第37話 ライバル

『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』 


 跳ね回る小夏をアメリアが怒鳴りつける。サラはと言えばそのまま疲れたというように座り込む。そして画面にモニターが開いてアメリアの顔が写る。


『ったく……小夏ちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら二人で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』 


「馬鹿が!」 


 かなめはそう言うと立ち上がった。


「どうしたんですか?」 


「タバコ吸ってくる」 


 そう言ってかなめは手にしたタバコの箱を見せる。誠はすぐに画面に視線を戻した。


「ったくああいうのにしか興味ねえのかな……」 


 かなめはポツリとつぶやいて出て行く。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついている。


『わあ、なんで?これがもしかして……』 


 画面が切り替わり撮影が再開したようだった。かなめが居なくなったのを良いことにアンはさらに顔を突き出してくる。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけアンはばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。


『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』 


 グリンの声に小夏とサラの表情は一気に明るくなる。


『じゃあおねえちゃんがキャラットサラで私がキャラットなっちゃんね』 


『なによそれ』 


 本心から呆れたような表情でサラは小夏を見つめる。


『名前よ!無いと格好がつかないじゃん!』 


 そう言って小夏はサラの手を握り締める。それを見つめて無言で頷いているかえでとリンに誠は明らかに違和感を感じたが、いつもかえでの件で小突かれてばかりの誠は突っ込むのも怖いので手を出さないことを決めた。


『さあ……機械帝国を倒すんだ』 


 そう力の入らない口調で言葉をつむぐグリンを見つめる小夏。隣に立つサラはそんな小夏を不安そうに見つめる。小夏の表情にはどこかさびしげな影が見える。そして誠は引き込まれるようにして小夏の言葉を聞くことにした。


『違うよ、それ』 


 小夏はポツリとつぶやく。突然音楽が流れ始める。悲しげでやるせなさを感じる音楽にあわせて小夏は遠くを見つめるように空を見つめる。


「新藤さんの即興かな?」 


 彼女の涙に濡れる顔が画面に広がる。


『確かにグリン君が言う通りかもしれないけど。確かにあの魔女はグリン君の大事な魔法の森を奪ったのかもしれないけど……。でもそう言う風に自分の意見ばかり言っていても始まらないんだよ』 


『そんなことは……あいつは森の仲間を殺したんだ!そして次々と世界を侵略し……』 


 激高するグリンを手にした小夏はそのまま顔を近づける。


『でもぶつかるだけじゃ駄目なんだよ。相手を憎むだけじゃ何も生まれないよ!』 


「やっぱり出た!お前はいったいいくつなんだ展開!」 


 誠が手を叩くが、さすがにこの誠には付いていけないというようにかえでとリンはそんな誠を生暖かい目で見つめている。


『理解しあわなきゃ!気持ちを伝え合えなきゃ!そうでないと……』 


『小夏!そんなのんきなことが言える相手じゃないんでしょ?世界の危機なんでしょ?』 


 そう言ってサラは武器である魔法の鎌を構える。


『アタシは戦うよ!守るものがあるから!』 


 そう言ってサラは小柄な小夏の頭を叩く。だが、釈然としない面持ちで手のひらサイズの小熊を地面に置くと杖を構えた。


『じゃあ、誓いを立ててください。必ず悪を退けると!』 


『ええ!』 


 サラは元気に返事をして鎌をかざす。そしてそれにあわせるように小夏も杖を重ねる。


『きっと倒してみせる!邪悪な敵を!』 


『いつか必ず分かり合える日が来るから!』 


 小夏とサラの言葉で部屋が輝き始める。その展開にかえでとリンは目を輝かせる。


「小夏ちゃんのアドリブか。アメリアさんが駄目出ししなかったけど……後で台本変更があるかもしれないな」 


 誠は画面の中で変身を解いて笑う小夏とサラを眺めていた。そこに脇から突然声が聞こえた。


「なるほど……そうなんですか。さすが先輩は詳しいですね」 


「詳しいというか……なんと言うか……」 


 アンはそう言って胸の前で手を合わせて上目遣いに誠を見上げてくる。脂汗を流しながらそんなアンを一瞥した後、画面が切り替わるのを感じて誠は目を自分の端末のモニターに戻した。


 場面が変わる。画面は漆黒に支配されていた。両手を握り締めて、まじめに画面を見つめるかえでとリンに圧倒されながら誠はのんびりと画面を見つめた。誠の背中に張り付こうとしたアンだが、きついカウラの視線を確認して少し離れて画面を覗き見ている。


 画面に突然明かりがともされる。それは蝋燭の明かり。


「機械帝国なのに蝋燭って……」 


 さすがに飽きてきた誠だが、隣のかえで達に押し付けられて椅子から立ち上がることができないでいた。


『メイリーン!機械魔女メイリーン!』 


 その声はかえでの声だった。誠はアンを無視することに決めて画面に目を映す。


 黒い人影の前でごてごてした甲冑と赤いマントを翻して頭を下げる凛々しい女性の姿が目に入る。


『は!太子。いかがなされました』 


 声の主は明らかにかえでの副官、渡辺リン大尉のものだった。そして画面が切り替わり、青い筋がいくつも描かれた典型的な特撮モノの悪者メイクをしてほくそえむリンの顔がアップで写る。


『余の覇道を妨げるものがまた生まれた。それも貴様が取り逃がした小熊のいる世界でだ……この始末、どうつける?』 


 誠はそんなかえでの声を聞きながら隣で画面を注視しているかえでに目を移した。言葉遣いやしぐさはいつものかえでのような中性的な印象を感じてそこにもまた誠は萌えていた。


『確かにこの人なら女子高とかじゃ王子様扱いされるよな。さすがアメリアさんは目ざとい』 


 そんな妄想をしている誠に気づかずかえではただひたすら画面にかじりついている。


『は!なんとしてもあの小熊を捕らえ、いずれは……』


 機械魔女メイリーンこと渡辺リン大尉は必死に頭を下げる。かえでの声の影だけの王子頷いている。 


『へえ、そんなことが簡単にできるってのか?捕虜に逃げられた上にわざわざすっとんで帰ってきたオメーなんかによ』 


 突然の乱暴に響く少女の声。陰から現れたのは8才くらいの少女。赤いビキニだか鎧だか分からないコスチュームを着て、手にはライフルなのか槍なのかよく分からない得物を手にした少女に光が差す。そのどう見ても小学生低学年の背格好。そんな人物は隊には一人しか居なかった。


「クバルカ中佐……なんてかわいらしく……」 


「おい、これがかわいいのか?」 


 画面の中ではさっきまでこの部屋で文句をたれていたランが不敵な笑みを浮かべながら現れる。誠は耳には届かないとは思いながらすっかり自分の脇にへばりついて画面をのぞき込んでいるアンにそう言ってみた。


『ほう、亡国の姫君の言葉はずいぶんと遠慮が無いものだな』 


 そう言ってそれまで悪の首領っぱい影に下げていた頭を上げると、機械魔女メイリーンは皮肉をたっぷり浮かべた笑いでランを迎える。


「おっ!ここでも見れるのか?」 


 誠は突然後ろから声をかけられてあわてて振り向く。そこには隊長の嵯峨がいつもの眠そうな表情で立っていた。


「ええ、まあ一応……西園寺さんが設定をしてくれましたから」 


 誠は照れながら頭を掻く。嵯峨はそのままロナルドの開いている机に寄りかかると誠達の後ろに陣取ることを決めたように画面を見つめている。


「なんだかなあ」 


 誠はそのまま画面の中でお互いににらみ合うリンとランの姿を見ていた。

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