第11話「天然少女 part2」

 たまたま通りかかった俺に魔獣を押し付けた冒険者パーティ。

 ただ押し付けただけじゃない。


 大人しく餌になるようにとナイフまで刺してきた。

 リーフに助けてもらわなければ、俺は今ごろ魔獣の腹の中だ。


「生きてたのか。つーことはあの村に魔獣を押し付けたのか?」

「お前らと一緒にするな。運よく難を逃れられたんだよ」


 ヘラヘラと軽薄に笑う二人。

 そのツラに拳をお見舞いしてやりたいところだが――返り討ちに遭うのは目に見えている。


 二人とも、それなりに戦い慣れた雰囲気がある。

 年も二十台の真ん中といったところ。

 冒険者としては、かなり脂の乗った年頃だ。


 魔獣の討伐依頼はそれなりに経験が無ければ受注させてもらえないことをかんがみても、俺では絶対に敵わないだろう。


 奴らもそれをしっかり分かっているからこそ平然と話しかけられている。

 絶対に有利な場所から弱者を見下ろす強者。

 ……まるで、親父を見ているかのようだ。


 感情のまま怒ったところで事態は好転しない。

 我慢、我慢だ。


「運のいいおっさんだな」

「そいつはどうも。生還を祝ってメシでも奢ってくれるのか?」

「そんなことするはずねーだろ」

「なら、もう行ってくれないか。お前らと関わる気はない」

「ああ。俺らもおっさんに用はねえよ。用があるのは――」


 冒険者の一人が、リーフの肩を掴んで馴れ馴れしく引き寄せる。


「ふぇ?」


 それまで成り行きを見守っていたリーフは、きょとんとした目で冒険者を見つめている。


「こんないい女、どこで買った?」

「買ってない。というか、お前らに関係ないだろ」


 ……こいつら。

 俺が女連れだから声をかけてきやがったのか。

 あわよくば横取りしてやろう、と。


 リーフはパスタをもぐもぐと口に運びながら、頭上に疑問符を浮かべている。


「なああんた。このおっさんにいくらで買われたんだ?」

「?? 買われてないですよ。私はエルバさんの――」


 そこまで言ってから、ふと言葉を止める。

 しばらく虚空に視線をさ迷わせてから、俺に視線を向けた。


「エルバさんの、何でしょう?」

「旅の連れだ」

「……」


 何故かリーフは眉をひそめた。

 俺たちの関係性としてはそれで合っているんだが、なんだか釈然としない面持ちだ。


「はっ。娼婦じゃねえのか。まあいい」

「あんた、俺らと一緒に来いよ。おっさんよりも若い男の方がいいだろ?」

「あなたたちも絵が描けるんですか?」


 リーフの返答に、二人は虚を突かれたように目を合わせた。

 やや間を置いてから「ぷ」と吹き出す。


「絵なんか描けねえよ。それより聞いて驚け、俺らは銀等級の冒険者だ。次にデカい仕事も控えている。それなりに金は――」

「じゃあいいです。離してください」


 二人に興味を失ったリーフは、肩に置かれていた冒険者の手を、ぺち、と振り払い、再びパスタの攻略にかかった。


「……」


 得意げだった冒険者が、話の梯子はしごを外されて固まる。

 リーフの目には、もはや彼らのことは映っていない。


「エルバさん。おかわりしていいですか?」

「食べなくても平気なんじゃなかったのか……?」

「おいしいものは食べたいんです」

「仕方ないな。あと一皿だけだぞ」

「わーい。すみません、店員さーん」


「って……なに勝手に話終わらせてんだ!」


 手を挙げたリーフの腕を、冒険者が掴んだ。


「ちょっと顔がいいからって調子乗ってんじゃねえぞ。こっち来い。立場ってもんを分からせ――分か……」


 リーフの手を引く冒険者の動きが止まる。

 それを不審に思ったもう一人が、怪訝な声を上げる。


「おい、何やってんだ?」

「こいつ……どうなってんだ!? ビクともしねえ……!」


 座った状態で手を挙げるリーフと、両足で立った冒険者。

 力比べをすれば性別的にも体勢的にも、冒険者が負ける道理はない。

 ――ただ、相手が〝種子の魔女〟であれば話は別だ。


「……あの」


 困ったように、リーフが首を傾げる。


「すみません。私、パスタを食べるのに忙しいんです。お話は後にしてもらえますか?」

「あぁ!?」


 空気を読まない天然な発言。

 ともすれば相手を挑発しているようにも捉えられる。

 いかにもリーフらしい物言いに、俺は思わず吹き出してしまった。


 案の定、二人は顔を真っ赤にして激怒した。


「てめぇ優しくしてりゃ調子に乗りやがって!」

「表に出ろ! 立場ってモンを分からせてやる!」

「嫌です。私はエルバさんとパスタが食べたいんです」

「このアマ……!」

「エルバさん。このヒトたち、お知り合いなんですよね?」


 さすがの彼女もおかしいと思ったのか、再度確認してきた。

 その問いかけに、俺は静かに首を横に振った。


「知り合いというか……ほら、前に話した俺をハメた奴らだよ」

「……あー。このヒトたちが」


 リーフの目が、すぅ――、と細められる。

 鮮やかな緑の瞳が怪しく輝いた……ように見えた。

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