第13話「魔女の膝枕」

「リーフ」

「あ、エルバさん」


 物陰から姿を出すと、冒険者たちは顔を青ざめさせ、


「ひぃい?!」

「すみませんでしたぁ!」


 一目散に逃げて行った。

 リーフのおしおきは相当、堪えたようだ。

 次に出会ったとしても絡んでくることはないだろう。

 来るとしたら相当の命知らずか、ただの馬鹿だ。


「どうですか? ちゃんと殺さずにおしおきしましたよ」


 えへん、という言葉が頭上に見えそうなほど誇らしげに胸を張るリーフ。


「ありがとな。俺のために怒ってくれて」


 我慢してやり過ごそうとしたが、正直あいつらには鬱憤が溜まっていた。

 なので懲らしめてくれたことは素直に感謝したい。

 したい、が――今後も騒動の度に『おしおき』するとなると話は別だ。


「エルバさんとの約束を守る、すごく良い方法を思いついたんですよ! 殺しても生き返らせれば――」

「リーフ。そのことなんだけどな」

「?」

「生き返らせるの禁止」

「えっ」


 名案を思いつき興奮で顔を赤らめるリーフの顔から、熱が引いた。



 ▼


「あ、あの……うちで喧嘩は困るんですが」

「申し訳ない。あいつらは俺の仲間なんだが、酔うとタチが悪くてな」

「違いますよ。あのヒトたちはエルバさんを――ふぐ」


 大事にならないよう、仲間内でのじゃれあいと言うことにした。

 嘘だらけの言葉にリーフが口を挟もうとするが、それを塞ぎつつ硬貨を店員に渡す。


「騒がせてすまない。追加のパスタはソース大盛りで頼むよ」

「ま、まいど」


 ソース代にあるまじき大金。

 口止め料を上乗せしたものだが、店員はそれを正しく理解してくれた。

 随分と軽くなった財布を懐にしまい、リーフに座るよう促す。


「エルバさん。どうして生き返らせるのが駄目なんですか?」


 妙案を頭ごなしに禁止されたからだろうか、不服そうに唇を尖らせるリーフ。


「蘇生術はヒトの注目を集めすぎる」


 生命を司る能力を持つリーフにとっては造作も無いことかもしれない。

 しかし蘇生術は過去から現在まで、ありとあらゆるヒト種族が追い求めてきた幻の秘術だ。

 それをあんな簡単に――しかもただ反省を促すためだけに――使うのはあまりにも軽率が過ぎる。


 もし今回の出来事がどこかの権力者の耳に入りでもしたら……。

 考えただけでも胃が痛い。


「そういう訳だから、今後は控えてくれ」

「分かりました……すみません」


 納得してくれたのか、しゅん、と肩を落とすリーフ。


「そう気を落とすな。ほら、パスタ来たぞ」

「わーい」


 戦闘後のヒトは決まって感情の揺れ幅が大きくなるが……彼女はそうではないらしい。

 ほんの少しだけ見せた怒りのような感情は引っ込み、いつもの見ているだけで気が抜ける、のほほんとした雰囲気を纏わせている。

 リーフにとっては戦闘ですらなかったのか、戦っても感情が揺れない精神構造なのか。

 今回の場合はどちらも考えられる。


「食べ終わったら宿に行こう。絵を描かないとな」


 ▼


 宛がわれた部屋に篭り、無我夢中で絵を描き続けた。


 ▼


「……完成だ」


 新しいスケッチブックに、リーフが封印されていた場所を描ききる。

 思い出しながら描くのは苦手だったが……約束した手前、それは守らなければ。

 記憶が曖昧になっているところは適宜ぼかしつつ、今度はしっかりと色も付けた。

 画材屋で何に使うのかと問われた植物の葉。

 あれをこれでもかというほどふんだんに使用した。

 色合いに変化を持たすため、異なる葉を組み合わせて微妙に違う緑色を複数使い、濃淡も分けた。


 前回よりも配置物の輪郭がやや不鮮明なものの、色の鮮やかさはこちらに軍配が上がる。

 ここ最近描いた中では会心の出来だ。


「すごい……すごいです!」


 リーフはスケッチブックを抱え、大満足の様子だ。

 ぐすり、と目の端に涙を浮かべている。


「やっぱり胸がドキドキします。これまでにないくらい!」

「そいつは良かった」


 枯れた笑みを向け、俺はベッドに倒れ込んだ。

 ほとんど休憩もせずに描き続け、窓の外から見える広場の時計が二周している。

 言葉通り丸一日、一心不乱に描いて、描いて、描き続けた。


 小さなスケッチブックなので描く範囲は狭かったとはいえ、さすがに疲れた。

 目の奥がズキズキするし、腕も腰も痛い。


 許されるなら、明日一日寝たい気分だ。


「お疲れ様ですエルバさん。あ、そうだ」

「?」


 リーフは名案を思い付いたように手を叩き、ベッドの隣に座った。

 ぽん、と自分の膝を叩く。


「なんだ、どうした?」

「膝枕してほしいって言ってましたよね? 絵のお礼にはなりませんけど、良かったら私の膝、使ってください」

「……ん、そうだな」


 正直、リーフに対して異性という意識は随分と薄れていた。

 〝魔女〟としての残酷な面と、世間知らずな天然な面を交互に見てきたせいだろう。

 たまにはいいか、と、俺は軽い気持ちでその誘いに乗った。


「では失礼して」

「はい、どうぞ」


 頬に金の刺繍をあしらったローブが触れるが、ちくちくと繊維が刺してくるようなことはなかった。

 外套はその役目上、常に外気に晒される運命にある。

 必然的にほつれ、すぐにざらつくのが常なのだが……このローブはほつれどころか、小さな繊維すらも全く毛羽立っていない。

 やはりというか、相当な高級品だ。


「そういえば、この服はなんで再生するんだ?」

「クレストさんが作ってくれたモノなんです。私が着ている限り、壊れたり破れたりしても元通りになります」

「なるほど」


 〝文学の魔女〟クレスト。

 彼女は自らの魔力をモノに封じ込める――いわゆる魔道具の製造を得意としていたらしい。

 つまりリーフの着ているものは衣服ではなく、クレスト特製の魔道具という訳だ。


「それよりどうですか? 膝枕」

「ああ。すごく気持ちいい」


 ほどよい柔らかさと暖かさ、そして何より高さが絶妙にいい。


「このまま、寝ちまいそうだ……」

「寝ちゃってもいいですよ」


 ぴと、とリーフが額に手を置いた。

 そのまま上に滑るように、髪を優しく撫でてくれる。


「……そういう、わけに、は……」


 これ以上はやばい。

 本当に寝てしまう。

 もう十分、休ませてもらった。

 退こうとしたが、身体が言うことを効かない。


 俺の心の奥底が、まだこの暖かさに浸りたいと求めていた。


「おやすみなさい」

「……」


 リーフの言葉が耳に届く前に、俺の意識は消失した。

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