結末
第59話 甘酒
「チキショウ!あと少し!ああ、今回はアタシのミスだ!」
かなめの叫び声がハンガーにこだまする。誠もカウラもそれぞれ05式のシミュレーターから身を乗り出してぶんぶんと腕を振り回して悔しがるかなめを見つめていた。
「そうね、かなめちゃんのミスだわね」
「アメリア!オメエだって進行プランを完全に中佐に読まれてたじゃねえか!」
ハンガーの真ん中にオペレーションシステムを模したテーブルに座ってアメリアがニヤニヤしながらかなめを見上げていた。タレ目でにらみつけようとしたかなめにアメリアが大爆笑している。
「そう簡単に貴様等に追いつかれるわけにゃーいかねーんだよ。一応、東和陸軍アサルト・モジュール部隊の教導官を勤めてたわけだかんな」
そう言ってランはの姿は何度見ても小学生低学年のなりにしか見えない。
「クバルカ中佐の読みは凄いですからね。完全に神前を無力化なんて」
元気そうに叫ぶとカウラはそう言ってほほ笑んだ。
「それだけテメー等が神前に頼りすぎた戦術を立ててるってこった。ちゃんとテメーの世話も焼けねー奴は戦場じゃ邪魔になるだけだぞ」
そう言うとランもエレベータでシミュレーションの戦闘記録を取っているサラとパーラのところへと向かう。
「ったくなりはロリなのに……」
ぼそりとかなめがつぶやく。当然のようにランは鋭い目つきでかなめをにらめつけた。
「おい、さっきは負けたのは自分のせいだって言ったな。じゃあグラウンド20週して来い!」
ランの目の前で「ロリータ」と「幼女」は禁句である。誠も軍事機密らしいので深くは詮索していないが司法局機動部隊二代目隊長クバルカ・ラン中佐の幼い姿について口にするのは事実上のタブーとなっていた。
「おい、アメリア。おとといの続きは?」
ランがそう言ったのに誠は驚いていた。おとといまで隊全体を振り回して魔法少女モノなのか戦隊モノなのか、あるいはロボットモノかもしれない自主制作映画を作るべく走り回っていたアメリアが何も言わない。それはいかにも不自然だった。
昨日は編集を買って出たアメリアがずっと会議室のモニターに向き合って画面の修正作業をしていたらしい。
「ふっ、さすがに積極的かつ強気な戦術を本分としているクバルカ・ラン中佐。遼南内戦で『人類最強』と呼ばれたのもうなづけるわね。誰かと違って」
「余計なお世話だ」
アメリアが不敵な笑いを浮かべながらそう言うと新藤がすかさず口を挟む。
「いやあ、そんなに力まなくても……」
つまらないものに火をつけてしまった。ランは慌ててそう言ったがすでにアメリアはギアを切り替えてオタクで痛い本性を現そうとしているところだった。
「知らねえよ、アタシは!それじゃあランニング!行ってきます!」
「逃げるんじゃねーよ!」
ランニングと称してそのまま逃げ出そうとしたかなめをランが押さえつける。誠とカウラは仕方が無いというようにすでにシミュレータの撤収を始めたアメリアを生暖かい目で見つめていた。
「正直最後はやっつけで書いたのよね」
端末のコードを抜きながらのアメリアの言葉。アメリアに逆らうのは無駄だと諦めている新藤はメガホンを機材の山に放り投げていた。
「おい、やっつけなのかよ。まったくストーリーができたのは俺のおかげなんだぜ」
新藤はそうこぼすとサラから紙コップを受け取る。サラは奥から鍋を持って出てきた技術部の西高志兵長と紙コップを持った神前ひよこ軍曹からさらに紙コップを受け取る。
「おう、甘酒か。ひよこが朝から何やってるのかと思えば……」
半ば呆れながらランがテーブルに置かれた大きな鍋の蓋を開ける。しろいどろどろの甘酒がかぐわしい香りをハンガー一杯に拡げた。
「そんなことを言うとあげませんよ」
ひよこはそう言いながらいつの間にか監督の後ろに列を作っていた整備兵達に甘酒を振舞い始める。
「しかし、こうしてみるともう冬なんだな」
その列の中にいつの間にかいたカウラがエメラルドグリーンの髪に手をやる。
「なんだ?人造人間でも風雅ってもんが分かるんだ」
かなめの言葉にそれまで隣の甘酒を覗き見ながら機器を片付けていたアメリアが立ち上がる。
「ひどい偏見!私達も一応人間よ!取り消しなさいよ!」
顔を近づけてつばきを飛ばすアメリアにかなめも一歩もひかない。すぐさまジャンプしたランがかなめの頭をはたいた。
「馬鹿やってんじゃねーよ。甘酒やらねーぞ」
そう言いながらランは副長特権で甘酒の列に割り込んで手にしたコップを傾ける。
「それより子供が酒飲むのは…… 」
「アタシは大人だ」
カウラの言葉を切り捨てるとランはそう言って甘酒を飲み干した。
「これ、おいしいですよ。西園寺さん」
誠の一言になぜか機嫌を悪くしたかなめは黙って実働部隊の詰め所のあるハンガー奥の階段に向かって歩き出した。
「素直じゃねーな。あいつも」
その様子をランは紙コップの中の甘酒で体を温めながら見守る。
「あの、じゃあ僕も遠慮します」
誠の言葉にひよこに代わって甘酒を振舞っていたアメリアが目の色を変える。
「そんな、あいつのわがままに付き合う必要なんて無いわよ」
そう言うとアメリアは警備部のスキンヘッドの兵士から甘酒の入ったコップを奪って誠に持たせる。
「別にそんな……」
「いいから!持っていきなさいよ……これもね」
そう言うとアメリアはもう一杯の甘酒のコップを誠に持たせる。彼女の笑顔に背中を押されるようにして誠はそのままかなめのあとをつけた。
誠が甘酒を持って振り返るとかなめの姿は無かった。早足でそのまま階段をあがって管理部の白い視線を浴びながら隣の詰め所に飛び込む。
そして誠はそっぽを向いて机の上に足を投げ出しているかなめを見つめた。
「お姉さま。また喧嘩ですか?」
奥の席でモニターをのぞきながら第二小隊小隊長日野かえで少佐が声をかけてくる。
「うるせえな!」
そう言うとかなめは目を閉じる。
「ここ、置いておきますから」
誠はそう言ってかなめの分の甘酒を机の端に置いた。
「いいですね、甘酒ですか。僕の国でも時々飲むんですよ」
第二小隊三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が甘えた声を出して誠の手の中の甘酒を見ている。
「ベルルカンにもあるのか。かえで様……」
いかにも飲みたそうな二番機担当の渡辺リン大尉。そう言われたかえではキーボードを打つ手を止める。
「そうだな。少し休憩と行くか」
そんなかえでの声を聴くとかなめは横を向いてしまう。
「西園寺さん……」
誠は彼女の正面の自分の席に座った。
「あいつ等と一緒にいろよ。アメリアとか……」
「お姉さま!」
いじけたような調子のかなめにかえでが声を荒げた。目を開けてかえでの顔を見ると、すこしばつが悪そうにアメリアが『変形おかっぱ』と呼ぶ耳にかかるまで伸びたこめかみのところが一番長くなっている髪をかきあげるかなめ。
「飲む」
そう言ってかなめは手を伸ばす。誠はようやく笑顔を浮かべて甘酒をかなめに手渡した。かえでは安心したようにまことを見て頷くとアンと渡辺を連れて出て行く。誠とかなめ。二人は詰め所の中に取残された。
「ごめん」
ぶっきらぼうに手を伸ばして軽くコップを包み込むようにして手に取った。そしてゆっくりと香りを嗅いだ後、一口啜ってかなめがそう言った。
「別に謝る必要は無いですよ。ただ西園寺さんにも楽しく飲んで欲しくて……」
「あのさあ、そんなこと言われるとアタシは……」
かえで達が甘酒を求めて出て行って二人きりの部屋。少し照れながらかなめは両手で紙コップの中の甘酒を見つめていた。
「ふう、良いな。ひよこもポエム以外に特技があるじゃねえか」
ようやく気が晴れたのか少し明るい調子で再び甘酒を含んだかなめがため息をつく。酒豪と言う言葉では足りないほどの酒好きなかなめだと言うのに、なぜか頬が赤く染まっていた。
「なんか顔が赤いですよ?」
誠の言葉にかなめは机から足を下ろす。そして素早くコップを置くとひきつけられるように誠を見る。そして突然何かに気づいたように頭を掻いた。
「き、気のせいだ!気のせい」
そう言って慌てたかなめがつい甘酒のコップを振って中身を机にこぼした。
「大丈夫ですか!」
誠はハンカチを取り出してかなめの机に手を伸ばした。その手にかなめの手が触れる。
「うっ……」
かなめは大げさに飛びのく。奇妙な彼女の行動に誠は違和感を感じていた。
「どうしたんですか?」
「うん……」
黙り込んでいたかなめだが、誠の目を見るとすぐに視線をそらしてしまう。
「ああ、ちょっとトイレ行ってくるわ。たぶんアイツ等が来るころには戻るから」
そう言うとかなめは早足で部屋を出て行った。誠はかなめの半分ほど甘酒の残ったコップと取残された。
「ねえ……」
「うわっ」
突然背中から声をかけられ仰け反る誠。明らかに慌てている誠をアメリアはからかうような調子で見つめている。
「なにかやましいことでもあるのかしら?」
「別に……」
「まあ、いいわ。それならその端末しまって頂戴。ラストの撮影の準備、かなめちゃんが戻ったらすぐできるようにしておきましょう」
意味ありげに笑うとアメリアはそのまま部屋を出て行く。あっけに取られる誠も部屋の外を歩いているラン達の姿を見て端末を終了させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます