第9話「魔女の歴史」

 盗賊に襲われてから数日が経った。

 町に辿り着いた俺たちは兵士の元で何日間かの事情聴取を受け、ようやく解放された。


「盗賊に襲われているところに魔獣がやって来たとは……ツイてないな、アンタら」

「しかし、おかげで私と彼女も無事に生き延びられました」


 俺に同情的な視線を向けてくる兵士。

 彼に話した言い訳は、こうだ。


 盗賊に襲われ、身ぐるみを剥がれ殺されそうになった。

 そこに大猿の魔獣がやってきて、盗賊たちが応戦。

 俺達は隙をついて逃げ出し、彼らは魔獣にやられた。


 魔獣の仕業にしたのは、そうしないと信じてもらえないからだ。

 正直に「リーフがやりました」なんて言えば罪にはならないものの実証しなければならなくなるし、実証すればまた話がややこしくなる。

 なので、架空の魔獣をでっち上げさせてもらった。

 幸い、傍には旧エルフの森がある。

 怪しまれることはなかった。


「お嬢さん。辛いと思うが、頑張るんだよ」

「……」


 フードをすっぽりと被ったリーフは無言のまま、俯き加減に頷いた。

 彼女にはこの数日、ずっとだんまりを決め込んでもらっている。

 余計なことをポロリと漏らしそうだったので、ショックで喋れなくなっている風を演じてもらっていた。

 見事に演じ切れているかはかなり怪しいところだったが……とりあえずは何も言われていない。


「それでは、お世話になりました」

「……」




 しばらく二人で街道を歩く。

 大道芸人や吟遊詩人が集まる広場に差し掛かったところで――ここまで離れれば十分だろう――彼女の肩を、ぽん、と叩いた。


「お疲さん。もう喋っていいぞ」

「やったー!」


 無言状態から解放されたリーフは、喜びに両手を上げた。


「な? 面倒だっただろ」

「はい……」


 好奇心の塊で人と話すことが好きなリーフにとって、この数日間はある種の拷問に感じられただろう。

 炎で焼かれても、風で切り裂かれてもけろりとしていた表情に初めて陰りが見られた。


「今度からはすぐに生き返らせるようにします」

「殺す前提で話をしないでくれ」


 とはいえ、盗賊に襲われるなんて滅多にないことだ。

 管理の行き届いた国の中にいれば一生遭わない、なんてこともあり得る。


 彼らと遭遇するのは今回限りにしてもらいたい。


「さて。宿に行く前に少し買い物に行こう」

「もちろん。どこへでもついて行きます」



 ▼


「おう、エルバじゃねえか」

「数日ぶりだな」


 やってきたのは画材屋だ。

 新しいスケッチブックと、魔獣に襲われた際の騒動で無くした色を買い求める。

 リーフは並べられた商品をきょろきょろと興味深そうに見ていた。


「エルバさん、どうして画材屋さんにパンが置いてあるんですか?」

「描いた線を消すためだ。ぼかしたりにも使える」

「エルバさん、この石は何に使うんですか?」

「削ると綺麗な赤になるんだ」

「エルバさん、花が植えてあります」

「葉を潰すと鮮やかな緑になるんだ」

「へぇ、すごいなぁ……」


 棚に並べられたあれこれを見渡し、リーフは目を輝かせていた。


「エルバ。そこの嬢ちゃんは……?」

「ちょいと訳ありでな」


 俺は画材道具に少し色を付けた金額を渡しつつ、そう答える。

 いずれ誰かがリーフを追ってやってくる可能性もある。

 その時に備えた口止め料だ。


「誰かに彼女のことを聞かれても、黙っていてもらえると助かる」

「……このお人好しめ」


 金額を確かめ終えると、画材屋はそれ以上は追及することなく店の奥に消えた。



 ▼


 次にやって来たのは図書館だ。

 図書館は町の規模や住民の性質によって建物の大きさが変わる。

 明け透けに言えば、大きな町ほど大きな建物になり、勉強熱心な住民が多いほど蔵書量が増える。

 そうと決まっている訳ではないが、あちこち見てきた経験上、そういう傾向にあることが多い。


 この町の蔵書量はそれほど多くないが、目的のものは置いてあるはずだ。


「うぅ……読めません」


 はじめこそ楽しそうにしていたリーフだったが、次第に苦い顔をしはじめた。

 どうやら文字が読めないらしい。


「この本とかどうだ?」

「わぁ、綺麗な川や山が描かれてますね」


 俺はなるべく文字が書いていない絵本を手渡した。

 子供向けのもので魔女に対して失礼かとも思ったが、リーフは気にも留めていない。

 ひとしきり眺めながら、彼女はふと思い出したように自分の胸に手を当てる。


「綺麗ですけど……エルバさんの絵を見たときみたいに、ここがドキドキしませんね」


 絵本に飽きたリーフは、俺が読んでいる本に興味の矛先を向けた。


「エルバさんは何を読んでいるんですか?」


 娘を持ったらこういう気分になるのか――などと失礼なことを考えながら、俺は本のタイトルを告げた。


「『魔女の歴史』――君を含めた、魔女に関する本だ」

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