場面転換

第43話 喫茶店

『じゃあちょっと待ってね』 


 そう言ってアメリアの姿が消える。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出す。


 部屋を飛び出していくアメリアの後姿が見えた。そして起き上がった誠に気づいてニヤニヤと笑いながら近づいてくるのは小夏だった。


「誠の兄貴、かっこよかったよ」 


「あはははは……」 


 小夏の言葉に誠は愛想笑いを浮かべて返す。 


「本当に面白いわね。やっぱり新藤さんはこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?」 


 同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている監督に声をかけた。


「いやあ、いろいろとしがらみがありましてね、あの世界も。それに司法局との契約の条項の中にいろいろと制限がありまして……なかなか」 


 そう言って照れ笑いを浮かべると監督は再び手元のモニターに目を移す。


「おう、ワシの出番か?」 


 アメリアが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。


「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは」


 先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。 


「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。むしろ茶と言えば嵯峨の親父の領分じゃろが」 


 戻ってきたアメリアの言葉を軽くいなすと明石はアメリアが指し示すカプセルに大きすぎる体をねじ込む。


「はいはい、小夏!!サラ出番よ!」 


 鋭いアメリアの言葉に小夏とサラも首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかける。


 視界が開けると中には渋い木目調の調度品を並べた喫茶店の風景があった。


『もう少し明るい雰囲気の方が小夏ちゃんには合うんだけどなあ』 


 そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかる。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じだ。


『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに』 


 アメリアがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。


『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのジャンパー』 


 そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。


「しかし……なんでワシが……」 


 カウンターの中にはエプロン姿の明石が立っていた。二メートルを超える巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。


『じゃあ、行くわよ!シーン12スタート!』 


 アメリアの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始める。


「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな」 


 一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせる。


「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし」 


 そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置く。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。


「とりあえず会うことが一番でしょう」 


 これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる彼に目をやった。


「こんにちわー」 


 ドアを開け、小夏は元気そうに挨拶をする。そしてサラがその後ろにおどおどと付いてくる。誠はランドセルを背負った小夏のあまりにも自然な姿に目を奪われていた。


「お姉ちゃん!早く!」 


「でも本当に良いの?あれ、誠二お兄さん」 


 サラは明らかに明石と同じ場所にいる誠の姿に戸惑っている。


「やあ!」 


 自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつる。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。


『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ』 


 心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつる。


「お兄ちゃんがいるのなら大丈夫だよ」 


「小夏!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」 


 サラはつい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てる。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせる。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。


「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」 


「ばれていましたか」 


 そう言うと小夏の下げたカバンからグリンが頭を出す。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔で小夏を見つめた。


「小夏!できればカバンを開けてもらいたいんだけど……」 


「ごめんね!」 


 そう言うと椅子に黒い鞄を下ろしてふたを開ける。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。


「もしや……あなた様は……」 


「久しぶりだね、グリン」 


 誠がそう言うとグリンは平身低頭した。その様に小夏とサラが驚いているのがわかる。


「お兄ちゃん……もしかして知っているんですか?グリンのこと。でも何で?」 


 小夏が神前寺誠二役の誠とグリンを不思議そうに見比べている。


「小夏ちゃん。この人が魔法の森の王子『マジックプリンス』様だよ!」 


 グリンの言葉に小夏は一瞬素に戻る。その目は明らかに誠を見下しているような色を湛えていた。だが隣に師匠と仰ぐ小夏の演技と言うよりただ単に楽しんでいる姿を見て役に戻る。


「それじゃあこのおじさんも……」 


「そうだよ。彼が僕をかくまってくれていてね。君の家にお世話になるのにもいろいろ手を尽くしてくれたんだ。そして今では機械帝国の脅威を知って協力をしてくれている」 


 誠の言葉に時々呆れている地を見せながらサラが明石を見上げた。


「お二方、飲み物は何にする?」 


 相変わらず明石は変なイントネーションでしゃべる。


「じゃあ私はオレンジジュース!」 


「小夏ったら遠慮くらいしなさいよ!」 


 小夏がうれしそうに叫ぶのをサラは止めようとする。いつもの光景が展開されて誠は噴出しそうになった。


「いいんだ、気にしないでくれたまえ。これからは一緒に戦う仲間になるんだから」 


「神前寺さん、いや殿下の言うとおりだ。僕もいずれは連絡を取らないといけないと思っていたんだ……しかし殿下がこんな身近に……」 


 グリンの言葉に不信感をぬぐいきれないもののこれ以上意地を張れないと思ったようにサラがカウンターに座る。


「じゃあお嬢さんは……」 


「ホットミルクで」 


 つっけんどんに答えたサラに笑みをこぼすと明石は飲み物の準備を始めた。


「でもカウラお姉ちゃんは知ってるの?」 


 明石がテーブルに二つのグラスを置いた。小夏は目の前に出されたオレンジジュースを飲みながら誠を見つめる。


「実は……」 


 その言葉に思わず誠は口を開く。そんな彼を明石が抑えた。


「魔力を持たない人に無用な心配をかけないほうが良い」 


 頭を振って明石はそう言ってサングラスに手をやった。


「確かにそうかもね。カウラお姉さんは一途だからきっと無茶をするわ」 


「サラお姉ちゃん!でも何も知らないでいるなんて!」 


 小夏はストローから口を離して明石に向かって叫ぶ。


「それでも誠二お兄ちゃんいいの?何も知らないで好きな人が戦いに赴くなんて私はやだよ!」 


 そう言う小夏が演技と言うより本音を言っているように見えて誠は地で微笑んでしまった。


「いつかは言うつもりさ。彼女は察しがいいからな、いずれ気づくはずだ。でもしばらくは時間が欲しいんだ」 


 そう言って誠はコーヒーを啜る。彼の言葉に頷きながら小熊のグリンは小夏を振り返る。


「小夏、僕達の戦いは一人の意思でやっているわけでは無いんだ。機械帝国は全世界、いや異次元も含めた領域を支配をしようとしているんだ。個人的感情ははさまない方がいい」 


「でも……」 


「なら君の協力は必要ない。普段の生活に戻りたまえ」 


 そう言ってグリンはカウンターから飛び降りる。


「どうするつもり?一人で戦うなんて無理だよ」 


 悲しそうに叫ぶ小夏の肩にやさしく手を伸ばしたのは明石だった。


「いつかは小夏にも分かる日が来るはずだ。今は黙っていておいてあげてくれ」 


 そう言うとにっこりと笑う明石だが、その表情が明らかに無理をして作り出した硬いものだったので誠は思わず噴出しそうになるのを必死でこらえた。

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