第61話 武者
「なんだ、ありゃ?」
駆け出していくかなめとアメリア、そして入れ替わりに嵯峨が顔を出す。それまでアメリアに何かを吹き込まれてニヤニヤしていたサラとパーラが突然の闖入者に思わず目をそらす。
「隊長、何か用が?」
立ち上がったラン、それを見ると思い出したように嵯峨が誠に手招きする。
「神前も来いや」
「僕がですか?」
不思議に思いながら誠も立ち上がる。それを見てマリアは手を打った。
「ああ、今回のイベントの本題の方だな」
「本題?」
カウラは尋ねてくる誠ににんまりと笑って見せた。
「この映画を上映するのは今度の節分だ。呼び物は隊長の提案で始まった時代行列。そこで着る鎧兜を選ぶんだ」
「ああ、そういうこったな」
嵯峨の言葉に元々目つきの悪いランの目つきがさらに悪くなる。
「士官は大鎧、下士官は胴丸を作るんだ」
「え!鎧兜を作る?」
嵯峨の言葉に誠は驚く。彼の肩にカウラが手を伸ばす。
「時代行列でうちは源平絵巻の担当だからな。当然甲冑を着て行進することになる」
「目玉は隊長の流鏑馬だ。期待してろよ」
自慢げにランはそう言った。誠は嵯峨なら乗馬くらいはできるだろうとは思っていたが弓まで使えることははじめて知った。
「ちょっと会議しようや。お前等も見るか?」
嵯峨にそう言われて一同がぞろぞろとついてくる。
「源平絵巻ですか……写真の資料しか見たことありませんよ、僕」
そう言いながら嵯峨に続いて電算室に入る。嵯峨は素早く端末の前に腰掛けると画面を開いて甲武のネットに接続した。
「やっぱり甲武ですか製作は」
「そりゃあな。甲武の時代趣味はすげえからな。東和だと何時代の鎧……と言うかそもそもこれ日本の甲冑と違うじゃんと言う奴ができちまうからな」
嵯峨がそう言いながら甲武国立文化センターのセキュリティーコードを打ち込んでいるのを眺めていた。
「変わったところに頼むんですね」
「平安末期仕様の鎧兜って限定して作らせるとなると、俺の領地のコロニーしか無くてな。まあこのこだわりがどれだけ客に受けるかは別なんだけどっと!」
そう言いながら嵯峨は歴史物品複製製作のサイトにたどり着いた。
「とりあえず胴丸で……サイズからか……神前!身長は?」
嵯峨が突然振り返る興味深げに覗きこんだ端末には徒歩侍の姿が映っている。明らかに雑兵と言う姿に少し誠はがっかりした。
「一応186センチですけど……雑兵役……武将じゃないんですね」
「ああ、将校クラスは大鎧だが下士官はすべて雑兵の格好になるんだ」
カウラの言葉にサラが乗っかって誠に笑いかける。
「神前、でかすぎだ。特別注文になるな」
そう言いながら端末に入力を続ける嵯峨。キーボードを打つ嵯峨をはじめてみる誠だが、それは驚異的なスピードだった。すぐさま鎧の各部分の設定などを入力して完成予想画面が映し出される。
「へえ、様になるわね」
「良かったなカウラ」
パーラがカウラに声をかける。それまで画面を見つめていたカウラは突然の言葉に頬を赤らめて下を向いた。
嵯峨が体を引いてランからも画面が見えるようにする。ランはしばらく頭を掻いた後、仕方が無いというように画面を見つめた。そこには様々な文様の鎧の胴や盾が映っている。
「兜は……下士官は雑兵だから烏帽子ですよね?」
「まあな、女武者は鉢巻とかが普通だぞ」
「ああ、アタシは赤糸縅の大鎧に鉢巻だ。まあ私は去年も今年も警備に駆り出されるだろうからな」
かなめの言葉で凛々しく騎馬で疾走する姿を想像して誠は納得する。カウラやかなめ、アメリアも将校であるところから考えれば、彼女達も恐らく源平の女豪傑の巴御前のような姿になるだろうと思って心が躍るのを感じた。
「やっぱり兜がねーと格好がつかねーよ」
「贅沢言いやがって」
ごねるランに苦笑いを浮かべると嵯峨は再び端末のキーボードを叩く。
「納期を考えると……緋縅の甲冑の部品が余ってるみたいだからこれで行くか?」
「仕方がないんじゃないっすか?」
ランの一言でようやく落ち着く。
「ああ、そうだ。島田も今回は将校扱いだな……」
「私が連れてきます!」
嵯峨の言葉にサラが飛び出していく。誠は嵯峨の横から手を出して自分の鎧の完成予想図を見た。
「やっぱり雑兵だな」
カウラの一言。誠は大きく落ち込んだ。
「良いじゃないか。乗馬の練習とかしなくて良いし、それに大鎧は結構動きにくいからな」
カウラのフォローだが、所詮は祭りのコスプレである。格好が良い方を選びたくなるのが人情だった。
「まあ、がんばれ」
肩を叩く嵯峨。そこで再びドアのロックが解除された。
「どこに隠れた!アメリア!」
そう言ってかなめがずかずかと部屋に乱入する。だが、その視線が誠の目の前の画面に落ち着くとにんまりと笑って誠の頭をぽかぽか叩き始めた。
「おう、立派な雑兵じゃねえか!」
かなめはそのまま誠の頭をぺたぺた叩き続ける。誠は苦々しい笑顔を浮かべながら見つめてくるかなめのタレ目に答えた。
「武将は将校だけなんですよね。じゃあ西園寺さんも馬に乗るんですか?」
逆襲のつもりで誠が話をそちらに向けるがかなめは平然としている。
「アタシは一応甲武の公家の出なんだよ。当然乗馬なんざ必須科目だね。そして……」
にやけたかなめのタレ目がカウラに向かう。カウラは思い出したように顔を赤らめるとうつむいてしまった。
「馬と相性の悪い将校さんもいるからさ、ちゃんと二人で歩いてついて来いよ」
嫌味たっぷりにかなめが言うとカウラはそのままじっと話題が変わるのを待つことにしたように黙り込んだ。
「なんだ、馬?簡単だよあんなの」
そう言うと目をきらきらさせてランがカウラの手を握る。
「そうは行かないんだな。カウラの場合本当に不思議なくらい馬に嫌われてるからな」
嵯峨にそう言われてカウラが困ったような顔をしている。そう言われてランは腕組みをして考え込む。
「普通なら馬なんてくつわを取る人さえいればじっとしていれば済むんだけどな」
「俺もあんなに馬に嫌われる奴は見たことが無いな」
嵯峨の言葉が止めを刺したようにカウラは深刻な顔をする。
「おい、追い詰めてどーすんだよ!」
自分の言葉で部下が落ち込むのを見て慌ててランが全員に顔を向ける。
「確か去年はアメリアが乗馬クラブに通ってたわよね」
サラが首をひねりながら答える。こういうイベントには異常な情熱を注ぐアメリアが乗馬の特訓くらいならやりかねないと思って誠は笑みを浮かべた。
「じゃあやっぱりアイツが必要に……」
そう言った時にドアのロックが開いて入ってきたのはアメリア本人だった。かなめの顔を見ると逃げようとするアメリアだが、素早く飛びついたランがアメリアを押さえ込む。
「ごめんなさい!」
「おい、そっちの話は終わりだ。それよりこいつに乗馬を教えるところはねえのか?」
ころころ機嫌の変わるかなめを知っているアメリアがおびえた表情から素に戻る。話題がかなめが何をしていたか言うことから変わっていると知るとそのまま部屋に入ってくる。
「三つあるけど……節分の時代行列で乗るためでしょ?そうするとここかしらね」
そう言うとアメリアはすぐに端末を操作して豊川市の企業情報のサイトを検索する。そこには小さな牧場の写真が映っていた。
「おい、これは誰だ?」
左端に鎧兜の女武者の写真が見て取れた。
誠は首をかしげた。写真に写っているアメリアだがどうも不自然に見える。
身に着けているのが先ほどまで見ていた源平絵巻に登場する甲冑とは明らかに違う。茶色い漆のようなもので塗られて輝く兜には鹿の角のような飾りがあり、胴は丸く金属でできているように見えた。アメリアの顔には仮面のようなものがついて、そこから髭のようなものまで生えている。
「当世具足って言うんですって!本当は六文銭に赤備えで真田信繁をやろうとしたんだけど……」
「時代が全然違うじゃないか」
カウラの一言にアメリアは気に障ったかのようにうつむく。確かにこのような甲冑を飾っている剣術道場もあることは知っていた。
「でも大丈夫か?カウラは動物と相性最悪だぞ。馬なんて……」
そう言ってかなめはタレ目でカウラを見上げる。アメリアもそこまで言われるとただ首をひねるしかなかった。
「それに怪我をされたらな……一応仕事に支障があるのは勘弁して欲しいな」
「隊長!私のときは何も言わないで!」
アメリアが目を向けたので嵯峨が首をすくめる。
「お前は止めても行ったろ?しかも去年とはうちをめぐる状況がかなり違うんだ」
そう言い訳するとなんとかアメリアは納得する。
「つまり歩けば良いんだよ。いっそのことアタシの馬のくつわでも取るか?神前と一緒に」
ニヤニヤ笑うかなめだが、先ほどの嵯峨の言葉に少しばかり落胆していた。
「そうですね。今年も歩きますよ。甲冑はこの前ので良いです」
残念そうな口ぶりでそう言い切ったあと、カウラはかなめをにらみ返す。
「でもこれって誰が金だしてんだ?」
至極もっともなランの言葉に嵯峨が手を上げる。
「生産的な出費だろ?これで甲武の学者さん達は研究費用が稼げて技術の研鑽につながる。東和は伝統的な資料を見ることで歴史を学べて観光客も呼べる。俺は価値のある美術品を購入して資金の投資を行ったことになる。三方丸くおさまって良いことじゃねえの」
そう言うと嵯峨は立ち上がる。
「定時だぜ、どうする?飲みに行くか?」
嵯峨の言葉にランが当然というようにうなづいた。
「叔父貴のおごりってわけじゃ……ねえよな」
「無茶言うなよ。俺は今月はおとといオートレースで負けてやばいんだから……金貸してくれるの?」
そう言って嵯峨は端末を閉じた。
「じゃあ、クバルカ中佐とかなめちゃんとカウラちゃん、私と誠ちゃん……」
アメリアが視線をパーラに向ける。パーラはそのままサラを見つめる。
「じゃあパーラの車は……あと島田でも呼ぶか?」
そんなかなめの方を見ながら決して潰れるまいと誠は心に誓った。
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