第12話「おしおき」

 リーフは静かにフォークを皿の上に置き。

 ゆらりと立ち上がり。

 冒険者に掴まれていた手をひねり、逆に胸ぐらを掴み持ち上げた。


 そして、ぽい、と、まるでゴミを投げ捨てるかのような仕草をした。


「ぶべぇぇぇぇぇぇ!?」


 その小さな動作で、冒険者の一人が店の外まで吹き飛んでいく。


「え、え……?」


 残された一人は、飛んで行った相棒とリーフを交互に見やりながら、困惑した声を上げる。


「ちょうどよかったです」


 にこり、と、リーフは微笑む。

 見る者の心に安らぎを与えるはずの笑顔なのに、何故か今は寒気を覚えた。


「私もあなたたちとお話したいと思ってたんですよ」

「え、あ……えぇ!?」

「あなたも外に出てください」

「ほげぇ!?」


 残った冒険者の胸ぐらも掴み、放り投げるリーフ。

 細腕の少女が大の男を投げるというありえない構図に、店員は夢でも見ているのかと何度も目を擦っていた。


「おいリーフ、いったい何を――」

「大丈夫です。ちょっとするだけです。殺しませんから」

「発言が物凄く不穏なんだが!?」


 俺とあの冒険者の確執は既に話をしていた。

 その時は「そうなんですねー」という程度の反応だった。

 今回もさらりと流すのかと思っていたが、様子がおかしい。


「追加のパスタが来る頃には戻ります。エルバさんはここで待っていてください」



 ▼


 ――と言われたものの、黙って待っていることなんてできなかった。


 人外の力を振るうリーフだが、それを除けば基本的には素直な少女だ。

 俺の忠告を破ったりはしないだろうが、なにぶん常識というものを知らない。

 忠告を曲解しているという可能性も十分にある。


 例えば、誰も殺さなかったが建物はいくつか崩壊させてしまった、とか……。


 冒険者に負けるとは露ほども思わないが、そういった面での心配は多分にあった。


 建物の影に隠れ、こっそりと様子を伺う。

 冒険者たちに気付かれるかと思ったが、幸いなことに彼らはリーフに血走った目を向けるだけで俺には気付いていない。

 頭に血が登っているとはいえ、銀等級らしからぬ迂闊さだ。


「てめぇ、いきなり何すんだ!?」

「俺たちを誰だと思ってやがる! 『ドラゴン狩り』の異名を持つ銀等級パーティ『ダブルファング』だぞ!」


(ドラゴン狩りの異名を持っている奴らが、なんで魔獣相手に逃げたんだよ)


 心の中で突っ込みつつ、リーフの反応を見やる。


「あなたたちが誰かなんて知りません。けど、言っておきたいことがあります」

「あぁ!?」

「エルバさんは弱いんです」


 ……。


 ……。


 ……。


(なんか俺、陰口言われてないか?)


 俺と同様、虚を突かれ、ぽかん、とするなんとかファングの二人。

 彼らを気にすることなく、リーフは続ける。


「お腹を刺されただけで死にそうになるくらい、脆い身体なんです」


(いやそれ俺だけじゃないぞ)


「魔獣も追い払えないくらい、戦う力を持っていないんです」


(ほとんどの人間がそうだと思うんだが)


「脆くて弱いですけど、すごく物知りで、私を外に連れ出してくれて……あと、すごくドキドキさせてくれます」


 いろいろと誤解を招きそうな言い方だが、俺の描いた絵が彼女の琴線に触れている、ということだ。

 嬉しい反面、なんだかむず痒い。


「これからもずっと、私をドキドキさせてもらいたいです。だから――」


 何の気負いもなく、リーフは一歩、足を前に出した。


「あのヒトに酷いことをするヒトは、私がおしおきします」


(……リーフ)


 俺を守ろうとすること。

 その理由は「絵を描いてもらいたい」という利己的なものだ。

 家の利権を拡大しようとしたかつての家族と同じ?

 家と繋がりを持とうとしたかつての婚約者と同じ?

 ――いや、違う。


 リーフの言葉を聞いた時、胸の中に温かい何かを確かに感じた。

 彼女は利己的な理由だけで俺を守ってくれているんじゃない。


 うまく言葉で表現できないが、そういう確信が心の中にあった。


「はん。何を言うかと思えば」


 リーフの宣言を聞き、冒険者たちは吐き捨てた。


「要するにあのおっさんにべた惚れしてるってことだろ」

「趣味の悪ぃ女だ。眼鏡でもした方がいいんじゃねえか?」


 やはりというか、冒険者たちは俺とリーフの仲を誤解していた。

 まあ、あの言い方はそう思われても仕方がない。


「違います。ドキドキしてるんです」

「あっそ」


 すれ違った話は訂正されることなく進んでいく。

 何も構えを取ることなくずんずんと近付いてくるリーフに、冒険者たちは左右から手を伸ばした。


「いいこと思いついた。お前をとっ捕まえて、あのおっさんの前で無理やりひん剥――」

「てい」


 彼らの元に到達したリーフが、ぺち、と彼らを叩いた。

 たったそれだけで、二人は地面を盛大に滑りながら吹き飛んでいく。


「おごぁぁぁぁぁ!?」

「ぶべああ!?」

「あれ……これだけ手加減してるのに、そんなに吹き飛ぶんですか?」


 形の良い眉をひそめながら、リーフは手を握ったり開いたりしている。

 ……あれで一応、手加減したつもりらしい。


を殺さずにおしおきするって難しいです……」

「こんのクソアマああああ!」


 冒険者が、とうとう得物エモノを抜いた。

 俺のいる位置からでも鳥肌が立つほどの殺気と怒気を振りまき、リーフに迫る。


「あ、いいこと思いついた」


 そんな彼らの様子など毛ほども気にせず、リーフは、ぽん、と手を打った。

 冒険者の剣を身体で受け止め――やはり防御するという意識はないらしい――、両手で二人の首を掴む。

 そして。



 ぽき。


「あ」


 冒険者の首から、鳴ってはいけないたぐいの音がした。

 あり得ない角度まで折れた冒険者がぶくぶくと泡を吹き、白目を剥いて痙攣し――動かなくなる。


「生き返ってください」

「……は!?」


 しかし、次の瞬間には首が元の位置に戻る。


 リーフの蘇生術。

 人々が追い求める究極の秘術は、とてつもなくあっさりと行われた。


「お、俺たちは……」

「いま、首が……」

「どうですか? 一度死んだ気分は」


 ぽき。


 またしても、冒険者の首が折れ曲がる。

 口から泡を飛ばして苦しみ、そして四肢がだらんと下がる。


「生き返ってください」

「――は!?」

「こうやって、殺しても生き返らせればいいんです。これならエルバさんとの約束も守れます」


 まるで名案を思い付いたかのように、リーフはにこりと微笑んだ。


「一体、何がどうなって」

「『エルバさんを傷つけてごめんなさい』と謝ってくれれば開放します」


 困惑する冒険者に、リーフは反省を促す。

 もちろん、それを簡単に了承するような奴らではなかった。


「はぁ!? 誰があんなおっさんを――」


 ぽき。


「ごぼ……」

「あなたたちが反省するまで、何回でも死ぬ苦しみを味わってもらいますね」



 ▼


「あの御方を傷付けて申し訳ありませんでした……もうしばぜん……ゆ、許じて」


 数えること六回。

 ようやく、冒険者たちは反省の言葉を口にした。


 項垂れる彼らを前に、リーフは満足そうに両手を合わせた。


「おしおき完了です」

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