第25話 手作り感覚
「穏やかにやれよ。あくまで穏便にだ」
「分かってるよ……ってなんで神前までいるんだ?」
「一応、デザインしたのは僕ですし」
そんな誠の言葉を聞いてかなめがヘッドロックをかける。
「おう、じゃあ責任取るためについて来い。痛い格好だったらアタシは降りるからな」
そう言ってかなめはずるずると誠を引きずる。
「西園寺!殺すんじゃねーぞ!」
気の抜けた調子でランが彼らを送り出す。そして三人が部屋を出て行くのを見てランは大きなため息をついた。
「ったく、なんでこんなことになったんだ?」
「去年のあれだろ」
愚痴るかなめをカウラが諭す。だがかなめは振り返ると不思議なものを見るような目でカウラを見つめた。
「去年のあれってなんですか?」
誠をじっと見つめた後、かなめの表情がすぐに落胆の色に変わる。そのまま視線を床に落としてかなめは急ぎ足で廊下を歩いていく。仕方が無いと言うようにカウラは話し始めた。
「去年も実は映画を作ったんだ。司法局実働部隊の活動、まあ市の方が期待してたのは災害救助や輸送任務とかの記録を編集して作ったまじめなものってことだったわけだが……」
「なんだかつまらなそうですね」
誠のその一言にカウラは大きくうなづいた。
「そうなんだ。とてもつまらなかったんだ」
そう言い切るカウラ。だが、誠は納得できずに首をひねった。
「でもそういうものって普通はつまらないものじゃないんですか?」
誠の無垢な視線にカウラは大きくため息をついた。彼女は一度誠から視線を落として廊下の床を見つめる。急ぎ足の要は突き当たりの更衣室のところを曲がって正門に続く階段へと向かおうとしていた。
「それが、尋常ではなく徹底的につまらなかったんだ」
カウラは力強く言い切る。誠は一瞬その意味がわからないと言うようにカウラの目を見つめた。
「そんなつまらないって言っても……」
「まあ神前の言いたいこともわかる。だが、アメリアが隊長の指示で『もううちにこんなことを任せたくなくなるほどつまらなくしろ』ってことで、百本近くのつまらないことで伝説になった映画を研究し尽くして徹底的につまらない映画にしようとして作ったものだからな」
誠はそう言われると逆に好奇心を刺激された。だが、そんな誠を哀れむような瞳でカウラが見つめる。
「なんでもアメリアの言葉では『金星人地球を征服す』や『死霊の盆踊り』よりつまらないらしいって話だが、私はあまり映画には詳しくないからな。どちらも名前も知らないし」
頭をかきながら歩くカウラ。誠も実写映画には関心は無いほうなのでどちらの映画も見たことも聞いたことも無かった。
「で、どうなったんですか?」
その言葉にカウラが立ち止まる。
「私にその結果を言えと言うのか?」
カウラは今にも泣き出しそうな顔をする。アメリアはただ二人の前を得意げに歩く。カウラもできれば忘れたいと言うようにそのままアメリアに従って正面玄関に続く階段を下りていく。
「あ、アメリア。帰ってきたんだ」
そう言うルカが両手に発泡スチロールの塊を抱えている。それを見るとかなめは駆け足で運行部の詰め所の扉の中に飛び込んでいく。カウラと誠は何がおきたのかと不思議そうに運行部の女性隊員達の立ち働く様を眺めていた。ルカが両手に抱え込んだ発泡スチロールの入った箱を持ち上げてドアの前に運んでいく。
「ベルガー大尉。ちょっとドア開けてください」
大きな白い塊を抱えて身動き取れないルカを助けるべく、誠は小走りに彼女の前の扉を開く。
「なんだよ!まじか?」
運行部の執務室の中からかなめの大声が響いてきた。誠とカウラは目を見合わせると、立ち往生しているエダをおいて部屋の中に入った。
誠は目を疑った。
運行部のオフィスの中はほとんど高校時代の文化祭や大学時代の学園祭を髣髴とさせるような雰囲気だった。女性隊員ばかりの部屋の中では運び込まれた布や発砲スチロールの固まり、そしてダンボール箱が所狭しと並べられている。
誠はなんとなくこの状況の原因がわかった。
女子隊員の一人はチクチクと針仕事をしていた。統括管理者で副長を務めるパーラ・ラビロフ大尉と通信主任サラ・グリファン中尉、が仮装用のように見える材料を手に型紙を当てて裁断の作業を続けていた。
「シュールだな」
思わずカウラがつぶやく。彼女達は戦闘用の知識を植え付けられて作られた人造人間である。学生時代などは経験せずに脳に直接知識を刷り込まれたため学校などに通ったことの無い彼女達。何かに取り付かれたように笑顔で作業を続ける彼女達の暴走を止めるものなど誰もいなかった。
そんなハイテンションな運行部の一角、端末のモニターを凝視しているかなめの姿があった。
「おい!神前!ちょっと面貸せ!」
そう言って乱暴な調子でかなめが手招きする。仕方なく誠は彼女の覗いているモニターを見つめた。
その中にはいかにも特撮の悪の女幹部と言うメイクをしたかなめの姿が立体で表示されている。
「ああ、アメリアさんが作ったんですね。実によくできて……」
「おお、よくできててよかったな。原案考えたのテメエだろ?でもこれ……なんとかならなかったのか?」
背中でそう言うかなめの情けない表情を見てカウラが笑っている声が聞こえる。誠は画面から目を離すとかなめのタレ目を見ながら頭を掻いた。
「でもこれってアメリアさんの指示で描いただけで……」
誠の言葉にかなめは失望したように大きなため息をつく。
「ああ、わかってるよ。わかっちゃいるんだが……この有様をどう思うよ」
そう言ってかなめは手分けして布にしるしをつけたり、ダンボールを切ったりしている運用艦『ふさ』ブリッジクルー達に目を向けた。かなめを監視するようにちらちらと目を向けながら小声でささやきあったり笑ったりしている様もまるで女子高生のような感じでさすがの誠も思わず引いていた。
「ああ、一応現物を作っておいたほうが面白いとかアメリアが言ったから……はまっちゃって。それに今年の冬のフェスとかには使えるんじゃないの?」
にこやかに笑いながらのアメリアの言葉に誠とカウラは大きくため息をつく。だが黙っていないのはかなめだった。
「おい!じゃあまたアタシが売り子で借り出されるのか?しかもこの格好で!」
かなめがモニターを指差して叫ぶ。そうして指差された絵を見てカウラはつぼに入ったと言うように腹を抱えて笑い始めた。
「でも僕もやるんじゃ……ほら、これ僕ですよ」
端末を操作すると今度は誠の変身した姿が映し出される。だが、フォローのつもりだったが、誠の姿はかなめの化け物のようなかなめの姿に比べたら動きやすそうなタイツにマント。とりあえず常識の範疇で変装くらいのものと呼べるものだった。これは地雷を踏んだ。そう思いながら誠は恐る恐るかなめを見上げる。
「おい、フォローにならねえじゃねえか!これぜんぜん普通だろ?あたしはこの格好なら豊川工場一周マラソンやってもいいが、あたしのあの格好は絶対誰にも見られたくないぞ」
「それは困るわね!」
誠の襟に手を伸ばそうとしたかなめだが、その言葉に戸口に視線を走らせた。
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