第2話 ハウス
「そう言えばわしの名前を言っておらんかったな」
「はっ、はい」
「わしは雪芽。雪の芽と書いてな」
「雪芽ですか」
「変かのう?」
「いえ。その。とても素敵な言葉だと思います」
「そうほめるな。そんなことしたって、なにも出せんぞ」
「僕は、ただ思ったことを言ってるだけですよ」
「素直すぎるのもどうかと思うがな。で、おぬしの名前は?」
「僕は冴内孝雄です」
「字は?」
「冴えるに内気に、親孝行の孝に英雄の雄です」
「親を大切にする男か。よい名ではないか」
「いつも名字の方をいじられてて、考えたことありませんでした」
「馬鹿にする奴のことなど放っておけ。それよりお前はその名前のように、親を、周りの助けてくれる人間を大切にできるようにな」
「はい……」
「着いたぞ。ハウスに」
「ここがハウス?」
「呆気に取られたような顔をしてどうした?」
「思ったより小さいなと思いまして」
「すみかは大きければよいというわけではないのじゃ」
「雪芽さんならもっといい場所に住めるかなと思いまして」
ダンジョン内にある小さな洞穴だ。人一人が通れるか通れないくらいの大きさだ。
雪芽さんが入った後、僕はそれに続く。
中に入るとそこそこの空洞が広がっていた。何人か住めそうなくらいの広さだ。
「お帰り雪芽。雪芽がここにお客さんを連れていくの珍しいね」
雪芽さんと同居している人が、僕達に興味を持って近づいてくる。
赤色の髪と燃えるような赤い目。雪芽さんと正反対のような印象であった。
「あわれになってな。うまい菓子を持ってくれるという条件で助けてやったのじゃ」
「で。そのおいしいお菓子の味はどうだったの?」
「まだ食べとらん」
「へっ? それってその子に騙されたってことじゃないの?」
「いや、違う違う」
雪芽さんは首を横に振って否定する。
「わしが先に助けてやって、礼に寄越せと言ったのじゃ。こやつが嘘を付いたわけじゃない」
「その子、大分重傷だけど?」
僕は右肩を刺された挙句、左足を折られている。
正直言ってダンジョンから生きて帰ることも、一人でまともに歩くことすらもむずかしい。
「そうじゃ。だからポーションを使って回復させてやろうと思ってな」
「まさかこの家にある唯一のポーションを使う気? あんた、正気じゃない」
女性は雪芽さんのしようとしていることに大分動揺している。
「雪芽さん。僕もその人に賛成です。こんな貴重なものをいただくことはできません」
「なぜ断る? このまま放っておけば死んでしまうかもしれんぞ」
「人に迷惑かけてまで生きたいとは思いませんから」
「なんだと?」
それを聞いた雪芽さんの目つきが変わっていく。
「貴重なポーションを使わせることはできません。だから……」
「わしは生きることを諦めている馬鹿が一番嫌いじゃ」
雪芽はそう言って奥の方へと去っていった。
いいんだ、これで。助けてくれた雪芽さんに迷惑をかけることなんてできない。
「あんた。ついてるね」
その場に残っている女性が奇妙な事を言う。
「どういう意味です」
「お菓子をちそうせいよ。孝雄」
雪芽さんは手に持っているガラス瓶の中にある液体を僕に振りかけた。
「えっ?」
「生きろ。生きて自分の足で立て。そして菓子をわしの所へ持ってこい」
「雪芽さん。一体、僕になにをしたんですか?」
「雪芽はあんたを助けたんだよ」
「まさか……」
「そのまさかさ」
女性は雪芽さんの行為に呆れているかのように、彼女の方を見ていた。
「そっ、そんなじと目でみるではない。沙羅よ」
「いいわよ。あんたが今後の事を考えられるほど、頭がよくないってことはわかってたし」
「情が深いと言ってくれぬか?」
二人がなにやら揉めている内にその液体の効果が出てきた。
刺された右肩と砕かれた右足が治り、簡単に立ち上がることができた。
「その……本当にごめんなさい。僕のためにポーションなんて貴重なもの、使わせちゃって」
「そんなことはどうでもいい。それより菓子の件を頼んだぞ」
「はい。でも、どうやって渡せばいいでしょうか」
「そんなの。ここにもう一回来ればいいじゃろう?」
「僕一人だとダンジョンを歩く事すらままならないのですが……」
「そっ、それは考えていなかった。それだったらわしが行き帰りを送ってやって……」
「雪芽。それはリスクが大きすぎる」
「でも。じゃないとお菓子が食べれんではないか」
「諦めな。それともあんたはここで駄々をこねてハウスのメンバーの危険も晒すつもり」
そう沙羅さんに問われた雪芽さんはしゅんと落ち込み、それを諦めていた。
「ただ。そっちの坊やが男気を見せてくれるっていうなら考えないこともない」
「僕にできることってなんですか?」
「スパイになりな。人間界での動向を私達に伝えるんだ。それなら雪芽に送り迎えさせるリスクにも釣り合う。あんた次第さ」
躊躇うことなんて一つもない。
「やります。雪芽さんに助けてもらった命ですから」
「良かったな雪芽。坊やが男気を見せてくれたお陰でお菓子を食べられるぞ」
「わしはその事も織り込み済みだったのじゃ。沙羅。わしの完ぺきな作戦に打ち震えるのじゃ」
「はいはい。すごいすご~い」
「適当過ぎる。尊敬の念が足らん。昔はまだ、可愛げがあったというのに」
「まっ。色々な面で私の方が上になっちゃったからな」
「どこをどう見たらそういう考えになるんじゃ」
「私の口から言わせるなよ。かわいそうなことになるぞ」
「ぐぬぬぬ」
「さて。おちょくるのはこのくらいにして。坊や。あんた、もうそろそろ帰らないと怪しまれるんじゃないの?」
「そうですね。雪芽さん。送り迎えお願いしてもいいですか?」
「それはいいが。くれぐれもお菓子の件を忘れるではないぞ」
「分かりました。どうにかしてお菓子を持ってきてみせます」
この後、僕は雪芽さんにダンジョンの入り口まで送ってもらった。
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