第8話 時代行列
身を切るような冷たい風が四人を包んだ。
「ねー!ひよこちゃん!」
アメリアは階段の上から一人で誠の機体を見上げている司法局実働部隊付き看護師であり法術担当の神前ひよこ軍曹に声をかけた。
そのかわいらしいカーリーヘアーがアメリアの方を振り向く。
「ああ、これの件ですか?」
ひよこはそう言うと左腕の携帯端末を指差した。
「そう、それ!」
そのままアメリアは誠を引っ張って階段を下りていく。整備員の影が見えないのを不審に思いながら誠は引っ張られるままアメリアに続いて階段を下りた。
「珍しいじゃないの。ひよこちゃんがハンガーにいるなんて……他の連中は?」
アメリアに笑いかけられてひよこは苦笑いを浮かべた。そしてすぐに一階の奥の資材置き場を指差した。
「私だって法術担当の技官でもあるんですよ!誠さんの05式乙の法術増幅システムの調整とかは私の仕事です!」
そう言うとひよこは軽く両手を広げる。
「そうなんだ……本当にそれだけ?」
アメリアが食いつくようにひよこを見つめた。
「それだけですよ……ってそれに書くんですか?さっきのアンケート」
そう言うとひよこは誠の手からアンケート用紙を受け取った。
「そうなんだ……一応、技術部の面々の分預けとくから。そいつを頼んだぞ。足りなかったらコピーして使え」
かなめの言葉に空で頷きながらひよこは用紙を見つめる。その顔には苦笑いが浮かんでいた。その隣でひよこの弱りようが分かったというようにカウラがうなづく。アメリアの視線がカウラの平坦な胸を見つめていたことに誠はすぐに気づいた。
「アメリア。私の胸が無いのがそんなに珍しいのか?」
こぶしを握り締めながらカウラの鋭い視線がアメリアを射抜く。
「誰もそんなこと言ってないわよ」
「下らねえこと言ってないでいくぞ!」
そう言うとかなめはひよこに半分近くのアンケート用紙を渡してアメリアにヘッドロックをかける。
「わかった!わかったわよ。それじゃあ」
かなめに引きずられながら手を振るアメリア。誠とカウラは呆れながら二人に続いて一階の資材置き場の隣の廊下を進んだ。駐車場のはるか向こうの森の手前では島田が旧車のバイクを前にたたずんでいるのが見える。
「島田の奴。またバイクかよ」
そう言いながらかなめは残ったアンケートを誠に返す。咳き込みながらも笑顔で先頭を歩くアメリアが資材置き場の隣の法術特捜豊川支部のドアをノックした。
「次は茜か」
かなめは大きくため息をつく。
「開いてますわよ」
中から良く響く女性の声が聞こえる。アメリアは静かに扉を開いた。嵯峨の隊長室よりも広く見えるのは整理された書類と整頓された備品のせいであることは四人とも知っていた。茜は呆れた様子でニヤニヤ笑っているアメリアを見つめた。
「好きなんですね……クラウゼ少佐は」
そう言うと茜はため息をつくと机の上の情報端末を操作する手を止めて立ち上がった。
「でもこの映画、節分にやるんですよね」
かなめは二枚のアンケート用紙を茜に手渡した。
「まあ豊川八幡宮の節分祭は北総県では五本の指に入る節分の祭りですから」
そう言うと茜はかなめから一枚アンケート用紙を取り上げてじっと見つめる。
「茜お嬢さんなら鎧兜似合いそうなのに、残念ね」
アメリアのその言葉に誠は不思議そうな視線を送った。
「ああ、神前君は今年がはじめてよね。西豊川神社の節分では時代行列と流鏑馬をやるのよ」
「流鏑馬?」
東和は東アジア動乱の時期に大量の移民がこの地に押し寄せてきた歴史的な流れもあり、きわめて日本的な文化が残る国だった。誠もそれを知らないわけでもないが、流鏑馬と言うものを実際にこの豊川で行っていると言う話は初耳だった。
「流鏑馬自体は東和独立前後からやってたらしいんだけど、司法局実働部隊が来てからは専門家がいるから」
そんなカウラの言葉に誠は首をひねった。
「流鏑馬の専門家?」
「お父様ですわ」
アンケート用紙をじっくりと眺めながら茜が答える。
「甲武大公嵯峨家の家の芸なんだって流鏑馬は。去年は重さ40キロの鎧兜を着込んで4枚の板を初回で全部倒して大盛り上がりだったしね」
アメリアはそう言うと茜の机の上の書類に目を移した。誠達はそれとなくその用紙を覗き込んだ。
「東都警察のシフト表ですね。東都警察は休むわけには行かないから大変そうですよね」
「その大変なところに闖入してきていると言う自覚はあるならそれにふさわしい態度を取ってもらわないとね」
明らかに不機嫌そうな茜の言葉に誠は情けない表情でアメリアを見つめた。
「まったくお父様には困ったものです。『嫌だ』って言えばこんな話は持ってこないのに」
そう言いながら茜は再びシフト表に視線を落す。
「じゃあ、失礼します」
アメリアを先頭に一同は部屋を出た。
「鎧兜ですか?そんなものが神社にあるんですか?」
誠の言葉を白い目で見るかなめ達。
「叔父貴の私物だよ。甲武の上流貴族の家の蔵にはそう言うものが山とあるからな」
そう言ってかなめはそのままブリッジクルーの待機室に向かおうとする。誠は感心するべきなのかどうか迷いながら彼女のあとに続いた。
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