第6話 雪芽のターン
沙羅さん主導で行われた冴内孝雄争奪戦のルールを大まかに言うと、雪芽さんと知里の二人でいる時間を分ける。そしてそれぞれのターンでアピールをして、そこで僕が好感度ポイントを査定するという形だ。
具体的に言うと、今は放課後だから雪芽さんのターンになっているというわけだ。
だから僕は雪芽さんにハウスに連れられている。
「あれ? 沙羅さんは?」
「今宵の飯を探しに行っておる」
「飯? 普段はなにを食べているんです?」
「そんなことより! 孝雄は知里のことをどう思っとるんじゃ」
雪芽さんは話題を突然切り替えてきた。
「どうって言うのは?」
「そりゃ女として好いているかどうかという話じゃ」
「雪芽さん。あの話ですけどね。あれには訳があるんですよ」
「わしは言い訳なんぞ聞きたくないぞ」
と雪芽さんは僕に対して不信感を募らせているようだ。
「それなら結論だけ言いますね。確かに付き合ってますけど、まだ分からないです。少なくともぞっこんていう感じはしないかなって思います」
「それなのになぜ彼女なんかにしたのかのぅ」
「実は知里は沙羅さんと雪芽さんのことを探っていたみたいで。その話を終わらせようと無理難題を吹っ掛けたんです。で、その無理難題と言うのが……」
「まさか。それで……付き合うことになってしまったというのか? じゃあ、おぬしはわしを守ろうとしてたということか?」
「はい」
「わしを守るためじゃ仕方ないのぅ。孝雄。今回の件は特別に許してやる。わしを守るためにしたことだからのぅ」
「ありがとうございます」
ひとまず誤解が解けてよかった。
「それと。コンビニで買ってきた安物なんですけど食べてくれますか?」
僕はカバンの中からチョコレート菓子のコッキ―を取り出して、雪芽さんに手渡しした。
「今回はわしが大人じゃから許してやるが、次からそんなことはないと思えよ」
「はい」
「それじゃあ、孝雄よ。わしにそのお菓子を食べさせるのじゃ」
雪芽さんは僕の膝に頭を預けてくる。
「これは……どういうことですか?」
「これは罰じゃ。お前がわしのために、それを食べさせることで今回は許してやるといっているのじゃ」
「わっ、わかりました」
僕は異性に膝枕するという初めての経験に緊張しながらも、コッキーの袋を開けた。
「ほれほれ。それをわしの口に運ぶのじゃ」
雪芽さんはコッキ―に目を輝かせながら僕に食べさせるように催促してくる。
不慣れな手つきで食べさせる僕を見てじれったいと思ったのだろう。
彼女は僕の指ごと、コッキ―を食べてきた。
「お前の指にもチョコがついとるぞ。お前がモタモタしているからチョコレートが溶けてしまったではないか。もったいない」
小さい指で、僕の指に付いているチョコレートを舐め取ってくる。
「雪芽さん。汚いですよ」
「わしはこれでもそこそこ名の知れた妖怪なのじゃ。おぬしみたいな凡人の病原菌に負けたりなどせぬわ」
と言って夢中になり始める。
「いや。雪芽さんっ」
僕は大人の女性に指を舐められるという早々ない経験に酔う心地を覚えた。
当事者の雪芽さんも変になっているようで、一心不乱に舐めている。
「ああ~。雪芽ちゃんが男連れ込んでえっちぃのやってる~。駄目なんだぁ~」
と十歳くらいの女の子が僕達のことを冷やかしにきている。
十歳の女の子の他に、大柄な女の子も一人いた。
「こっ、こら。お前達。孝雄が帰るまで来るではないと言ったではないか」
「雪芽さん。この子達は?」
「わしたちはこのダンジョンのはぐれ者じゃ。はぐれ者同士群れを作って暮らしているというわけじゃ」
「家族、というわけですか」
「そういうことじゃな」
と雪芽さんは優しそうな表情をしていた。
「ねぇ。雪芽ちゃん。この人彼氏?」
小さい女の子の方が僕のことを気にしている様子だ。
「まぁそういうもんじゃな」
「でもその人。彼女がいるって聞いてるけど?」
小さい女の子の方が言った。
「いや。あれはだな。孝雄がわしらを守るために着いた嘘でな……」
雪芽さんが弁明するのを聞かずに、
「ってことは雪芽ちゃん。二股されてるってこと?」
「いや。だからな。それは孝雄がわしを守るためにな」
「雪芽ちゃん、かわいそう。彼氏さん、土下座して謝ったら?」
この子、言葉の棘が強い。
「えっ、ええと……」
「土下座しろ。駄目男」
その言葉は強烈な圧力となって、僕の背中にのしかかる。
僕はそれに流されるように、地面に膝を付いて土下座してしまう。
「なっ、なんだこれ? 重い?」
「雪芽ちゃんにきちんとごめんなさい、しなさい」
「あがっ」
この子が言葉を発するたびに謎の圧力がどんどん強まっていく。
まさか、この子の能力か?
「香ちゃん。やり過ぎだよ!」
「浮気野郎はこらしめなきゃ」
大柄な少女の注意も聞けないくらいに興奮していた。
「駄目じゃろ。香」
雪芽さんは僕を責めていた小柄な女の子の方を見て怒る。
「だって。この人、二股したんだよ。雪芽ちゃんを悲しませた馬鹿男なんだよっ!」
「香よ。孝雄は不幸にするために二股したんじゃないんだぞ。ここを攻撃する悪い人間から守るためにしてくれたことなんじゃぞ?」
「本当なの?」
「そうじゃ。それがなければ孝雄はわしにぞっこんじゃからな」
「本当、なんですか?」
香ちゃんはまだ僕のことを疑っているようだ。
「うん。まぁ……そうかな」
「なぜそこでぼかすのじゃ?」
雪芽さんの追及は無視する。
「やりすぎちゃいました。ごめんなさい」
「大丈夫だよ。気にしていないから」
「ありがとう、孝雄お兄ちゃん。これからも雪芽ちゃんをよろしくお願いします」
「おい。彩子も自己紹介するんじゃ」
と大柄な少女の方を見やりながら、
「彩子って言います。よろしくお願いします」
「そっか。よろしくね彩子ちゃん」
「はい……よっ、ろしくおねがいっ、します」
初対面の人間相手で緊張しているようだ。
「僕は冴内孝雄です。名前通り冴えないから気楽にやろう」
緊張を和らげようとしたけど、彩子ちゃんは少し困惑しているようだ。
失敗した、どうしよう。
と考えていた時、
「はい。よろしくお願いします。冴内さん」
と笑っていた。
人生初だ。自虐ギャグで受けたのは。
「打ち解けてよかったのぉ」
「その。お兄ちゃん。ごめんなさい。さっきは酷いことして」
と香ちゃんは謝る。
「大丈夫大丈夫。僕は気にしてないから。香ちゃんは雪芽さんのこと大好きなんだね」
「うん。私、雪芽ちゃんのこと大好き」
と香ちゃんは雪芽さんに抱き着く。
「私も……」
と彩子ちゃんも控え目に主張して抱き着く。
「ういうい。かわい子じゃ」
雪芽さんも甘えてくる二人に機嫌を良くしている。
この子達を見ていると、まるで普通の人間のようだと思えてきた。
「孝雄も混ざるかの?」
「いや。僕は……今、混ざるのは無粋ですよ」
「無粋?」
「家族同士水入らずってことで」
「ハウスはいじめられた者が家族となって寄り添う場所じゃ。お前も家族の一人じゃよ」
その言葉に救われた心地になった。
「ありがとうございます、雪芽さん。両親以外でこんなことを言ってくれたのは雪芽さんが初めてですよ」
「うむ、そうか。で、ご両親は健在なのかの?」
「もう、いないんです」
「どういうことじゃ?」
「結婚記念の旅行で、二人で出かけていた時に交通事故に遭ってしまいまして」
それを聞いた雪芽さんは僕のことをじっと見た。
「香、彩子。いいかのぅ」
「うん。いいよ」
「うん」
「孝雄。わしの胸においで」
「そんな……」
「うだうだ言うでない」
雪芽さんの胸は柔らかくて、冷たくて、良い匂いがした。
今まで強く残っていた鈍痛が引いていくかのようだった。
「ありがとうっ、ございます。雪芽さんっ!」
「気にするな。家族は助け合ってこそじゃ」
「はいっ!」
僕は雪芽さんの優しさに報いたい。
人間とモンスターが手を取り合って生きていけるようにするんだ。
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