第20話 交渉
冒険者ギルド受付。
「うんうん。邪魔者がいないのはいいこと」
隣で歩いている知里はご機嫌だ。
理由は単純で事態が悪化したため、争奪戦が中断され僕がダンジョンに潜ることがなくなったからだ。
「知里。その、教えてくれてありがとう。まさか僕達の行動がそんな風に見られているなんて分からなかったよ」
「そう。でも問題はこれから。支部長が話をさせてくれるか分からない」
そうだ。ギルドの支部長は当然、モンスター嫌悪の思想が強い。
僕達の話し合いに応じてくれるかどうかというと、その確率は限りなく低いと考えた方がいいだろう。
「栗谷知里様。冴内孝雄様。面談の許可が取れました。支部長はオフィスルームにいらっしゃいます」
「「ありがとうございます」」
僕と知里は頭を下げてオフィスルームを目指した。
「失礼します」
知里がノックした。
「入りたまえ」
と支部長が入室を許可する。
支部長は初老の男性で、白髪交じりの髪をワックスで固めてオールバックにしている。
「ふむ。栗谷君が私に直々に話したいことがあるのにも驚きだが……傍にいる男の子は誰かな?」
「私の将来のフィアンセの冴内孝雄君です」
「勝手に話を進めないでくれる? 初対面の人だったら本気で誤解しちゃうから」
「ふふ。面白い子達だ」
「すっ、すみません。恥ずかしい所を見せてしまいまして」
「いやいや。私のジョークなんかよりよほど面白いよ」
「改めまして。私は冒険者ギルド石ケ谷市支部長の石橋純一郎です。さて本題に入ろうか」
支部長の表情が変わった。
僕達もそれぞれ改めて名乗った。
「はい。あの、石ケ谷市支部にはダンジョンを閉じる行為を止めて欲しいと思っています」
と知里が切り出した。
「理由は?」
「それはギルド側が危惧しているようなことが起こりえないからと確信しているからです」
と知里は言う。
「根拠は?」
「魔英傑は争いごとなく暮らすのを望んでいるからです」
「その言い草だとそのモンスター達とコミュニケーションをしてきたとでも言わんばかりの言い草だね」
「事実、彼女達は人間の言語を司ることができるほど知性が高いです」
「でも君は前、ヴェノムスパーダ以外の魔英傑はいないと報告したじゃないか。私に嘘をついたのかね?」
「はい」
支部長は溜息を吐く。
「……それが本当なら生息テリトリーが綺麗に二分割された理由も説明が付く。魔英傑はモンスターのテリトリーを意図的に二分したとね」
「それは二種間で講和条約を結ぶためです」
知里一人では不利と見た僕も口を出した。
「まるで人間みたいだな」
「どういう誤解をしたかは分かりませんが僕達はモンスターと争うつもりはありません」
「その話が本当なら交渉して、モンスターをダンジョン内に出さないように約束を取り付けられると」
「はい。僕達はその約束に応じるつもりです。なので、ダンジョン攻略を取りやめていただきたいのです」
支部長は少し考え込んだ。
「さっきから聞いている限りだと、君達は魔英傑の意図というものをかなり汲み取っているように見える。彼らと接する機会は多かったりするのかね?」
僕達がモンスター側に付いて行動していることを言ってもいいものか。
いや。ギルド側にとってもイレギュラーを防げるなら都合が良いはずだ。
「接する機会が多いというより、僕達は魔英傑と協力しています」
「モンスターに協力? どういうことかな?」
「冒険者はダンジョンの探索を進め、資源を獲得することでお金を得る。ギルド側は入行料やライセンス料を取ることでお金を得る。ギルド側の入行料やライセンス料は税収となっている。もし、モンスターに人間を攻撃する意思がないということが証明できたら冒険者とモンスターとの戦闘による事故が劇的に減少し冒険者の人口の増加が見込めます」
「ギルド側にとっても悪くない話ですね」
「なので支部長には是非協力していただきたいと考えています」
「モンスターが敵意を持っていないという根拠は?」
「魔英傑側も人間側を刺激したくないと思ってるんですよ。ダンジョンコアを破壊されたら共倒れになりますからね」
「分かった。君達を信じよう」
「じゃあ、止めてくれるんですね?」
「しかし条件が一つある。私も魔英傑と合わせてくれないか?」
「えっ? 支部長が直々に行くということですか?」
「ああ。なにか不都合でも」
「いえ、不都合はありませんが……」
「私が魔英傑と出会ってなにかすると思っているのかな?」
「正直に言いますと……」
僕は率直に答えた。
「安心して欲しい。私は普通の冒険者みたいにスキルを持っていないからね」
と返した。
「孝雄。それは本当。冒険者ギルドの支部長も公務員。冒険者から成り上がった例はない」
「栗谷君のお墨付きも貰ったことだし……オーケーでいいかな」
「良い報告を持ち帰ることができます。ありがとうございます、支部長」
僕は支部長に頭を下げた。
「今回は私達の話を聞いていただきありがとうございます」
知里がお辞儀した。
僕もそれに倣った。
僕達がオフィスルームを出ると、背の高いグラマーな女性が廊下を歩いていた。
僕達、というか多分知里を見つけるや否や早足でこちらに駆けてくる。
「知里ちゃん。元気してた~」
知里を抱きしめて頬ずりする。
「ちょっ、美也さん。止めて!」
知里は突然抱き着いてきた美女の抱き着き攻撃に苦しんでいるようだった。
「う~ん。良い匂い。知里ちゃんはきちんとモンスターを殺してるね。それに知里ちゃん特有の良い匂いも混ざってぇ~。食べちゃいたいな~」
結構どぎつい発言をしている。
「えっ、ええと……」
僕が動揺していると、女性がこちらの方へ顔を向ける。
「なんか変。まるであなた自身がモンスターみたいな感じ。それに他のモンスターの匂いも混じってるし……あなた、擬態してる?」
「いえ、僕は……」
「潰れろ。異物め」
その女性は一瞬でコンパクトを取り出して、
拳がピンク色のグローブに包まれる。
それと同時に僕目掛けてパンチが放たれた。
しかし、知里が
「流石知里ちゃん。でも、モンスターを庇うのは良くないと思うよ?」
「大丈夫。彼は人間です」
「匂いがそうじゃないと言っているの?」
「私は孝雄の体臭をいつもチェックしています。モンスターと勘違いするほど臭いなんて、人の彼氏に対して失礼すぎます」
「いやいや……そういうことじゃなくてね。私の鼻は特別製って、知ってるでしょ。しかも間違ったことはないし」
「それなら私が証明してあげましょう」
と知里は嬉々として服を脱がせ始める。
「えっ? 知里? 突然、なにをし始めるの?」
僕は抵抗するが、知里の力に勝てず、パンツ一枚以外全て脱がされてしまう。
「さぁ美也さん。思う存分調べてください。人間かモンスターか、確かめてください」
知里は鼻息を荒くしながら、僕の身体をまさぐり始めた。
「いや、待って。こんなところで止めてよ」
「美也さんに匂いを嗅がせてあげて」
知里に首を腕で抱かれて動きを制御させられてしまう。
「分かった。じゃあ、ちょっと失礼して」
美少女に後ろから抱きしめられ、美女に鼻を当てられて嗅がれる。
なにか新しい扉を開いてしまうような劇的な体験だった。
「う~ん。確かに人の匂いもするわね。新種のわきがとかなにかなのかしら?」
「もうちょっとオブラートに言えないですかね」
「でも私。この匂い、大好き」
知里はうっとりした顔で僕の胸に顔を預けている。
「僕がわきがっていう体で進めないで」
「美也さん。私、ムラムラするので帰ります」
「おっ、お盛んね。ほどほどにね。後、避妊はちゃんとするのよ」
「アドバイスありがとうございます美也さん。後、私と孝雄は結婚しますので式をする時は是非来てください」
「いやいや。待ってよ知里。あの、美也さんも知里の話を信じないでくださいよ!」
「ああ~、もう。止めて。イチャコラしないで。気分が悪いから。このわきが男。ギルドのアイドルの心を射抜いたんだから永遠に幸せにしろよ~」
美也さんは僕達をからかった後、帰っていった。
なんか変な人だったな。
「あの人は嗅ぎつけるか」
知里は美也さんの登場に対して芳しくない顔をしていた。
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