第3話 影響


 雪芽さんはゴブリンの氷漬けのことを大したことのないように話していた。

 しかし、冒険者間では大量のゴブリンが氷漬けにされたことがかなりの話題となっていた。

 それだけじゃない。佐藤と五田も失踪したことが知られ、二人の捜索が行われている。


 二人が行方不明になったことに僕も関わっていたためか、周りの人は僕のことを疑っている様子だ。

「本当に佐藤と五田を殺したの?」

 率直に事の真相を聞き出そうとするのは、僕の同級生で唯一話のできる異性。

 栗谷知里だ。

「殺してないよ。僕にそんな度胸があると思うか?」


「ない。で、実際の所はどうなの? 二人と一緒にダンジョンに入っていたことは事実。 二人とも免許取ってから明らかに浮かれていたもの」

 ダンジョンに入るのには条件がある。初級ダンジョンの条件は緩く、ダンジョン入行免許証と、健康な肉体さえあればいいというものである。


「イレギュラーで大量発生したんだ」

「あんた。本当に災難。初心者ダンジョンでイレギュラーが発生することなんて

 ほぼほぼないっていうくらいなのに。で、なんで生きて帰ってこれたの?」

「運が良かったんだ」


「具体的には?」

 栗谷は今回の事件に非常な関心を持っているようで、更に話を詰めてくる。

「事情聴取の際に無関係な人間に言うなって言われたんだ」

「誰に?」


「言えるわけないじゃないか」

「けど。私、関係者だから大丈夫よ」

「嘘だろ」

「これ」

 と言うと、栗谷はイレギュラーダンジョン特別調査官と書かれた証明書を提示してくる。


「前の学校では上級ダンジョンを小隊で攻略したの。転校してきたのはその功績が認められて、この石ケ谷市の調査を認められたから」

「初心者ダンジョンしかないのに大袈裟だよ」


「いいえ。石ケ谷市のダンジョンには魔英傑と称されるボス格のモンスターが三匹いる。魔毒龍ヴェノムスパーダ。氷雪姫。紅蓮火妃よ」

「そんな凶暴なモンスターがいるなんて。それなのになんであのダンジョンは初心者向けだなんていわれてるの?」


「石ケ谷市のダンジョンは全部で浅層、中層、下層、最下層の四つがある。その内、浅層はゴブリンやコボルトと言った初心者やスキル無しの冒険者でも十分戦うことができる雑魚モンスターしか出て来ない。だから初心者向けダンジョンとして浅層を解放している」


「なるほど……」

 石ケ谷市のダンジョンで公表されているライブラリーには四つの階層があるなんてことすら書かれていなかった。

 勘だけど、彼女は僕から情報を得ようとしているはずだ。


「つまり。栗谷はその魔英傑って奴らの調査のために石ケ谷市のダンジョンを調査しているってことだよね? それと僕の件は関係ないと思うんだけど?」

「イレギュラーでゴブリンが大量発生した時、ゴブリン達は氷漬けにされていた」

 栗谷の言葉で僕は気付いた。


 彼女は僕が魔英傑、つまり雪芽さんとなにかしら関係しているということに。

「冴内は最初、なぜそれを隠した?」

「関係者以外には言うなと言われたからだよ」


「そう。それならもう一度経緯を説明して。伊藤と五田が行方不明になった理由を」

 ここはきちんと考えないといけないところだぞ。

 でも。僕が頑張って考えたところでぼろが出てしまうかもしれない。

 それなら無理難題を言おう。

「僕の彼女になってくれよ。そうしたら考えるよ」


 我ながらに大胆な回避方法である。

「それこそ今回の件と関係ない。冒険者ギルドからの協力を拒むなら政府から圧力をかけてもらうことだってできる」

「僕は栗谷がそのイレギュラーダンジョン調査官だっていうのが本当だとは思えない」

「その理由は?」

「それは……あれだよ。その身分証明書が偽物かもしれない。偽物だと仮定した場合、ライブラリーにない情報を言っていることにも辻褄が合う。今の僕は偽物の調査官に、機密情報を提供してしまうっていう可能性があるんだ。そうしたら僕は警察やギルドの捜査を妨害したことになってしまう」

 早口でまくし立てる。


「リスクの分は身体で払えと?」

 そっ、そんな意図で言った訳じゃないんだけど。

 いや。ここまできたらこの線で押し通そう。

「そうだよ。で、どうするの?」


「そういうこと……なら仕方ない。付き合うのはやぶさかではない」

 栗谷は僕の理不尽な提案に乗ってきた。

「なっ、なんで?」

「あなたが言い出したことでしょう?」

「そっ、それはそうだけど……」


 こんな展開になるとは思わないだろう。

「で、続きは?」

「口だけかもしれない」

 僕が言った瞬間、栗谷は僕にキスしてきた。

「えっ?」


「カモがネギをしょってきた」

「どういう意味?」

「情報も聞けて、合法的にあなたを監視できる。いい日ね」

 栗谷の表情が一気に変わった。


 極上の餌を前にした大型の肉食獣かなにかのような獰猛なものに。

 彼女は深呼吸した後、

「私、栗谷知里は冴内孝雄君と付き合い始めました。皆様応援よろしくお願いします」

 と叫んだのであった。


 僕は地雷を踏んだ。

 そして外堀も埋められたようであった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る