第13話 魔法少女?
「僕が魔法少女!?」
呆然と誠はアメリアの目を見つめた。アメリアの目は笑ってはいなかった。
「そうよ!女装魔法少女!すばらしいでしょ?」
かなめはあきらめの表情で誠の肩を黙ったまま叩く。誠がそちらに目を向けるとかなめは同情のまなざしを向けながら首を振った。
「え!そうなんだ!」
サラがわざとらしく驚いてみせる。誠はその時完全に自分がはめられたことを悟った。
「あのー、アメリアさん。祭りに来た家族が見れるような作品を作らないと……」
誠の言葉に拍手をする音が聞こえた。誠は気づいて左右を見回す。
「オメー等、わざとやってるだろ」
突然、誠の鳩尾の辺りから声がして視線を下ろした。拍手をしていたのは小さなランだった。そのままアメリアにつかつかと歩み寄る。その元々睨んでいるようなランの目つきがさらに威圧感をたたえて向かってくるので、さすがのアメリアもためらうような愛想笑いを浮かべた。
「あのなあ、こいつが魔法少女って……少女じゃねーだろ!こいつは!」
そう言うとランは思い切り誠の腹にボディーブローをかました。誠は痛みにそのまましゃがみこんだ。
「なんだ?神前。アタシみたいなちっこいののパンチでのされるなんてたるんでる証拠だぞ!とっとと着替えて来い!」
しゃがみこんだ誠の尻をランは思い切り蹴り上げる。誠は立ち上がると敬礼をして更衣室に駆け込んだ。明らかに口論を始めたらしい二人を背に、誠は小走りで男子更衣室に飛び込んだ。
「よう、盛り上がってるな」
更衣室には先客の技術部員のデブ、本庄がいやらしい笑いを浮かべながら入ってきた誠を眺めている。
「そんな他人事みたいに……」
そう言いながら誠は自分のロッカーを開く。
「だって事実として他人事だもんな。それにアメリアさんが『魔法少女』なんて言い出したらキャストにお前が少女役で出てくるぐらいのことは俺だって予想がついたぜ」
本庄はシャツを脱ぐ誠の背中を叩く。誠は急いで脱いだシャツをロッカーに放り込むとかけてあるカーキーのワイシャツを取り出した。
「まあ、今となってみればそうだとは思うんですが……でもこのままじゃ……」
うなだれる誠の肩にキムは手をやる。
「まあ任せろ。こっちの選挙対策委員長は班長だぜ。それにうちの情報将校も味方にいるんだ。絶対に勝ってみせる!」
本庄はそう力強く言った。誠は明らかに問題の根本が摩り替えられつつある現状に気づいて頭を抱えた。
「とっとと着替えないとクバルカ中佐が切れるぞ!」
そう言うと本庄は更衣室から出て行った。誠は急いでワイシャツのボタンを留め、ズボンに手を伸ばす。
「あのー……」
突然誠の隣で声がした。驚いた誠が見下ろすと小柄な浅黒い肌の少年がおずおずと誠を見上げていた。
そこにはアン・ナン・パク軍曹の姿があった。意外な人物の登場に誠は思わず飛びのいた。
「いつからいたんだ!」
「はじめからいたんですけど……」
そう言って流し目を送ってくるアンに正直誠は引いていた。以前は西がアメリア曰く『総受け』と呼ばれていた状況から第二小隊の発足とアンの配属により、『西キュンはアン君に対しては攻めだよね』と言う暗黙の了解が女性隊員の間でささやかれるようになっていた。
誠はその言葉の意味がわかるだけに目を潤ませて誠に視線を送るアンをゆっくりと後ずさりながら眺めていた。確かに上半身裸でシャツを着ようとするアンはとても華奢でかわいらしく見えた。そしてそれなりに目鼻立ちのはっきりしたところなどは『あっさり系美少年』と言われる西、そして『男装の麗人』かえでと運行部の女性士官達の人気をわけていることも納得できる。
「魔法少女。がんばってくださいね」
アンはそう声をかけてにっこりと笑う。誠は半歩後ずさって彼の言葉を聞いていた。
「そんな……決まったわけじゃないから。それにグリファン中尉の合体ロボ……」
「駄目です!」
突然アンは大きな声で叫ぶ。誠は結ぼうとしたネクタイを取り落とした。
「ああ、変ですね……変ですよね……僕……」
誠は『変だという自覚はあるんだな』と思いながらもじもじしたままいつまでも手にしたワイシャツを着ようとしないアンから逃れるべくネクタイを拾うとぞんざいにそれを首に巻こうとした。
「気がつきませんでした!僕が結んで差し上げます」
そう言って手を伸ばしてくるアンに誠は思い切り飛びずさるようにしてその手をかわした。アンは一瞬悲しそうな顔をするとようやくワイシャツに袖を通す。
「でも一度でいいから見たいですよね……先輩の……」
誠が考えていることは一つ。更衣室から一刻も早く抜け出すこと。誠はその思いでネクタイを結び終えるとすばやくハンガーにかけられた制服を手にして、ぞんざいにロッカーからベルトを取り出す。
「そんなに……僕のこと嫌いですか?」
更衣室の扉にすがり付いてアンはつぶやく。誠はそれを横目に見ながら勢いでネクタイを結んだ。
「いや……その……」
誠の背筋が凍った。仕方なく振り返るとそこには明らかに甘えるような視線を誠に向けるアンがいる。誠は戻って震える手でロッカーを閉めようとするが、アンはすばやくその手をさえぎった。そして左の手に長いものを持ってそれを誠の方に向ける。
「ごめんなさい!わ!わ!わ!」
誠は思わずアンに頭を下げていた。だが、アンが手にしていたのは誠の常備している刀、『バカブの剣』だった。黒い鞘に収められた太刀が静かに誠の腰のベルトに釣り下がるのを待っていた。
「これ、忘れてますよ」
アンはそれだけ言うとにっこりと笑う。誠はあわててそれを握ると逃げるように更衣室を飛び出した。
「廊下は走るんじゃないよー」
いつものように下駄をからから鳴らしながらトイレに向かう嵯峨の横をすり抜けると、誠はそのまま実働部隊の控え室へと駆け込んだ。
肩で息をしながら誠は実働部隊の執務室で周りを見渡す。ようやく落ち着きを取り戻した詰め所の端末に座る隊員達。明らかに呆れたような視線が誠に注がれる。
「どうしたんだ?すげえ汗だぞ」
椅子の背もたれに乗りかかりのけぞるようにして入り口の誠を見つめてかなめが聞いてくる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら彼女の隣の自分の机に到着した。
「慌ててるな。ちゃんとネクタイとベルトを締め直せ。たるんでるぞ」
カウラは目の前の目新しい端末を操作しながら声をかけてくる。
誠は周りを見渡しながらネクタイを締め直した。かえでと渡辺がなにやら相談しているのが見える。そして当然のことながらアンの席は空いていた。
「すいません、遅れました」
おどおどと入ってくるアンが向ける視線から避けるように誠は机にへばりつく。第三小隊設立以降、毎朝このような光景が展開されていた。
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