第46話 戦いの場

「はい、全部正解ね。では次の問題を……」 


 アメリアがそう言ったとき、急に開けていた窓から強風が吹き込んでくる。教室は教科書やドリルを飛ばされ、生徒達は混乱に陥った。


「なに!なんなの?」 


 そう叫んでアメリアは教卓にしがみつく。そして風にまぎれるようにして周りの中学生よりさらに幼く見えるへそだしルックの魔法幼女が現れた。


「人間?実につまらぬもんだ!」 


 窓の外には満面の笑みを浮かべた司法局実働部隊副長、クバルカ・ラン中佐の勇姿が画面を埋める。


『ああ、乗ってるねえ、ランの姐御』 


 かなめの言うとおりライバル魔法少女を演じるランの表情は異常に生き生きとしていた。


『ああ、ランの姐御は結構単純なところがあるからね』 


 かなめの一言に誠達は二人の付き合いの長さを知っているので納得する。


「何!あなたは誰!」 


 持ち前の体力で風を防ぎきった小夏がランの前に立ちふさがる。


「ふっ!キャラっトなっちゃん!貴様のことは聞いているぞ!まず手始めに貴様から血祭りにあげてくれる!」 


 そう叫ぶとランは手を前方に差し出す。そこには青龍刀のような剣が現れた。ランはそれを手にするとその刀の刃を軽く舌で舐めた。


「あなたは……何者!」 


 小夏がそう言うと手に小さなペンほどの杖のようなものを握り締めて叫ぶ。


「へー。いい度胸してるじゃねーか……。でもなあ!死に行く定めの雑魚に名乗る名はねーんだよ!」 


 ランはそう言って小夏に刀を振り下ろす。だが、杖のようなものを握り締めていた右手に展開した魔方陣でその一撃を小夏は軽くいなす。ランの振り下ろした剣はそのまま滑り落ち、床を砕いて止まった。


「なるほど少しはできるようだな!ならば名乗ってやろう!」 


 そう言うと再びつむじ風が教室に吹きつける。生徒達は次々と砕けていく窓ガラスから逃げるようにして廊下へと飛び出していった。部屋に残っているのは小夏とアメリア。そのアメリアも強風にあおられてパニック状態に陥っている。


「アタシは機械帝国に忠誠を尽くす者!すべてを血に染め、向かうものすべてを切り裂く定めを持つもの!ブラッディー・ラン!」 


 ランは剣を小夏に突きつけて叫ぶ。


『いつもよりよっぽど大人に見えるな』 


 かなめのつぶやきにアメリアが思わず噴出した。誠はただ苦笑いを浮かべて二人の戦いを見つめていた。周りに人の気配が消えたのを知って、小夏のランドセルから飛び出したのは小さなグリンだった。


「今だ!変身するんだ!」 


 グリンの声に小夏はうなづくと右手を掲げる。すぐさま手にしていた杖が元のサイズに戻り淡いピンク色の光を放つ。


「天空と地と海を統べる世界よ!アタシに力を!」 


 その変身の呪文が前回とまるで違うことに気づいた誠達の前で、小夏の制服がはじけるように消える。やわらかい桃色の光に包まれた小夏の体に靴やソックスや手袋などが次々と現れて前回と同じ魔法少女の姿が見え始める。


 そして桃色の光がはじけ飛んだときに表れたのは、魔法少女『キャラットなっちゃん』の姿だった。


『なあ、神前。あいつの呪文ってなんか意味あるのか?前回とかなり違う割には出来上がった姿が同じなんだが』


『ただ前のを覚えてなかっただけじゃないですか?』 


 誠はただ唖然とする。しかし、ランもあえて突っ込みをいれずにシリアスモードで変身した小夏に剣を構えて立つ。


「所詮は素人。戦いを知らないものには、死!あるのみ!」 


 そう言って切りかかるランだが、小夏は桃色の光を放ちながら宙に待ってその剣を避ける。振り下ろされたランの剣はまるで豆腐でも切るようにあっさりと机を両断していた。


「小夏!距離を取るんだ!」 


 そう言うとグリンはランの周りに結界を張る。


「分かった!」 


 小夏はそう言うと割れた窓ガラスをすり抜けて校庭へと脱出した。


「この程度の結界など!」 


 そう叫ぶとランは全身から赤い光を放射してグリンの結界をあっさりと破壊した。


「え!この力!」 


 その赤い炎のように見える力に驚いたグリンはそのまま宙に浮いて小夏の隣に並ぶ。


「こんな小細工なんか、アタシには通じねーんだよ!」 


 そう叫ぶと一気に小夏に飛翔してランは剣を振るう。再び小夏は魔方陣を展開してそれを受け止める。


『熱くなってるな、姐御。素に戻ってるじゃん』 


 そう言うかなめだが、明らかにバトル展開を楽しんでいるように言葉が弾んでいるのが誠にも良く分かった。


「小夏!どいて!」 


 叫び声と共に火炎が小夏とランを襲う。二人は飛びのいてその技が繰り出された上空を見上げた。そこには青い魔法少女のドレスをまとったサラが手に魔法の鎌を身構えていた。


「お姉ちゃんだめ!これは私とランちゃんの戦いなの!」 


 そう叫ぶと小夏は杖を構えてランを見つめた。


「そう言うこった!貴様の命はアタシがもらう!」 


 ランは一瞬で距離をつめる。だがすでにそこには小夏の姿は無かった。


「なに!」 


 驚愕するランだが、背中を杖で殴られて吹き飛ばされそのまま隣の神社まで吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直すと、その鋭い視線を小夏に飛ばす。そして杖をかざして何かを詠唱している小夏に剣を向けた。


「そうでなきゃつまらねーな。見せてみろよ!テメーの本気を!」 


 ランは完全にノリノリで剣を振るって小夏に襲い掛かる。だがすぐさま三つに増えた小夏に包囲される形となる。


「なんだ?なんなんだ?」 


 焦ってランは周りの小夏達を見回す。だが、すぐに下から発せられた稲妻に巻き込まれて吹き飛ばされる。


「下ががら空きだよ!ランちゃん」 


 そう言ってそのまま空中で体勢を崩したままのランに小夏は杖を振り上げる。


「そーはいかねーよ!」 


 ランは上半身だけで小夏の一撃を受け止めると、そのまま後退して距離を稼ごうとする。小夏は再び距離をつめようとするが、動物的勘の持ち主と言えども飛ぶことに慣れていない小夏にランを捕らえることは難しかった。直線的飛行と直角の変化ではランの流れるような軌道にはついていけなくなり、じりじりと間合いを広げられる。


「それじゃあ!」 


 グリンはそう言って小夏を援護するために魔法を使おうとする。だが、その前には先ほど喫茶店で別れたかなめ、この物語の名前で言えばキャプテンシルバーが立ちはだかった。機械的な上半身から炎のような魔力をたぎらせるかなめににらまれてもグリンはひるまなかった。


「邪魔だよ!キャプテンシルバー!」 


「おい、これは女と女の信念をかけた戦いなんだ。野暮なことはよしにしようや!」 


 再びわけのわからないベクトルでの自己陶酔モードに入ったかなめがやけに良い笑顔でグリンを見つめる。


「そうだよ!これはアタシとランちゃんの戦い!誰にも邪魔はさせないよ!」 


 そう言うと小夏はランに向けて一直線に飛んでいった。

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