第7話 知里のターン

 翌日。


「孝雄。私は正直言ってあの二人を疑っている」

「なんで?」

「残念のじゃ雪女は氷雪姫の使う氷の能力を使っているし、腹黒ナイスバディは紅蓮火妃の火炎の能力を使いこなしている」


「でも。そういう魔法を使うモンスターって結構いるんじゃないの? それに二人の見た目はどうみても人間だよ」

「魔英傑の姫達の特徴として人間に近いことがあげられる。よって、益々疑わしい」


「いやいや。それなら知里だって雷を使えたじゃん」

「あれは武器の固有スキル。ホルダーに収納されている武器を装備しなければ発動できない」

「だから知里は槍を持って戦っていたんだね」


「人間が手から雷を出せるなんてありえない」

 ド正論だよ。

「ならあの二人も武器を使っていたんじゃないの?」


「手から出していたように見えるけど」

「えっ……気のせいじゃないかな」

「気のせいなわけがない。戦った私が言っているんだから間違いない」

 知里は確信を持っている様子だ。


「いや。武器が見えなかったとか、氷や炎が出せたとかっていうだけでモンスター扱いするのは二人に失礼だよ」

 確信している知里をどうにか宥めなくては。


「それだけで言うわけがない。私には根拠がもう一つある」

「冒険者名簿に雪芽と沙羅という冒険者は登録されていなかった」

「この支部の冒険者ではない可能性は?」


「全国と、支部毎の二種類があって、二種類の名簿で検索したけど二人の名前はなかった」

「偽名の可能性だってあるじゃない?」

「その可能性も否定できなくはない。けど、根拠は薄い」

「それならもう一回調べなおしてみようよ」


 僕は知里の顔を見ながら言った。

「怪しい。なぜ孝雄は二人をそこまで庇う?」

「いや。勘違いで人を殺してほしくないからだよ。慎重になった方がいいよ」


「その点なら安心して。事故死で処理するから」

「えっ」

「それよりダンジョンから地上に凶暴なモンスターが出てこないようにする方が先決」

「確かにそれはそうかもしれないけど……」


「孝雄。もしかしてゴブリンのイレギュラー発生の時に助けられたから庇ってる?」

「それは……」

「モンスターは気まぐれで人の命を弄ぶ。氷雪姫はあなたを気まぐれで助けたに過ぎない。恩義など感じる必要はない」


「雪芽さんはそんなことしない」

「助けられたあなたから見ればそう見えるというだけ。モンスターと人間は理解し合うことはできない」

「なんで……なんで知里はそんなにかたくななんだ?」


「私は……前の探索中に仲間を失った。そのモンスターは人語を話すモンスター」

「そんな……馬鹿な……」

「私達は仇を取るためにそのモンスターを倒し、ダンジョンを攻略した」


「でも。その人がたまたま悪かっただけかもしれない。雪芽さんはそんなこと……」

「しないと言い切れるのはなぜ?」

「雪芽さんはそんな悪い人じゃないからだ」


「その根拠はなんだと聞いているの」

 知里の言葉に怒気が孕むようになってきた。

「僕を助けてくれたからだ」


「氷雪姫が慈悲で助けた理由はなにかあるの?」

「雪芽さんは死にかけていた僕に貴重なポーションを使って助けてくれたんだ。気まぐれで貴重なポーションを使うと思う? モンスターにだって、良い奴と悪い奴がいるんだよ」


「ポーションで助けてくれた? そんな話は聞いていない」

「右肩を刺されて、右足の骨を砕かれたんだ。あのままだったら僕は絶対に死んでいたんだ」

 それを聞いた知里は目を見開いて驚いていた。


 それはそうだろう。ギルドでも、僕が怪我をしたということすら知らないんだから調査するわけがない。

「それで助けてくれたの?」

「そう。残念だけど、雪芽さんのことは忘れた方がいい」


「なにかするつもりなのか、知里?」

「私達は調査を切り上げ、このダンジョンにいると言われている魔英傑を掃討する」

「そんな……じゃあ、雪芽さん達と全面戦争するつもりか?」

 その問いに対して、知里は頷く。


「確信もないのに罪のない人を殺すつもりなのか、知里」

「ダンジョンでは疑わしきは殺す。それがル―ルだ」

「そんな馬鹿な話があるか」


「ある。それがダンジョン」

「知里。その話、どうにかできないか? お前だって罪のない人を殺すのは嫌だろ?」

「人じゃない。モンスター」


「頼む。お前の立場で止めてくれというのは難しいのは分かる。けど、雪芽さん達に攻撃するのを取りやめることはできないか?」

 僕は知里の足下に縋りついて頼み込む。

 

「なんであなたはあの人たちを庇うの?」

「裏切っちゃいけないと思ったからだ」

「モンスター側に付くってことは人類を裏切ることになる」


「僕は人間とモンスターが歩み寄れるようにしたい。雪芽さん達は決して悪い人達じゃない」

「私はモンスターを信用しきれない。あなたのようにいじめられたからって、人類を裏切ることはできない。別れましょう」


「わかった。別れよう」


「雪芽さんの時は縋るくせに。なんで私の時はこんなにあっさりなの!」

 知里は声を荒げた。

「ごめん」

「謝るな」

 

 知里は踵を返して、その場を去っていた。


「知里……」









 ヴェノムスパーダ目撃地点。下層。


 魔英傑掃討作戦が開始された。


 魔英傑掃討作戦のチームはイレギュラーダンジョン特別調査官が引き継ぐことになった。メンバーは私と、エリザベス・ジャッジを中心に十人のエリート冒険者で構成されている。しかし他のメンバーはすぐに戦闘不能になり撤退していった。

 つまり絶望的な状況。


 ヴェノムスパーダとの戦いは熾烈を極めた。

 こちらの被害は私とエリザベス・ジャッジの二人だけだった。

「ヴェノムスパーダ。ゲームセット」

 ジャッジがとどめを刺して、ヴェノムスパーダを倒した。

「ジャッジ。これはゲームじゃない」


「こんなでかいモンスターが出て来てよぉ、これがゲームじゃないっていうならなんだってんだ?」

「仕事」


「おかたいな。だからあんた、だ~いちゅきな冴内君に逃げられるんじゃねぇの」

「ジャッジ。貴様!」

「まぁまぁ。落ち着けよ。くりくりちゃん。けりを付けるのは仕事が終わった後でも十分だろ。後二匹ぶっ殺しておしまいよ」

 ジャッジはヴェノムスパーダの核魔石を回収し、コンパクトに納める。


「私の武器の固有スキルにする。文句ねぇよな? あんたは前の仲間を犠牲にしてそれを得たんだからよ」

「私はなにも言っていないでしょ。いちいち突っかかってこないで」


「確認しただけでその調子じゃ、お喋りしたら血管切れて死んじまうかもな」

「なら息を止めて」

「お前一人で相手できるって自信があるなら喜んで息を止めてやるよ」


「馬鹿なあなたに話を振ったことを謝るわ」

「帰ったら遊ぼうな。くりくりちゃん」

 ジャッジは口角を上げて笑った。


 このバトルジャンキーめ。




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