第24話「次なる絶景へ」
俺たちはドルトンにしばらく滞在することにした。
ドラゴンの鱗の元を少しでも取らないと――という貧乏性が理由の一つ目。
そして、いくつか調べたいことがある――というのが理由の二つ目だ。
リーフの正体が本当にバレていないかの確認。
そして、次の六大絶景についての情報集め。
それらを調べながら高級宿を堪能しているうち、二週間が経過した。
▼
「失礼いたします。食事をお持ちしました」
控えめなノックと共に、ワゴンに乗った食事が運ばれてくる。
きっちりとした燕尾服に身を包んだ男性従業員。
淀みのない所作といい、貴族の屋敷にいても何の違和感もないほどだ。
「一時間後にワゴンを回収に参ります」
「ああ、ありがとう」
この宿は朝食と夕食付で、しかも各部屋で食べるという方式を取っている。
部屋の広さは普段の安宿の数倍ほどあり、机や椅子、ベッドに至るまでの家具も高級品ばかり。
さらに浴場も自由に使っていい、とのこと。
まさに至れり尽くせりだ。
こんな高級宿に連泊するなんて、もう一生することのない贅沢だろうな――なんて思いながら、俺は椅子に腰かける。
既に調べたいことは調べ尽くした。
まず、リーフの正体はバレていない。
いない、というか……彼女が暴れている様を見ている人物は確かにいた。
ドラゴンの様子を伺っていた見張りだ。
彼は見たままを報告するが、誰にも信じてもらえなかったらしい。
まあ、ドラゴンよりも強い少女がいるなんて、普通は信じないよな。
結局ブラックドラゴンは縄張り争いの末に倒された、ということになっている。
現在はドラゴンの縄張りの中にあるブラックドラゴンの死骸をいかにして運び出すか、で冒険者たちが躍起になっている。
他の六大絶景の情報も、集められるだけ集めた。
この町にもう用は無い。
なのにまだ滞在している理由は別にある。
▼
「……」
食事の前に、いつもの確認作業を行う。
俺は手持ちのナイフを取り出し、手のひらの上でそっと滑らせた。
年季が入っているもののしっかりと研いだナイフは、しわが見え始めた肌をあっさりと引き裂く。
じくじくした痛みの後に、血が滲み出て来る。
そのまま傷口を見つめること三分。
ぱっくりと開いた傷が血を垂れ流し続けている様子に、俺は安堵の吐息を出した。
「……ようやく
リーフの血を飲んだことにより、俺は驚異的な再生能力を得ていた。
極限の状況下、死が纏わりつく空間でも俺を殺すことはできなかった。
非常に便利で心強い力だが、おっさんには過ぎたモノだ。
俺がこの力で再生するところを誰かに見られ、そこからリーフの能力がバレてしまう事故が起きないとも限らない。
なので、この効果が完全に終わるまでは宿に滞在し続けていた。
少量であれば数日で効果は切れるらしいが、俺は飲んだ血の量が多かったため、完全に効果が抜けるまで二週間もかかってしまった。
「必要であればまた言ってくださいね」
リーフが俺の手のひらを撫でると、まるで手品のように傷が塞がった。
白パンを頬張りながら、まさに片手間で傷を治してしまう彼女を見たら、治癒師たちは間違いなく卒倒することだろう。
「できるだけ世話にならないよう努めるよ」
――とは言うものの、自信は全くない。
俺も白パンを手に取りながら、空いた手でメモを開く。
あちこちから集めた、六大絶景についての情報だ。
〝精霊の霊峰〟――旧エルフ領・ドルトン地方(達成済)
〝虹色高原〟――ドワーフ自治区・火山地帯
〝白砂漠〟――大陸南西部・大砂漠
〝金剛霧氷〟――旧ヴァンパイア王国・キシローバ地方
〝聖剣渓谷〟――大陸中央部
〝奈落の大瀑布〟――???
今回のように、六大絶景のいくつかは秘境の奥にある。
強力な魔獣が跋扈していたり、ヒトが生きられないような環境になっていたり。
そういった場合は、またリーフの力に頼らざるを得ない。
「というか、情報が足りないな」
ドルトンでは、大まかな場所しか分からなかった。
この中には、条件が揃わなければ見ることができないものもあったはずだ。
場所だけでなく、そういったことも調べる必要がある。
「どうするんですか?」
「別の場所で聞き込みをするしかないな」
現地に近づけば、誰かがヒントを持っているはずだ。
その人物に当たるまで、地道に聞いていくしかない。
俺は朝食を平らげ、リーフに告げた。
「血の効果も抜けたことだし、そろそろ出発しようか」
▼
長らく世話になった高級宿を後にし、俺たちはドルトンの町を出た。
行きがけはドラゴンの背に乗って上空から眺めていた街道を、ひたすら真っ直ぐ進む。
「エルバさん。次はどこに行くんですか?」
「近い順で言えば砂漠なんだが……確実に行けるのは渓谷だな」
「楽しみです。おいしい食べ物、強い敵、エルバさんの絵……」
両手を重ねながら、リーフはまだ見ぬ冒険に思いを馳せていた。
「このスケッチブックがいっぱいになったら、今度は私がエルバさんに恩返しする番です」
「別にいいって」
絶景を見て、それを描く機会を得られただけでもいち画家としては法外の報酬だ。
それ以上に望むことなんてない。
「それじゃ私の気が済みません。何か考えておいてください」
ぽよん、と胸を叩くリーフ。
「どんな願い事でも、絶対に叶えます!」
「……ま、何か思いついたら頼むよ」
引き下がりそうにないリーフを煙に巻くと、彼女は太陽のように眩しい笑みを浮かべた。
「これからもよろしくお願いします、エルバさん」
「ああ。頼むぞ、相棒」
俺達の旅は、まだ始まったばかりだ。
第一章・完
第二章→未定
放浪画家と最強魔女 八緒あいら(nns) @midorinohito
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