第20話「魔女>ドラゴン」

 リーフがひとしきり暴れ終わった後、それまで空の上で様子を見ていたドラゴン――と、俺――は、ゆっくりと地面に降り立った。


 急いで彼女の元に駆け寄る。


「リーフ!」


 途中、ブラックドラゴンが放った炎の跡が見えた。

 未だに熱気を放っており、いま上を歩いても大火傷は免れられないだろう。

 あれをまともに食らいながら、逃げるブラックドラゴンを捕まえ、振り回す。

 今更驚くような真似はしないが、出鱈目すぎる力だ。


「エルバさん」


 リーフはどこか得意げに腰に手を当て、胸を張っていた。


「どうですか? 言われた通りやっつけましたよ」

「いいからこっちに」


 彼女の手を掴み、岩陰に隠れる。

 そこから顔だけを覗かせ、町にあるドラゴン監視塔に双眼鏡を向ける。


「見張りは……ん? いないぞ」


 二十四時間体制で見張っているかと思いきや、監視塔の上には誰もいなかった。

 この状況下で監視員がいないとは思えない。


 リーフの姿を見て、慌てて上司に報告に向かったと考えるのが筋だろう。


「どうしたんですか? エルバさん」

「リーフ。ちょっとそこに座れ」

「え? どうし」

「いいから」


 有無を言わさず地面を指さすと、リーフは大人しく正座した。


 宿で風景画を描いたあの日。

 絵を描く前に、ほんの少しでも話をしていれば、ここまで騒動が大きくなることはなかったのだろうか。


 今さら過去を悔やんでも、もう遅い。


「少しだけ、お説教だ」

「え」



 ▼


 魔女の能力が桁外れなこと。

 その能力が世間に知れ渡れば、絵を描く旅どころではなくなること。


 それらをかいつまんで話すと、得意げな顔をしていたリーフはどんどん悲しい顔に変化した。


「――という訳だ。人里に近い場所で暴れることがどれほど危険な行為なのかを理解してもらえたか?」

「…………すみません」


 しゅん、と項垂れ、鼻をすするリーフ。

 袖で涙を拭い、小さく嗚咽を上げる。

 つい数分前にブラックドラゴンを圧倒したとは思えない弱弱しい声だ。


「私が先走ってしまったせいで……エルバさんに迷惑を」


 ……そういう顔をされると、弱いんだよなぁ。

 俺はしゃがみ込み、リーフと視線を合わせた。


「そう落ち込むなって。説明を後回しにした俺にも非がある」

「でも……」

「やっちまったことはもう仕方がない。今回の出来事を次にどう活かすかだ。だろ?」


 時を遡る魔法は存在しない。

 生命を操作する術があるのだから、もしかしたらまだ見つかっていないだけかもしれないが……少なくとも、今は存在しない。

 過ぎた出来事を「ああすればよかった」「こうすればよかった」と、くよくよ悩むよりも、そこで得た学びを次にどう活かせばいいか。


 そう考えた方がヒトは成長できる。

 どこかで読んだ本の内容をそのまま伝えると、リーフの目がキラキラと輝いた。


「エルバさん……」

「それに、討伐してくれたことは素直に感謝だ」


 目立つ真似はするなと言いつつ、あの時点で代わりの妙案は思い浮かんでいなかった。

 被害を最小限に抑えられたと考えれば、リーフの選択は決して悪いものではない。


「ありがとうございます」


 涙を拭い、リーフは微笑んだ。

 ――その上を、影が差した。


 俺たちをここまで送ってくれたドラゴンだ。

 彼はリーフの服のフード部分を、ぱくり、と咥えると、そのまま彼女を空に連れ去った。


「わー」

「リーフ!」


 悲鳴――と呼ぶには能天気が過ぎる声――を上げる彼女を、俺は急いで追いかけた。



 ▼


 追いついた先では、総勢九頭のドラゴンがぐったりと倒れていた。

 深い火傷を負った個体。

 皮膚を深く抉られた個体。

 尻尾を噛み千切られた個体。

 全員、生きているのが不思議なほどだ。


 人間と同じように、ドラゴンにもいくつか種類がある。

 ブラックドラゴンは、ドラゴンの中でも特に強力な種族だ。


 おそらく、ブラックドラゴンは彼らで『遊んで』いたのだろう。

 殺さずに甚振いたぶり、己が力に酔っていたのかもしれない。



 リーフをここまで運んだドラゴンは、彼女を鼻先で仲間の元へとぐいぐい押しやっていた。


「エルバさん。このドラゴンたちの傷を治してくれって言っているみたいですけど……いいですか?」

「ああ、頼む」

「目立ったりしません? エルバさんの迷惑になりません?」


 細かく気にする彼女に苦笑しながら、俺は頷いた。


「ここはドルトンからは死角になっている。気にせずやってくれ」

「わかりました」


 治癒は瞬時に完了した。

 傷ついた部位をリーフが撫でるだけで裂けた皮膚が戻り、黒ずんだ鱗は元の青を取り戻し、千切れた尻尾がまた生えてくる。

 俺も、ああやって治療してもらったんだろうか――と、腹を撫でながら待つこと数分。


 ドラゴンたちが次々に立ち上がる。

 全員、僅かな傷も残っていない。


 その雰囲気に圧倒されていると、一頭のドラゴンが前に出てきた。

 群れの中で最も体格が良い。

 彼がここの長だろうか。


「ブラックドラゴンは退治した。代わりと言っては何だが、俺たちを〝精霊の霊峰〟に連れて行ってはもらえないだろうか」


 俺はドラゴンに頭を下げた。


『……』


 長ドラゴンは、ゆっくりと首を地面まで下げた。

 それにならい、他のドラゴンたちも次々に首を下げていく。


 まるで人間のように頭を下げ、お礼をしているかのようだ。


「いいってことだな?」

『……』


 ドラゴンは相変わらず何も話さない。

 ただ、肯定の意思を感じた。


「ありがとうございます、これでエルバさんに絵を描いてもらえます」

『……っ』


 リーフが長ドラゴンの鼻先をすりすりと撫でると、びくりと巨体が反応した。


『……』

「あれ? なんだかすごく震えてますけど、寒いんですか?」

「……」


 リーフ。

 ドラゴンに怖がられてるぞ。

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