第10話「最悪の再会」

 『かつて世界は、今よりも争いが絶えなかった。

 国同士の小競り合いを数えればキリがなく、ヒトが滅びるほどの戦いもあった。

 とりわけ大きな五つの戦争。それらの引き金となった女傑たち。

 彼女たちのことを、後の人々は畏怖を込めて〝魔女〟と呼んだ。


 ヒトを超えたヒト。

 あまりの強さに殺すことができず、封印するしかなかった――と言えば、彼女たちがどれだけ人知を超えた力を持っているのか、その一端を想像することができるだろう。


 魔女は全員で五人。


 究極の魔法の材料――大量の死者を得るために意味のない戦争を起こさせた〝文学の魔女〟クレスト。


 我こそが世界最強であると証明すべく多くの国に戦いを挑み壊滅させた〝征戦の魔女〟フレア。


 千の軍勢を率いて単騎で大国を落とした〝隠遁の魔女〟ククリ。


 世界の真理を暴き、存在を危険視された〝理の魔女〟エミリア。


 不老不死を授ける、と甘言を用いて特権階級を戦に駆り立てた〝種子の魔女〟リーフ。


 魔女が現れるたび、地形は変動し生態系は乱れ、多くの屍が築かれた。

 願わくば、六人目の魔女が現れないことを祈る』


 書物は、そんな言葉で締めくくられていた。


「へぇ、こんな風に言われてるんですね」


 俺の朗読――本当に娘を持った気分だ――を聞きながら、リーフは両手を重ねた。

 あまり良い風には書かれていないので、てっきり気分を害すかと思ったが……どうやら杞憂だったらしい。

 俺の隣で肩を揺らしながら、ふんふんと頷きを繰り返す。


「一応の確認なんだが、ここに書いてあることは本当なのか?」

「いえ。いつの間にかみんな戦い始めただけです」


 数日間一緒に過ごしてリーフの人となりはある程度掴めている。


 リーフはどこまでも純粋だ。

 見たことがないものに目を輝かせ、何にでも興味を示す。

 純粋ゆえの残酷さや、現代との価値観のズレはあるものの、人を騙したりそそのかしたりするような子じゃない。


 この本のように、現在ある種子の魔女の話は誰かが用意したカバーストーリーだろう。

 もしくは……リーフの言葉をその時の権力者が曲解したという可能性もある。


「ちなみになんだが、誰かを不老不死にすることは」

「完全には無理ですけど、近いことはできますよ。やりますか?」

「いやいい」


 ……たぶん後者のような気がする。

 リーフがこの調子だとすると、他の魔女ももしかしたら史実ほど極悪人ではないのかもしれない。


「なあリーフ。他の魔女と会ったことがあるって言っていたな。どんな奴らなんだ?」


 リーフは文学の魔女と、理の魔女の二人と知り合いらしい。


「クレストさんはいい人ですよ」


 文学の魔女、クレスト。

 彼女はリーフと気が合い、何かと便宜を計ってくれたそうだ。


「エミリアさんは……楽しい人です」

「楽しい人?」


 理の魔女、エミリア。

 彼女はリーフの封印を無理やりこじ開け、とある男を生き返らせてほしいと懇願してきたそうだ。


「いいですよー、って答えて、死んだ人のところに向かったんですね」

「軽いな」


 破れた服をつくろうくらいの気軽さだ。

 しかし、当の人物が生き返ることはなかった。


 既に魂が消えていたため、蘇生不能な状態になっていたらしい。


「そしたらいきなり襲い掛かってきたんです」

「ヤバイ奴じゃないか」


 理の魔女エミリアは、俺の故郷で封印されている。

 地元ゆえか、彼女にまつわる逸話も多い。

 魔法の起源となった種族の末裔だとか、ヴァンパイア種族の術を盗み出したとか。

 とにかく気性が荒く、誰彼構わず殺して回ったとか。


 リーフに蘇生を依頼して、ちゃんとした理由があって断ったにも関わらず殺そうとして来た?

 どう考えてもただの狂人だ。


「けど、楽しかったです」


 しかしそんなエミリアとの戦いを、リーフは嬉しそうに語る。


「普通の人は私が死なないと分かると諦めるんですけど、エミリアさんは何回も何回も私に挑んできてくれたんですよ」


 ふふ、と、まるで友達との想い出を語るように微笑んだ。

 実際、彼女にとってはそうなのだろう。


 自分を殺そうとする奴と戦うことすら娯楽の一つに成り下がる。

 ……不老不死とは、そういうものなのかもしれない。


「また戦いたいなぁ……」

「勘弁してくれ」


 きらきらした目でそんなことをのたまうリーフに、俺は嘆息した。



 ▼


「エルバさん、絵はいつ描いてくれるんですか?」

「まあ待て。腹ごしらえしてからだ」


 宿を取った俺たちは、併設された食堂に降りて食事を注文した。

 リーフは食べる必要がないが、俺だけが食べていたら奴隷でも連れているのかと奇異の目を向けられかねない。

 街中では必要経費と割り切り、リーフにも食べて貰うことにする。


「このパスタおいしいですね!」

「口元にソースついてるぞ」

「ありがとうございます」


 ナプキンで口元を拭ってやると、リーフはうれしそうにはにかんだ。


「ふふ」

「何がおかしい?」

「なんだかエルバさん――いえ、なんでもないです」


 中途半端なところで話を区切り、リーフは食事を再開した。

 上機嫌にパスタを頬張り、幸せそうな笑みを浮かべる。


 ……ま、いいか。


 俺もさっさと食べてしまおうとフォークを手に取った矢先、声をかけられた。

 それは今、最も会いたくない相手の声だった。


「あれ? おっさんじゃねえか」

「生きてたのか。しぶといな」

「……お前ら」


 振り返った先には。

 俺を魔獣の餌にしようとした、あの二人組の冒険者がいた。

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