未だに同じ場面が続いているのに呆れた。


『このちび!餓鬼!単細胞!』 


『オメーだってただの機械人間じゃねーかよ!』 


 その会話は完全にそれぞれの現実での立場に対する個人攻撃に変わりつつある。


「おい、こんなの部外者に見せる気か?」 


 画面を指差しながらかなめは誠にたずねる。


「いや、たぶんアドリブでどちらか本音を言っちゃって、それでエキサイトしてこうなったんじゃないですか?」 


「それを止めねえとは……アメリアの奴」 


 かなめが時々見せる悪い笑みを浮かべていた。


『カットー!二人ともこれは口げんかの企画じゃ無いですよ!』 


 さすがに方向性がずれてきたことに気づいたアメリアが止めにかかる。


「なんだよ、アメリア。もっと続けりゃいいのによ」 


 そう言いながらかなめは手にした二つ目のおはぎを口に放り込んだ。


 画面の向こう側は打ち合わせに入ったようですぐに画面が闇に閉ざされた。


 端末からは何か争うような声が途切れ途切れに聞こえてくる。それがランとリンの悶着でそれを新藤とアメリアがなだめているものだとわかると誠も大きなため息をついた。


『それじゃあEの23番……スタート!』 


 ようやく落ち着いたようでアメリアの声がかかる。画面には青空が広がる町の公園の街頭の上に立ったランがゆっくりと顔を上げて微笑む光景が映される。


『これは……久々に暴れられそうだな』 


 そしてにんまりと笑うランにかなめが目を向ける。


「怖えなこりゃ。ちびも拡大するとすごいことになるじゃねえか」 


 かなめは三つ目のおはぎに手を伸ばした。そこでパーラが部屋に入ってきた。


「おい、西園寺さん。出番よ……隊長?」 


「あ? 俺が居るとまずいの?」 


「いいえそう言うわけでなく……餡が口についてますけど……大丈夫ですか?」 


「本当?ちょっと待っててくれよ」 


 かえでに言われて嵯峨は手を口を拭う。


「出番ねえ、分かったよ。それで……」 


「ごめんなさいね!」 


 かなめが立ち上がろうとするとお盆を持った春子が現れた。続いてきたアンの手にはポットが握られていた。

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