第9話 でたらめ


「変態雷娘め。孝雄のことは返してもらうぞ」

「お前は私に負けたんだ。のじゃ残念雪女が!」

「雪女さんよぉ。寝取られたあげく、ぶっ殺されてゲームセットする気持ちはどんな気持ちよ」


 知里とジャッジと呼ばれている子は形勢逆転したと見て、雪芽さんを煽り倒している。

「孝雄。あの時お前はわしらを守るために付き合っている振りをしていると言っていたはず。なのになぜ、もう一度付き合いなおそうとするのじゃ?」

 雪芽さんは悲痛な表情でこちらを見てくる。


「雪芽さん。僕は……」

「残念ながら孝雄はこっち側のスパイ。あなた達を騙すために被害者の振りをしていた」

「知里。変なことを言うな。僕はそんなことしてないっ!」


 僕は弁明するが、

 知里は僕の首を腕で抱きかかえ、

「私の話に合わせなかったら、のじゃ残念雪女を殺す。二対一なら瞬殺できる」

 と耳元で囁いた。


 僕が迂闊なことをしたせいで……雪芽さんを危険な目に晒した挙句、人質になってしまった。

 知里に従う振りをして、時間を稼ぐか。

「もう演技止めるね」


 知里に話を合わせることにした。

「孝雄! これはどういうことじゃ」

「僕も知里と同じイレギュラー調査官なのさ。それであなた達をスパイしていたというわけさ」

 いや、そんなつもりはないんだけど……でも、時間をどうにか稼がないと。


「まさか二重スパイになっていたとは。この卑怯者め」

「雪芽さん。彼女達はあなた達では勝てないほど凄く強い。どのくらい強いかというと凄く強い」

 進〇郎構文みたいになったけど、ともかく時間を……


 知里の僕を監視する目がきつい。

 どうにかして敵キャラになりきるんだ。

「仮に沙羅さんがゴブリンを引き連れてここに戻ってきたとしても、勝てないでしょうね」

「へぇ~。敵さんはそんなことを考えていたのか。じゃあ、援軍来る前にやっつけちまおうか」


 バトルジャンキーが逸る。

「いや。ええと……ジャッジ? ジャッジ、待つんだ」

 と言うと、彼女は僕に抗議するように睨んできた。


「なんでだよ!」

「作戦をあえて利用しよう。ここで雪芽さんを倒したら、もう一人が逃げる可能性がある」

「スパイしてるんだから、巣の方は知ってるだろ。それなら片方逃げようが、関係ない」


 と彼女は切り返してくる。

「いや。彼女達の巣は何百個もある。しかもその巣一つ一つには沢山のモンスターが棲みついてる。君達でもやられてしまうほどのね」

「孝雄。わしはそんな淫乱じゃないぞ」


 という雪芽さんを無視しつつ。

「おい。あんた、嘘ついてるんじゃねぇだろうな。私達は一応この浅層全体を調査したんだ。だけど、雪女の仲間の巣なんて発見できなかったぞ」


 ジャッジが手痛い所を突っ込んでくる。

 「そりゃ分からないさ。彼女達の中には結界のスキルを使うモンスターもいるからね」

「孝雄? おまえはなにを言っとるんじゃ」


「おい。敵さんがあんたに突っ込み入れてるぞ」

「雪芽さん。ちょっと。僕達の話し合いに口を挟まないでください」

「いや。孝雄、スパイの割にはあまりにも適当なことを言ってるから。かえって、味方さんが困っとるぞ」

 雪芽さんはなにかに気付いたのか。クスクス笑いながら僕の方を見ている。


「孝雄。なぜ私達に嘘をつく?」

「違う。嘘だ。騙されるな」

 僕は弁解しようとする。


「ふん。変態雷娘。やはり孝雄はわしらの味方のようじゃ」

「うぎぎぎぎ」

 知里が今まで聞いたことのない声で唸ってる。

「つーか、これはどっちが正しいんだ? 訳が分からねぇよ」


 ジャッジは話に付いてこれなくなり、ギャーギャー叫んでいる。

「落ち着いてジャッジ。私達のすることはモンスター二体の殲滅。ターゲットが孤立しているのだから瞬殺すればいい」

 知里は雪芽さんに煽られたことに腹を立てている様子だ。


「雪芽さん、逃げて」

 僕は知里の足に抱き着いて、彼女の動きをけん制する。

 すると、僕が彼女を押し倒す姿勢になった。


「孝雄。今は戦いの最中。だけど孝雄がしたいなら見せつけちゃおうか?」

「いや。落ち着いて知里」

 雪芽さんの視線が怖いからどうか落ち着いて。


「さかるな。馬鹿くり。雪女をぶっ殺してゲームセットだろ?」

「そう。私は孝雄との幸せ人生ゲームをスタートさせる」


 ジャッジと知里は僕のことを振り切って一斉に飛び出した。

 くそ。援軍が来ない。時間稼ぎは失敗したか。

「孝雄よ。変態雷娘と姦通しようとしたことに関しては後で聞くとしよう」


 雪芽さんは臨戦モードに入った。

 今までと雰囲気ががらりと変わる。

 彼女の周辺には氷雪が舞っていた。


「へへ。ゲームセットだ」

 ジャッジのコンパクトから巨大な黒い斧が現れる。それから紫色の毒霧が噴出される。

「ヴェノムスパーダの毒はモンスター!」

 ジャッジは勝利を確信した。


 しかし雪芽さんは冷静だ。

「毒霧ごと凍らせればわしの体まで行かんじゃろう」

「おいおい。ヴェノムスパーダの毒が効いてないってどういうことだ?」


「沈まれ小娘」

 気圧されたジャッジはその場で土下座のポーズを取った。

 いや、本当に気圧されたのか。


 だまし討ちする気じゃ。

「雪芽さん。気を付けて。だまし討ちするかもしれない!」

 僕達はジャッジの動向を見守る。


「ごめんなさい。許してください。命だけは勘弁してください」

 顔面を涙でグシャグシャにして、プルプル震えながら土下座している少女の姿がそこにあった。

「ふむ。仕方ないのぅ。よしよし。怖がらせて悪かったのぉ」

 雪芽さんはジャッジを抱きしめてやる。


「I'm sorry mom. I was wrong《ごめんママ。私が間違ってた》」

「せっ、西洋語はよくわからんが、よしよし」


「Mom.mom《ママ。ママ》」

 ジャッジは雪芽さんの胸に顔を埋めて、じっとしてしまっている。

 まさか雪芽さんの恐ろしいオーラと母性の寒暖差で頭がバグったのか?


「一睨みでジャッジのマザコンを発症させるなんて。それがあなたの本当の実力なの」

「孝雄や。わしの胸に戻っておいで。そこの変態雷娘はまぐあうことしか考えていないからのぅ。気苦労するじゃろう」

 雪芽さんは腕を広げて僕を出迎えようとする。


「孝雄は私のおっぱいが大好きなの。のじゃ残念雪女はジャッジのおしめでも替えていればいい」

 知里は僕の方に駆け寄り、自分の胸に僕の頭を埋めさせてくる。


「なっ。変態雷娘め。わしのことをそんな変なあだなで呼ぶではない」

「ともかくっ。そこのマザコンはあげるから孝雄は私がもらう」


「いやじゃ。孝雄もわしのもんじゃ。お前みたいな強情な変態雷娘は独身の生涯を過ごすがいいのじゃ」

 僕は大岡裂きみたいに二人に腕を引っ張られている。

 死にそうなほど痛い。


 

 と二人で争っている時に、ゴブリンを引き連れた沙羅さんがやってきた。



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