第39話 機械魔女

「すみませんねえ。何から何まで……」 


 嵯峨の言葉ににこやかな笑顔を返すと春子は湯のみを並べていく。


「じゃあ行ってきまーす」 


 やる気の無い声を上げてかなめはそのまま部屋を出て行く。


「ああ、かなめさんは出番?」 


「まあそんなもんです」 


 湯飲みにお湯を春子は注ぎながらカウラにたずねる。


「それにしても便利ですね、東和は。こんなものを簡単に作れるなんて」 


 アンは感心しながら画面を指差す。休憩を取っているようでおはぎを食べているアメリアと小夏の姿が映されている。


「ああ、あの簡易型のヴァーチャル視覚システムのこと?普通は手が出るレンタル料じゃ無いがアメリアのコネでね。あいつは映画関係とかに知り合いが居るらしいから」 


 春子が置いた自分の湯飲みを手に取ると静かに茶を啜りながら嵯峨が答える。


「そうなんですか……。それにしてもこのお茶、良い香りですね。どこのですか?」 


 自分の濃い緑色の湯飲みを手に取ったアンが誠にたずねた。


「確かこれは……」 


「東海よ。嵯峨さんはあそこのお茶が好きだから」 


 誠をさえぎるようにして春子が答えた。アンは分かったような分からないようなあいまいな笑みを浮かべながらうなづくと茶を啜り始める。


「東海って遼帝国産ですか。隊長のコネかなんかでがたくさん貰ってきた奴でしたっけ?隊員で分けても多すぎて月島屋にまでもっていったんですよね……」 


 そんな誠の言葉に嵯峨は表情を曇らせる。


「サラちゃんのはすぐ使っちゃって……今いれてるのは私が持ってきたんだけど……」 


 春子の言葉が誠に追い討ちをかける。誠は少しへこみながら美少女キャラが書かれたマグカップに入ったお茶を啜りつつ、画面が切り替わった自分の端末に目を移した。


 ランの右の握りこぶしが掲げられた場面が転換して夜のような光景になった。懐中電灯を照らしながら山道を歩くサラと小夏が見える。


『魔法を使っちゃ駄目なの?』 


 肩に乗った手のひらサイズの小熊のグリンに小夏がたずねる。


『だーめ!勝負を決めるのは魔法の力だけじゃないんだ。瞬間的な判断力や機転、他にも動物的勘や忍耐力。まだまだ魔法以外に学ばなければならないことが一杯あるんだよ』 


『うーん。アタシは難しいことは分からないけど……』 


 そう言って小夏は苦笑いを浮かべる。『難しいことは分からない』と言う小夏の言葉に画面の前に居る誠達が一斉にうなづいた。


『つまり私達自身が強くならなきゃ駄目ってことね』 


『そう言うこと。それにこの森の波動は僕が居た魔法の森の波動と似ているんだ。きっと修行には最適の場所だよ!』 


 そう言いながら二人は山道を進む。そして画面が切り替わり、夜中だと言うのにサングラスをかけた大男が映し出される。


「あ、明石中佐ですね。来てるんですか?」 


 蛍光オレンジのベストに手に猟銃を持った明石清海中佐の姿がアップで映る。


「ああ、何でも管理部の提出資料の確認に来たらしいんだがアメリアに捕まってな」 


 カウラの言葉に納得しながら誠は画面の中の明石を見ていた。


『この気配……』 


 そう明石が言うとすぐに画面は広場に出た小夏とサラのアップにさし代わる。


『じゃあいいかい。まず目を閉じてごらん』 


 グリンの言葉で小夏とサラは目を閉じる。小夏の視界のイメージ。真っ暗な世界。


『君達には見えるはずだよ、この森の姿が。そして生き物達の波動が!』 


 その言葉が終わると小夏の視界を表現していた真っ暗な画面が白く光り始める。光の渦は木の形、草の形、鳥の形、獣達の形。さまざまに変化を遂げながら中心で微笑む全裸の小夏の心のイメージを取り巻くように流れていく。


『そう!そうすれば分かるはずだよ。そしてそうすれば生き物達の力が君達に注がれるんだ』 


 グリンの言葉とともに小夏の姿はさまざまな森の生き物達に取り巻かれるようにして森の上空へと飛び立っていく。急に暗雲が空に立ち込める。


『見つけたぞ!熊っころとおまけ共!』 


 突然響いたのはかなめの声だった。現実に引き戻された小夏とサラはもみの木の巨木の上に立つ女性の影に目を向けた。それはランではなく胸の膨らみを強調するような衣装を纏った新たな機械魔女の姿だった。


木の枝に立って唇を舐め上げるタレ目の女幹部の表情が拡大されていた。


「やっぱり鞭ですか、武器」 


 誠は興奮気味に画面に吸いつけられる。カウラは誠の上昇していくテンションについていけないというように誠の顔を見つめた。


「おい、あいつ嫌だとか言ってた割にはのりが良いな」 


 そう言って嵯峨は茶を啜る。春子は空になった嵯峨の湯飲みに緑茶を注ぎながら様子を伺っていた。


「西園寺さんはお祭り好きですからねえ」 


 そう言って微笑む春子。だが、誠は狂気をたたえたタレ目で小夏達を見下ろしているかなめから離れなかった。いつも射撃レンジで銃を取ったときの近づきがたいかなめの姿を髣髴とさせて背筋に寒いものが走る。


『貴様達などメイリーン様の手を煩わせるまでも無い!行くぞ』 


 そう言って鞭を掲げてかなめは飛び降りる。小夏とサラがその鞭に弾き飛ばされる。


『小夏!』 


 何とか鞭をかわしたグリンがバリアのようなものを展開する。その中で小夏は足に怪我を負いながら立ち上がろうとする。


『結界……愚かだな!その程度の魔力でこのキャプテンシルバーの鞭を防ぎきれると思ったのか!』 


 そう言ってキャプテンシルバーことかなめは鞭を振り下ろす。


「こいつ実は好きなんだな。こういうの」 


 カウラはそう言いながらおはぎを口に運ぶ。誠は画面の前でうっとりとかなめに見とれているかえでとリンに苦笑いを浮かべながら茶を啜る。


「西園寺さんらしいというか……」 


 誠はそう言いながら再び画面に目をやる。


『小夏、サラ!願って!』 


 絶え間なく振り下ろされるキャプテンシルバーの鞭を受けながらグリンは必死になって叫ぶ。


『何を願うのよ!小夏。逃げましょうよ!』 


 サラがそう言ってよろよろと立って、鞭を振るうキャプテンシルバーをにらみつけている小夏の手をとる。


『逃げないよ、私は!』 


 そう言うと手を天にかざす。彼女の手が輝き魔法の杖が現れる。高らかなファンファーレと共に小夏の体が光りだす。


『森の精霊、生き物の息吹。私に……力を!』 


 その叫び声と共に小夏の全身が光り始める。そのまま来ていたTシャツが消え去り、素肌を晒しが小夏が画面の中でくるくると回る。


「あのさあ、神前。なんでこういう時ってくるくる回るの?」 


 嵯峨が誠の耳元で囁く。驚いて飛びのいた誠は珍しく純粋に疑問を持っている顔をしている嵯峨を見つめる。


「そのー、まあお約束と言うか、視聴者サービスと言うか……」 


「なるほどねえ」 


 そう言って嵯峨は口の中の餡の甘みを消そうと茶を啜ってそのままぐちゅぐちゅと口をすすぐ。


「隊長……下品なことは止めてくださいよ」 


 カウラはそう言いながら苦笑した。


「すいません。根が下品なもので」 


 謝る嵯峨。彼を見て春子は自然と微笑んでいた。画面の中ではかなめの鞭に次々とシールドのようなものを展開して攻撃を防ぎ続ける小夏の姿があった。


『小夏!守ってばかりじゃ勝てないわよ!』 


『お姉ちゃん!そんなこと言っても!』 


 いつの間にか変身した姿で手に鎌を持ってサラは宙に浮く。質問したいことがいくらでもあると言うような顔で誠を見つめているカウラにどう説明したら良いかを考えながら画面に目を移した。


 そこには火炎の玉を目の前に展開する小夏の姿が写っていた。


『森、木々、命のすべて!私に力を貸して!』 


 そう叫ぶと小夏が杖を振り下ろす。何度か変則的に曲がって飛ぶ火の玉。そしてその周囲の空間がそれ自体が燃えているように画面を赤く染める。


『なんだと!これは……うわー!』 


 そう叫んでキャプテンシルバーことかなめはその火炎を受け止めるべく鞭を握って結界を張るが、勢いに負けて吹き飛ばされて崖へ追い詰められる。


『こんな……こんな筈では……私ともあろうものが……』 


 あちこちコスチュームがちぎれて非常にきわどい姿を晒す。それにあわせて画面にさらに近づくかえでと渡辺。誠は二人に呆れながらおはぎを口に運ぶ。


『私が……負ける……?』 


 アップにされたかなめの姿を良く見ると腕やふくらはぎから機械の様な色を放つ内部構造が見える。


『そこまでだ!機械帝国の手先め!』 


 突然かなめのわき腹のむき出しの機械の部分に明石が猟銃を突きつける。あまりに唐突な登場に誠は目を覆った。


「これもアメリアの狙いか?」 


 再び口におはぎを持っていきながら嵯峨が誠に尋ねてくる。誠はさすがにこの展開はないだろうと思ってただ苦笑いを浮かべるだけだった。そんな状況を知らないだろうかなめことキャプテンシルバーは静かに手にしていた鞭を投げ捨てた。


『おじさん!その人から離れて!』 


 そこに小夏が現れる。彼女がかなめに止めを刺そうとしていると思ってかえでとリンは手を握り締めて画面を見つめる。


『駄目だ!こいつはこの世界を崩壊に導く機械だ!壊してしまわなければ』 


 そう言って明石は猟銃の引き金に指をかける。だが、小夏から放たれた小さな火の玉に銃を取り落とす。


『キャプテンシルバー。本当にそれで良いの?世界を機械で埋め尽くして……それが願いなの?』 


 歩み寄る小夏にキャプテンシルバーは再び鞭を取ろうと立ち上がろうとするが、腕や足から機械音がするばかりで体を動かせずにいる。


『小夏!近づいたら!』 


 サラの制止を無視して歩いていく小夏。かなめの腕や足から煙が上がる。


『大丈夫、あなたを壊したりしないわ』 


 そう言うと小夏の両手に暖かいクリーム色の球体が浮かぶ。それはゆらゆらとゆれて要の壊れた体を修復していく。


「便利だねえ。俺も魔法を使えないかな?」 


 そう言いながら嵯峨は明らかに無理をしておはぎを口にねじりこむ。


『情けを……貴様……敵に情けをかけたつもりか?』 


 キャプテンシルバーは悔しそうに唇を噛む。なぜか出てきた猟師っぽい明石が再び銃を手にしてキャプテンシルバーに向ける。


『この借りはいつか返すぞ!』 


 そう言ってキャプテンシルバーは消える。そのまま森に残された小夏と明石は顔を見合わせていた。

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