第3話「封印された場所」
その日、俺は夢を見た。
本当にどうしようもないガキだった頃の、苦い思いの場面を。
▼ ▼ ▼
その部屋はとにかく豪華できらびやかだった。
等間隔に設置された壺や絵画、天井のシャンデリア、床のカーペット。
すべてが贅沢品の極みであり、それらを一つ売るだけでも平民の一生が買えてしまうほどだ。
数え切れないほどの部屋を誇る実家の中でも、俺が最も苦手とする場所だ。
「父上。お呼びでしょうか」
最も高い調度品である椅子の上に座る、立派な髭を蓄えた初老の男。
見た目は似ても似つかない、実の父親だ。
「エルバよ。自分が何をしたのか分かっているのか」
「はい。弱き民を魔獣から救出しました」
「くだらんことをしおって!」
親父が椅子を叩く。
齢五十を超えてもなお衰えを見せない魔力が迸り、離れた俺の元にまで波動が伝わってきた。
「あんな貧民、捨て置けばよかったものを……お前はそのせいで〝賢者の瞳〟を失ったんだぞ!」
俺の家は特殊な家庭だった。
魔法の才能が全て。
それ以外はどうでも良く、それさえあれば何もがもが許される。
中でも俺は特別な才能――魔力の流れを直接見ることができる〝賢者の瞳〟を持っていた。
この〝目〟の用途は様々。
魔物が発生しやすい地を特定できたり、人間に化けるタイプの魔獣を見分けられたり、秘伝とされる魔法を見るだけで解析したり、解呪困難な封印を解いたりも可能だ。
俺はあらゆる制約を免除され、〝賢者の瞳〟を最大限効率的に運用するような教育を施された。
約束された将来と地位。
それを棒に振った。
親父の怒りは最もだ。
けど、俺は自分の考えを曲げるつもりはなかった。
あの時。
魔獣に噛みつかれる子供との間に俺が入らなければ、あの子は死んでいた。
「領民の命には替えられません」
俺の発言に、兄弟たちはニヤニヤと笑っている。
一番下である俺が優遇されていることに、かねてから不満を持っていた連中だ。
こんな事態になり、さぞかし嬉しいだろう。
親父は逆に怒りで顔を赤くし、顔の皺を深くさせていた。
俺をどう運用しようか喜々として計画していたのに、それが全部台無しになったのだから怒るのは尤もだ。
……そこに親子の親愛が僅かでもあったのなら、俺も素直に反省していたかもしれない。
「単なる自己満足のために神から賜りし才能を泥沼に投げ捨てる行為、断じて看過できん」
握っていた拳を解き、親父は頬杖をつく。
「エルバ。お前はもういい。今後二度とこの家の敷居を跨ぐことは許さん」
「はい。そのつもりです」
俺は踵を返し、親父とたくさんの兄弟たちに向かって頭を下げた。
「今までお世話になりました。さようなら」
▼ ▼ ▼
「う……」
目を覚ますと、景色は一変に移り変わっていた。
土の壁が天井まで塗り固められ、木の根に覆い尽くされている。
どこから来ているのか見当もつかない暖かな日光が降り注いでいて、とてもではないが山の中とは思えない。
本当に、不思議な空間だ。
「……というか俺、なんで生きてるんだ?」
手を握ったり開いたりしても違和感はない。
周辺を手で探ると、柔らかい木の葉が敷き詰められていた。
……あの緑髪の少女がやってくれたんだろうか。
「そういや、怪我はどうなってる?」
恐る恐る腹をまさぐるが、傷は綺麗さっぱり癒えていた。
痕になっていたり、皮膚が引っ張られるような感覚もない。
どういう治療をすればここまで綺麗に治せるのだろうか。
疑問はいろいろ湧いたが、とりあえず俺はまだ生きている。
今はそれだけを喜ぶことにしよう。
「こういう時、女の子の膝枕で目が覚めるって相場が決まってるんだけどな」
「膝枕、したほうが良かったですか?」
冗談めいた独り言に返事が返ってきた。
起き上がって振り向くと、例の少女がこちらを見下ろしていた。
どこから採ってきたのか、両手にはたくさんの果物を抱えている。
「あ、いや――今のは男の願望というか、そういうのだから気にしないでくれ」
「? お腹、空いてますよね。これどうぞ」
少女は首を傾げつつ、果物を俺の前に置いた。
相変わらずのほほんとした声だ。
目だけでなく、耳の保養にもなる。
「そういえば、あの魔獣は?」
「捨てました」
「そ、そうか」
乱雑な処理方法に驚かされるが、命の恩人にとやかく言うつもりはない。
俺は少女に身体ごと向き直り、深く頭を下げた。
「危ないところを助けてくれてありがとう。俺はエルバ。しがない旅の画家だ」
「私はリーフです。お礼を言うのはこっちですよ、エルバさん」
リーフと名乗った少女は柔和に微笑んだ。
「礼を言われるようなことはしていないぞ」
「いいえ。エルバさんは私の封印を解いてくれました」
「封印?」
普段は耳にしない単語に、思わず果物に伸ばしかけた手を止めた。
封印と言えば巨大な魔法陣であったり、重厚な扉であったり、そういったモノの仕掛けを解いたり破壊したりすることを差すはずだ。
思い起こしてみても、そんなモノを見た記憶はない。
「そんなことをした覚えはないんだが」
「エルバさんが通ってきた道の入口、蔦で塞がれていたでしょう?」
「ああ」
「それが封印です」
「あれが!?」
手で払うだけで簡単に取れたんだが?
「何か特殊な力を持っているんじゃないですか?」
「特殊な力……って。何も無いんだが」
言ってから、まだガキだった頃の自分を思い出した。
魔獣に襲われて失った〝賢者の瞳〟
あの力があれば封印を解くことはそう難しくはない。
ない、が――俺はもうあの目を失っている。
生き延びたいと足掻く意志が、あの瞬間だけ〝賢者の瞳〟の力を戻してくれた……?
そんな都合のいい現象がありえるのか?
考えても答えが出るはずもないので、なるようになった、と事実だけを受け止め話を進めることにした。
「あの蔦が君を封印していた、と?」
「そうです」
封印。
どうやっても倒せない相手を魔法の力で閉じ込めておく手法のことだ。
魔獣が進化しまくって人の手では討伐できなくなったりする際に用いられる。
おっさんが振り払っただけで解ける封印に思うところはあるが、それよりも、だ。
俺は喉を鳴らし、問うた。
「なぜ君は封印されていたんだ?」
リーフはやはり、のほほんとした声で答えた。
「それは私が〝魔女〟だからです」
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