第16話 覚醒
僕はシャワールームと掘立小屋の建設のため、しばらくコボルト領に滞在することになった。
大工のゴブリン達が掘立小屋とシャワールームを建築している間、僕はコボルト領を見て回ることにした。
とはいえ、僕一人で見て回ることはできなかった。
ラティナさんが僕のそばを離れないのだ。
おそらくだけど、コボルト側と密約を交わすことを警戒しているのかもしれない。
「ラティナさんも興味あるんですか?」
「はい。コボルトの巣には早々訪れないものですから」
「君になにかあったとしても僕は守れないよ。三人に戦いの実力を認められたわけじゃないからね」
「それは大丈夫です。私、自分の身を守れる程度に武術に心得がありますから」
「逆に僕が助けてもらうことになるかもしれませんね」
「その時は私に任せてください」
「あはは。頼もしいな」
「あの、孝雄様。今は政務のことを忘れて友のように接してください」
「じゃあ、ラティナ? でいいのかな」
「はい」
「それなら僕のことも孝雄って呼んでよ」
「分かりました。孝雄って呼ばせていただきますね」
「うん。じゃあ二人でいる時は呼び捨てにし合いましょうか」
「その。もっと砕けた感じで」
「ため口でいいかな?」
「うん。それでいいよ」
僕はラティナの気遣いに甘えることにした。
それから僕達はコボルト領の視察を行った。
といってもコボルト領はほとんど未開拓の森のようなものだったから、森を散策しているようなものだったけど。
「その。孝雄の住んでいる場所はどんな感じなの? 森? 洞窟?」
「僕の住んでいる所は島かな」
「島ってどんな感じです?」
「大きな水に囲まれた場所だよ」
「川の中にぽつんと浮かんでいるということですか?」
「そうだよね。中々イメージできないよね。もし、出られたら見に行こうか」
「はい。その時は連れて行ってもらってもいいですか?」
「うん。案内する必要あるしね」
「はい……」
「孝雄様には意中の方はいらっしゃるのですか……」
ラティナの質問に僕は驚いてしまう。
「いないよ」
と返す。
「本当ですか!」
途端にラティナの声が弾む。
なんでだろう。
追及しない方が無難かな。
「嘘つき」
という声が聞こえた。
振り返るとそこには知里がいた。
それも凄い形相の。
「知里。なんでこんな所に」
「孝雄には私がいる。それなのになぜ、ゴブリン女と仲良くしてる?」
「知里。なんで怒ってるの?」
「そいつと仲良くしてるからか。だから人間を裏切ったのか。孝雄!」
キレた知里は僕の方へと走り出してくる。
「ラティナ、逃げて」
「狙いはお前だ」
知里は雷霆を出し、ラティナを追いかける。
僕が必死に追いかけても追いつかない。
雷霆がラティナを刺そうとした瞬間、僕は知里にボディタックルをかます。
「知里。いい加減にしろ」
「孝雄は私の彼氏だもん。それなのに浮気してたあなたの方が悪い!」
「逃げて。ここは僕がなんとかする」
僕はラティナに逃げるように指示を出し、彼女の前に立ちはだかった。
「何に怒ってるか分からないよ」
「それは私も同じ。ゴブリンもコボルトも、あいつらも潰せば孝雄は私の下に戻ってきてくれるでしょ」
「絶対に講和条約を結ばせる。僕の命に代えてもだ」
「あなたに私を止めることができるの?」
「知里! 今なら謝れば許す。けど、これ以上酷いことをしようっていうなら」
僕の中に激しい怒りの感情が生じた。
それと同時に、体の底から人生で体験したことのない活力が出てくる。
「なにそれ? その力。こんなの見たことない」
「どうする知里?」
「やるに決まってる。私の肩を抱いて優しい言葉を掛けてくれた孝雄は死んだ。今いるのは力に任せて私を脅すモンスターの孝雄だ」
「僕はモンスターじゃない」
「人間にそんな強大な魔力は出せない」
僕が強大な魔力を出しているだって。そんな馬鹿な。
「知里。僕まで化け物扱いして。君はなにを考えてる?」
「分からないの。今の孝雄は今までと圧倒的に違う。それこそ種族が変わっているくらいに」
確かに僕の中から強大な力が沸き上がっているような感じはする。
けど、体感上大きく変わったような感じはしない。
「コボルトの女王として、人類を守るためにこのダンジョンを閉じる」
さっ、最悪の展開だ。
ここからゴブリンとコボルトの戦いをさせないためにはどうすればいい。
「知里。ゴブリンとコボルトを巻き込むな。僕と君の二人だけで決着を付けよう」
とりあえず時間稼ぎだ。
まずゴブリンとコボルトを巻き込まない所に移動しよう。
僕と知里は彼女が先程いた森の奥に向かった。
「孝雄。あなたがモンスターとしての本性を出したというのなら倒すしかない」
知里は雷霆を構えて、僕と戦おうとしている。
なんとか皆を巻き込まないように遠く離れた場所まで着いたのはいいものの、一対一で戦えるはずがない。
「知里。ちょっと落ち着こう。やっぱり戦うのはやめにしないか?」
「諦めて」
「いや。なんか主人公みたいな潜在能力に目覚めちゃったぽいけどさ。けど、戦いの素人だよ。それに専用のカッコいい武器とか持ってるわけじゃないし」
「あなたの手にある籠手の先に付いてる剣はなに?」
僕の両腕には仰々しい白い籠手と、僕の拳から突き出ている剣があった。
なに。このカッコいい装備。
いやいや、違う。
「これはあれだよ。生えてきたんだよ」
「普通の人間にはあり得ないこと」
「そうだけど……その、これはあれだよ。ムダ毛みたいなものだよ。今、そり落とすからちょっと待って……」
僕は籠手を外そうとするが、上手く外せない。
「はっ、外れない。どうしよう、これ」
「なんなら兜も鎧も装備してる。フル装備ささってる。ムダ毛とかそんな可愛いレベルじゃない」
「えっ? フル装備してるって?」
傍から見たらそういう風に見えるの?
違和感なんてなかったよ。
「おしゃべりはおしまい。せめてあなたは私の手で殺す」
知里は雷霆をやり投げの要領で投げてくる。
僕は必死に飛んで躱すが、森の木に頭から激突してしまう。
力が出過ぎて、コントロールできない。
「間抜け」
知里は雷パワーかなにか分からないが、雷霆を自分の手に引き寄せる。そして、また僕の方へと雷霆を投げてくる。
「かっ、勘弁して」
僕はまたそれを飛んで躱す。しかし勢いあまって、別の木に背中を強く打ち付けてしまう。これ、躱しているだけで死ぬんじゃないのか、僕。
「死ねぇ」
雷霆を取り寄せた知里は僕を確実に殺すために僕を追いかけてくる。
「やばい。僕を確実に殺す気だ」
僕は全力疾走で逃走する。
しかし知里はそんな僕に簡単に追いつく。
普段運動していない僕と、モンスターを狩りまくっている知里とでは根本的に体力の差があったのだ。
「さようなら孝雄」
知里は僕の後ろを取り、雷霆から雷を出す。
僕はそれに直撃してしまう。
「あがががががが」
初めての雷。
いたいたいたいたいたいたいあづっ!
こんなの、何回も食らってたら死ぬ。
もう、どうにでもなれ。
僕は真正面から知里に向けてタックルをかました。
それが成功した結果、僕は知里を押し倒す形になった。
「たっ、戦ってる途中。さっ、さかるなっ!」
知里は僕の腹をぶん殴るけど、全然痛みを感じない。
むしろいつもと違う態度を取っていて、新鮮で可愛く見えるくらいだ。
「知里さ。いつもと違ってなんか可愛いね」
「いっ、いきなりっ! なに? 頭おかしくなった」
「本音、かな」
急に覚醒したせいか、気持ちと肉体が切り離されてトリップしているような感じがする。
「全部。なにもかも遅い。それにゴブリンにデレデレしてる孝雄なんか大嫌い!」
「やきもちか」
「ちっ、違う。モンスターの孝雄は私がぶっ殺す!」
「モンスターも僕も……殺さないでくれっ」
そこで僕は意識を失ったのであった。
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