第11話 蠢動
ダンジョン浅層。ゴブリンテリトリー。
「
真面目そうなゴブリンが、恰幅が良く、仰々しい装飾の軍服みたいな服を着ている
ゴブリンに報告をする。
「紅蓮火妃め……」
「討伐令を出しますか?」
「いや、よい」
「しかし……このままやられっぱなしでいるわけには……」
「紅蓮火妃も、氷雪姫もむやみに闘争はせん主義だ。今回は災害だと思っておこう」
「我々もより一層訓練に励み、精進してまいりたいと思います」
「うむ。よい心掛けだ」
「では
と言って頭を下げた後、ゴブリンは去っていった。
その後、紅蓮火妃に連れて行かれたゴブリン達が帰ってきたのであった。
「おはよう孝雄」
知里はそう言った後、僕に抱き着き、頭を僕の胸に埋めさせた。
「どうしたの、いきなり」
「マーキング」
「マーキングって。犬じゃないんだから」
「孝雄は私の彼氏という自覚がない。あんな雪女に誘惑されているようじゃ駄目」
「知里。その付き合ってるっていう話なんだけどさ。僕が言うのもなんだけど、無茶ブリをするつもりで言っただけなんだよ。だから、本当に付き合うつもりはなくて……」
「大丈夫。経緯は気にしてない。結果を重視する系女子だから」
「いや。そういうことじゃなくて……知里は確かに可愛いけど。その、僕は今やることがあってさ」
「前言ってたあれのこと?」
「うん」
と僕は頷く。
「馬鹿。そんなこと考えないで私とイチャイチャしてれば楽しいのに」
「そうかも……けど、今生きてるのは雪芽さんのお陰だ。それに目標みたいなものも出来た気がする」
「本当にそれだけ?」
「うん」
「でも孝雄はちょろい男だからマーキングしなきゃいけない。他の女が近づけないくらいに強烈なのを。なんならここで始めてもいい」
「他の女どころか、誰も近づけなくなる奴だから」
「獄中結婚もあり?」
「絶対になし!」
僕達は下らないやり取りをしながら学校へ向かっていった。
放課後。
僕達はダンジョンの中にいた。
「孝雄。一日、いや、一か月くらいは約束をすっぽかしてもいい。そして私とデートしよう」
「雪芽さんには休み以外毎日来るって約束しちゃったし……」
「孝雄。本当にあの雪女に発情してないよね?」
「いや。本当にしてないって!」
「本当に?」
「うん」
「そう。あくまで私が正妻だから、本命だから。そこのところよろしく」
とことさら強調した。
数匹のゴブリンが僕達の会話に割り込んでくるかのように突撃してくる。
「私達のデートに割って入るな」
と言って知里は腰に掛けてあるロングソードを抜いて瞬殺する。
「はっ? えっ? いつもの
「ゴブリンごとき、市販ので十分」
「すっ、凄いね。知里は」
それを見た知里は目を見開いた。
「いや、違う。あのゴブリン超怖かった。孝雄、私を慰めて?」
「無理があるよ、知里」
「ちっ」
「今、舌打ちした?」
僕の言葉なんて一切聞かず、彼女は考え込んでいた。
「イレギュラーが発生する前兆かもしれない」
「どういうこと?」
「モンスターの動きが活発過ぎる。それに加えてコボルトやゴブリンの繁殖期ともずれてるから他に合理的な理由が見つからない」
「それでイレギュラーってことか」
「孝雄……私、イレギュラーとか怖い。手、繋いで」
「君、イレギュラー調査官でしょう?」
「孝雄の前では私はただの女の子」
「ただの女の子はゴブリンを平気な顔して倒したりしないよ?」
「屁理屈はモテない。まぁ、モテないならそれに越したことはないけど」
彼女って言っている割には口撃力が高いな。
僕達が話していると今度はコボルトが割って入ってくる。
「デートの邪魔をするな。三流の犬っころが」
と何度も襲撃してくることに腹を立てている様子だ。
コボルトも瞬殺である。
「疲れた。今日は帰ろう」
「いやいや。雪芽さんとまだ会ってないでしょう?」
「ちっ」
「今、舌打ちした?」
僕達はハウスの近くにたどり着いた。
待ちわびていた雪芽さんが、僕の下へと走っていく。
「お~、孝雄や。よく来た。それと、雷娘もなぁ」
「歓迎ありがとう淫乱残念雪女。言っておくけど彼は私のものだから。そこは勘違いしないで」
「分かった分かった。じゃあ、孝雄。行こうか」
雪芽さんは僕の手を取った後、自分の腕ごと凍らせてしまう。
氷の手錠でお互いの手をつないだ、みたいな格好になる。
「あっ! うっかりしてしまったのじゃ。これは沙羅に溶かしてもらわんと凍傷するかもしれん」
雪芽さんは知里を置いて行こうとするように、ハウスの方へと走っていく。
それで僕の方はどうなるかというと、雪芽さんの足の速さに付いていけず引きずられる格好となった。
知里も雪芽さんを追うのに必死で肝心の僕が引きずり回されていることに気付いていない。
僕の全身が擦って痛いこと以外は平和な感じで追いかけっこは終わり、ホームに着いたのであった。
「うん? なんで坊やが汚くなっているんだい?」
沙羅さんは僕の惨状に疑問を持ったようだ。
「色々ありまして……」
「どうせ坊やが悪いんだろう。なんとなく察しは付くよ」
話を追及するわけではなく、自分一人で納得してしまったようだ。
「僕は悪くないですよ」
と抗議すると、雪芽さんと知里が僕のことをじっと見てくる。
「えっ? 僕が悪いの?」
と僕が聞くと二人とも、それに対してこくりと頷いていた。
「それよりっ……」
沙羅さんが話を続けようとした時、ハウスの奥から香ちゃんと彩子ちゃんがやってきた。
「あっ、孝雄お兄ちゃんだ。おかえりなさいっ!」
「孝雄さん。お帰りなさい」
香ちゃんと彩子ちゃんは退屈していたのだろう。
「うん。ただいま」
「おい、こら。孝雄以外の人間がいる時は来るなって言っただろ」
「ええ~。でもその人ってお姉ちゃん達よりかなり弱いヴェノムスパーダおじさんより更に弱いエリちゃんより、弱いんでしょ~」
香ちゃんの鋭い口撃が知里にさく裂した。
「孝雄。こっ、心が痛い。どうすればいい?」
「えっ、ええと……笑えばいいんじゃない?」
辛いときには笑う。笑うことは最強の現実逃避なのだ。
「うっ、うん……」
口撃が相当聞いているようで、笑顔がかなり歪だった。
というか、香ちゃんから気になる単語が。エリちゃんって誰だ?
「ねぇ。エリちゃんって誰?」
「おそらくジャッジのこと。フルネームはエリザべス・ジャッジだから」
知里は僕の疑問に間髪入れず答えてくれる。
「そうだよ。スパ―ダおじおねちゃんとエリちゃんはここに住んでるから」
そう言う香ちゃんの言葉に同意するように彩子ちゃんも頷く。
「頭がばぐるよ。おじおねちゃんって? そもそもジャッジがなんでここに住んでるの?」
「エリちゃんはのぅ。ギルドをクビにされて住むところがなくなったようじゃ。じゃから保護してやったのじゃ」
「ジャッジはともかくとして、ヴェノムスパーダは死んだんじゃないんですか?」
僕の中にある疑問は氷解しなかった。
僕が悩んでいると、奥から二人の少女が現れる。
「うるせぇな。おやつの時間にはまだ早いだろうが」
「おやつは食べただろうが。しかも俺の分まで。お前はマザコンで甘えん坊な上に馬鹿なのか?」
「ヴェノム。てめぇ。糞雑魚幼女おじさんの癖にイキッてるんじゃねぇ」
「お前一人くらいなら十分倒せるわ。俺の脅威はイカレ雷女だからな」
と二人は出てきたや否や大喧嘩を始めた。
「ジャッジともう一人は……」
「ヴェノムの坊やじゃ」
僕は雪芽さんの言葉に驚きを禁じえなかった。
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