第24話 深淵の遣い


 石ケ谷市ダンジョン。中層。

「孝雄君。運転中だから後ろからおっぱいもんじゃだめよ~」

「そんなことしませんよ!」

 美也さんは中層に入ったというのに余裕しゃくしゃくだった。 


 中層はかなり広い。正確な面積は分からないが、歩いて行くのが困難だということは分かる。そのため僕は美也さんのバイクに乗せてもらっている。


「美也さん。モンスターに乱暴なことはしないでくださいよ」

「大丈夫~。だって、大好きな孝雄君の頼みだし~。それにモンスターと交渉できるというのはメリットでもあるのよ」


「国も欲しがっていますもんね」

 中層は浅層と比べるとかなり広く、自然豊かであり、国も資源開発を企んでいるのだ。

「そう。それと、分布図のデータ送ったから見て」


 浅層と比べ物にならないくらいモンスターの種類が多い。そのため、並の冒険者では中層を散策することもままならない。

「はっ、はい……」


 僕はスマホに送られたデータを開いた。

 分布図はごちゃごちゃしている。それだけモンスターの種類があるということだ。

 実際分布図にはオーク。オーガ。サキュバス。スライム。トレント。ミノタウロス。メデューサ。セイレーン。ハーピー等のモンスターが生息していることが書かれていた。


「豊富なモンスターのせいで、豊富な資源を手に入れることができない。これが成功すれば安い労働力で資源を沢山獲得することができるようになるってわけ。だからそんな顔しないでよ」

 美也さんは僕の考えていることに気付いたようだ。


「すみません美也さん。僕は雪芽さん達を傷つけたあなたのことを信用し切れていません」

「あなたのフェロモンはどうしようもなくドスケベなのよ。私をチョロインにするくらいにね~。ちなみに淫とかけているわけじゃないからね~」

「世界一下らないジョーク解説ありがとうございます」


「どうもいたしまして~。というか淫とか言ってみたらムラムラしてきた。ねぇ、孝雄君。青〇しない?」

「しませんよ」


「え~。つまんないの~。きっと気持ちいいよ。あっ、あれだ! 孝雄君、私が緩い女だと思ってるでしょ? 私、超固い女だよ~」

「いや。そういうことじゃなくて。そういうことをしている場合じゃないでしょう」


「じゃあしてもいい場合があるんだ? ねぇ、それいつ?」

「絶対ないです。そんなシチュエーションは」

「え~。ほんと~に?」


「というか、美也さん。前を見てください」

「え~、なんで?」

「オーガがいるからですよ」


「へっ?」

 美也さんは前を見てようやく気付いたようである。

  バイクは停止せず、オーガにぶつかってしまう。

 オーガの身体が頑強なことが幸いして命に別状はない状態だ。


「ねぇ~。これって対物、それとも対人?」

「そんなことよりも謝りましょうよ」

 僕と美也さんが話しているとオーガが立ち上がりこちらに向かってくる。


「ぶつかってるのに謝る気もないのか貴様ら!」

「すっ、すみません……」

「運転中に後ろを振り返るなんて馬鹿なことしてるから事故るんだよ。お前等人間はどいつらもそうだ。俺達のことをバカバカ轢きやがって!」


「もう、文句の言いようがないですっ」

 僕は正論しか言わないオーガに反論出来ずにいた。


「よって、てめぇらは死刑!」

 自分の正義感が行き過ぎているタイプだった。

「いや、待ってくださいよ。死刑はないでしょ。死刑は」

 僕は思わず反論してしまった。


「というか、お前。さっきから普通に俺と喋ってるけど、お前は人間なのか?」

「たっ、多分、そうだと思います」

「で。そこのお姉ちゃんはお前のつがいなのか?」

「いえ。違います」

「ならセッ〇ス!」


 何かの言い間違いかなと思った僕は聞き返す。

「セッ〇ス」

「セッ〇ス!」

「ええと。ノーセンキュー、セッ〇ス」

「ノーオーケーじゃ。ボケが」

 とオーガが切れて殴りかかってくる。


「私。あなたみたいな図体のでかいブ男とやるのなんて無理なんだけど~」

「賠償せぇや」

「セクハラオーガが調子乗るな!」

 キレた美也さんはオーガを瞬殺してしまった。


「美也さん。そこはもうちょっと我慢してくださいよ。悪いのは僕等なんですから」

「まぁまぁ。一体くらい、どっかに隠せばいいでしょ」

「いや、美也さん。それは難しいようです」

 僕達はあっという間にオーガの群れに囲まれた。


「王子を殺した人間どもだ。ひっ捕らえろ!」

 とオーガの群れが突撃してきて僕を捕まえようとする。

「ふぅ~、成程。エロい匂いと壊しがいのあるサンドバッグ。たまんないね~」


「美也さん。ここでオーガと事を構えたら他の種族との交渉にも差し支えるかもしれない」

「仕方ない」

  いや、ここで交渉が失敗したらヤバイことになる。


 僕は美也さんが突撃するのを抑えるために、腰を掴んだつもりだった。

 しかし勢いが思ったよりズレ落ち尻に顔を付けてしまう。

「ちょっ、孝雄君。いきなりはやめてっ! そういう変態プレイもいいかもしれないけどさ~。この状況は駄目だよ」


 僕は手を慌てて腰に手を回して、顔を出す。

「ともかく。一旦投降しましょう」

「いや。なら間を取って~逃げる! 戦略的撤退!」

 美也さんは僕を腕で抱きかかえて大きく跳躍してオーガの包囲から抜けようとした。


 跳躍した美也さんは僕という荷物を抱えながら大きな隙を晒す。

 それは恰好の的になった。

 オーガは無防備になっている美也さん目掛けてこん棒を投げつけるのだ。

 

 撃ち落とされてしまった美也さんの下に彼らが駆けつけてくる。

 なぶり殺しにしようっていう魂胆だ。


 なら、僕が変身して……

 試みようとするが、いつもと変わらない。

 やばいやばい。

 

 僕は美也さんを守るために、下になって落ちる。

 叩きつけられた痛みはかなりのものであったが、なんとか生きている。


「分かりました。投降します。だから僕達に手を出さないでください」

「王子を殺した罪は死でしか償えん」

 交渉決裂か……


「それは止めた方がいいでしょう。彼らはお三方の遣いです。あなた方もお三方と争うのは嫌でしょう」

 目元から顎に目掛けて赤いラインが引かれている白い仮面とローブを身に着けた人がどこからともなく現れた。


「あなたは……」

「私の事は後で。この事態を収めるとしましょう」

 女性は僕の言葉を一蹴する。


「お三方……そんな馬鹿な事があるはずがない」

 オーガは雪芽さん達の名前を聞いて動揺しているようだ。

 しかし何故この人達は雪芽さん達のことを知っているのだろうか。


「この場は矛をお納めいただけませんか?」

「くっ。お前ら帰るぞ。お三方の遣いの方を殺したとなったら国際問題だ」

 指揮していたオーガが他のオーガに指示を出す。

 すると彼らは撤退していった。


「あの……あなたは?」

「私は深淵の遣いです」

 と女性は名乗った。




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