第16話「横取り」
「どうしてですか?」
俺の提案に、リーフは首を傾げた。
「ドラゴンがいるせいで絶景を見られないのに、ドラゴンを助ける……???」
「まあ聞いてくれ」
〝精霊の霊峰〟は険しい高山だ。
ドラゴンがいてもいなくても、絶景を阻むものは多い。
高山病、傾斜、移り変わりの激しい天気……などなど、挙げればキリがない。
俺は未経験ではないが、登山に関しては素人に毛が生えた程度。
どれだけ高価な装備を用意しようと、登頂はかなり難しい。
考えていた策が、リーフに背負ってもらう、というものだ。
ドラゴンが寝静まった夜に山を登り、朝はじっと息を殺して大人しくする。
高山病や寒さはリーフの治癒でなんとかしてもらう。
「――とまあ、そうやって登頂しようと考えていたんだ」
「エルバさんは元々ドラゴンを倒す気はなかったんですね」
「ああ。町が潰れるからな」
ドルトンに着くまでに話そうと思っていた作戦をかいつまんで話す。
ふむふむ、と納得したのも束の間、リーフは再び首を傾げた。
「それとあのドラゴンを助けることと、どういう関係があるんですか?」
「俺たちの旅を手伝ってもらえないかと思ったんだ」
ドラゴンは総じて知能が高い。
怪我を治した相手に恩義を感じてくれるはずだ。
個体によっては人語すら理解していると聞くし、説得も可能かもしれない。
理想は〝精霊の霊峰〟まで連れて行ってもらうことだが、ドルトンの前まで送ってもらえるだけでも十分な時間短縮になる。
人間相手に治癒術を使うことは情報漏洩の可能性があるため躊躇われるが、ドラゴンから情報を引き出そうという相手もいないだろう。
「わかりました。そういうことなら助けましょう!」
「ありがとう。急いでドラゴンを追いかけよう」
▼
ドラゴンの姿は話の途中で空からいなくなっていたが、おおよその方角に走ると比較的簡単に見つけられた。
「……!」
怪我を負ってもなお王者の威厳を失わない迫力に、思わず俺は足を震わせた。
その隣を、リーフが何の気負いもなく通り過ぎる。
「いたいた。じゃあ、治療しま――」
ごう、と音がして、リーフが炎に包まれ焼失した。
「――すね。エルバさんはここにいてください」
すぐに再生を果たし、何事もなかったかのように続きから話す。
「そこのドラゴンさん。ちょっと傷を見」
焼失。
再生。
「せてください。大丈」
焼失。
再生。
「夫です。私はあなたの」
焼失。
再生。
「敵じゃありませんよー」
焼いても焼いてもすぐに復活するリーフに、ドラゴンが明らかに狼狽している。
「お腹が裂けてるんですね。傷が浅くて良かったです。これならすぐに治せます」
十分に近づいたリーフを、今度は大きな顎でかみ砕く。
「――うん、口の中は怪我してませんね」
がちん! と閉じたドラゴンの
『……!?』
ドラゴンは混乱し、リーフを口に収めたまま炎を吐いた。
それをまともに喰らったリーフが、爆風と共に俺の隣まで吹き飛ぶ。
余すところなく炭化したはずの身体が、瞬きの間にもう元に戻っていた。
……本当に、何度見ても驚異的な再生能力だ。
「エルバさん。あの子、暴れて治す暇がありません」
「まず防御をしてくれ」
「……あ、忘れていました」
あれだけ派手に攻撃を喰らって怒りやしないかと心配していたが、自分への攻撃には全く頓着していない。
「少し、俺に任せてくれないか」
「わかりました」
震える足を前に出し、俺はドラゴンに語りかけた。
「人間の言葉は分かるか? 俺たちは敵じゃない。あんたを助けに来た」
『……』
ドラゴンの瞳には理性の光が宿っている。
俺は理解できている前提で話を続けた。
「この子はどんな傷でも治す術が使える。見てくれ、あんたの攻撃をあれだけ喰らったのにもう治っているだろう?」
『……』
「そして、その気になればあんたを殺す力も持っている」
『……』
「だが俺達はあんたを傷つけるつもりはない。今も攻撃していないことがその証拠だ」
『……』
「ただで治療する訳じゃない。ギブアンドテイクだ。怪我を治したら、俺たちをあんたの住処まで連れて行ってほしい。〝精霊の霊峰〟に登りたいんだ」
『……』
ドラゴンは微動だにしない。
真意を探るように、じぃ……と俺を見ている。
恐ろしい外見をしているが、意思の疎通ができるのなら怖がる必要なんてない。
そう思うと、足の震えは自然に止まっていた。
(今の説得で無理なら、もうひと押し……!)
続けて交渉のカードを切ろうとすると、ドラゴンが視線を、ふい、と逸らした。
重たげな身体を倒し、血が流れ続ける腹をこちらに向ける。
「死んじゃったんですか?」
「いや……交渉成功、したんだと思う」
「おお、すごいですエルバさん!」
成功というか……どちらかというと「好きにしろ」といった諦めの意味合いが強い気がしたが、まあいいだろう。
「リーフ、頼む」
「はーい」
リーフが傷の治療に向かったと同時に、後ろの茂みから声がした。
「なんだテメェ?」
「俺らの獲物を横取りする気か!?」
銀等級の証を胸にぶら下げた冒険者が複数人、姿を現した。
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