第26話 トラブルメーカーズ

 それまで静かにしていたアメリアが満面の笑みをたたえながら歩いてくる。何も言わず、そのままかなめと誠が覗き込んでいるモニターを一瞥した後、そのままキーボードを叩き始めた。そしてそこに映し出されたのは典型的な女性の姿の怪物だった。ひどく哀愁を漂わせる怪人の姿をかなめがまじまじと見つめる。


「おい、アメリア。それ誰がやるんだ?絶対断られるぞ」 


 かなめは諭すようにアメリアに語りかける。


「ああ、これはもう本人のOKとってあるのよ!かなめちゃん……自分の衣装がひどいひどいって言うけどこれに比べたらずっとましでしょ!」


 何を根拠にしているのかよくわからない自信に支えられてアメリアが笑う。誠は冷や汗をかきながらもう一度アメリアの指差す画面を覗き込んだ。 


「これって配役は確か月島屋の女将さんですか?」 


 誠は恐る恐るそう言ってみた。その言葉にかなめももう一度モニターをじっくりと見始めた。両手からは鞭のような蔓を生やし、緑色の甲冑のようなものを体に巻いて、さらに頭の上に薔薇の花のようなものを生やしている。


「おい、冗談だろ?小夏のかあちゃんがこれを受けたって……本人がOKしても小夏が断るだろ」 


 かなめはそう言うと再びこの怪人薔薇女と言った姿のコスチュームの画像をしげしげと眺めていた。


「そんなこと無いわよ。小夏ちゃんには快諾してもらっているわ、本人の出演も含めて」 


 そのアメリアの言葉がかなめには衝撃だった。一瞬たじろいた後、再びじっと画面を見つめる。そして今度は襟元からジャックコードを取り出して、端末のデータ出力端子に差し込む。あまりサイボーグらしい行動が嫌いなはずのかなめが脳に直接リンクしてまでデータ収集を行う姿に誠もさすがに呆れざるを得なかった。


「本当に疑り深いわねえ。まったく……!」 


 両手を手を広げていたアメリアの襟首を思い切りかなめが引っ張り、脇に抱えて締め上げる。


「なんだ?北里アメリア?小夏の中学校の先生で……カウラと誠をとりあっているだ?結局一番普通の役は自分でやろうってのか?他人にはごてごてした被り物被らせて……」 


「ちょっと!待ってよかなめちゃん!そんな……」 


 誠もカウラもかなめがそのままぎりぎりとアメリアの首を締め上げるのを黙ってみている。


「アメリアさん、調子乗りすぎですよ」 


「自業自得だな」 


「なんでよ誠ちゃん!カウラちゃん!うっぐっ!わかった!」 


 そう言うとアメリアはかなめの腕を大きく叩いた。それを見てかなめがアメリアから手を離す。そのまま咳き込むアメリアを見下ろしながらかなめは指を鳴らす。


「どうわかったのか聞かせてくれよ」 


 かなめはそう言うと青くなり始めた顔のアメリアを開放した。誠とカウラは画面の中に映るめがねをかけた教師らしい姿のアメリアを覗き込んだ。


「でも……そんなに長い尺で作るわけじゃないんなら別にいらないんじゃないですか?このキャラ」 


「そうだな、別に学園モノじゃないんだから、必要ないだろ」 


 誠とカウラはそう言ってアメリアを見つめる。アメリアも二人の言うことが図星なだけに何も言えずにうつむいた。


「よう、端役一号君。めげるなよ」 


 がっかりしたと言う表情をアメリアは浮かべる。その姿を見てかなめはそう言って悦に入った表情でアメリアの肩を叩く。


「なんだ……もしかして……気に入っているのか?さっきの痛い格好」 


 今度はカウラがかなめをうれしそうな目で見つめる。


「別にそんなんじゃねえよ!それよりかえでは……あいつは出るんだろ?オメエの配役だと」 


「あ、お姉さま!僕ならここにいますよ!」 


 部屋の隅、そこでは運行部の隊員と一緒に型紙を作っているかえでとリンの姿があった。


「なじんでるな」 


 あまりにもこの場の雰囲気になじんでいるかえでとリンの姿にかなめはため息をついた。同性キラーのかえでは配属一週間で運行部の全員の胸を揉むと言う暴挙を敢行した。男性隊員ならば階級に関係なく軟派野郎に制裁を加える島田にぼこ殴りにされるところだが、同性そしてその行為があまりに自然だったのでいつの間にか運行部にかえでとリンが常駐するのが自然のように思われるようにまでなっていた。


「お前等、本当に楽しそうだな」 


 呆れながらかえで達をかなめは見つめる。誠とカウラは顔を見合わせて大きなため息をついた。運行部の女性隊員達が楓の一挙手一投足に集中している様を見ると二人とも何も言い出せなくなる。


「アメリアさんはいるか?」 


 ドアを押し開けたのは島田だった。


「なに?ちょっと忙しいんだけど、こいつのせいで」 


「こいつのせい?全部自分で撒いた種だろ?」 


 怒りに震えるかなめを指差しながらアメリアが立ち上がる。


「情報将校達が用事だって」 


 技術部の貴族階級と呼ばれている5人の情報将校達が画像処理を担当するだろうと言うことは誠もわかっていた。演習の模擬画像の処理などを見て『この人はなんでうちにいるんだろう?』と思わせるほどの見事な再現画像を見せられて何度もまことはそう思った。


「ああ、じゃあ仕方ないわね。かなめちゃん!あとでお話しましょうね」 


 アメリアはニヤニヤと笑いながら出て行く。だがかなめはそのまま彼女を見送ると端末にかじりつく。


「そうか、連中を使えばいいんだな」 


 そう言うとかなめはすぐに首筋のジャックにコードを差し込んで端末に繋げた。彼女の目の前ですさまじい勢いで画面が切り替わり始め、それにあわせてにやけたかなめの顔が緩んでいく。


「何をする気だ?」 


 カウラの言葉にようやくかなめは自分が抜けた表情をしていたことに気づいて口元から流れたよだれをぬぐった。


「こいつ、おそらく今回も連中の監修を受けることになると思ってさ。そうなればすべての情報は電子化されているはずだろ?そうなればこっちも……」 


「改竄で対抗するのか?西園寺にしては冴えたやり方だな」 


 カウラはそう言うとキャラクター設定の画像が映し出される画面を覗き込む。


「じゃあ、私はもう少し……」 


 カウラは自分の役のヒロインの姉の胸にカーソルを動かす。


「やっぱり胸が無いのが気になるのか?」 


 生ぬるい視線をかなめが向けるのを見てカウラは耳を真っ赤に染める。


「違う!空手の名人と言う設定がとってつけたようだから、とりあえず習っている程度にしようと……人の話を聞け!」 


 かなめはラフなTシャツ姿のカウラの画像の胸を増量する。


「これくらいで良いか?ちなみにこれでもアタシより小さいわけだが」 


 そう言ってかなめはにんまり笑う。誠はいたたまれない気分になってそのまま逃げ出そうとじりじり後ろに下がった。誠は左右を見回した。とりあえず彼に目を向けるものは誰もいない。誠はゆっくりと扉を開け、そろそろと抜け出そうとする。


「何してるの?誠ちゃん」 


 突然背中から声をかけられた。島田がぼんやりと誠を見つめている。


「ああ、島田先輩。僕はちょっと居辛くて……」 


「そうなんだ、でもそこ危ないな」 


 突然頭に巨大な物体の打撃による衝撃を感じた瞬間、誠の視界は闇に閉ざされた。

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