第17話「ギブアンドテイク」
銀等級の冒険者は全員で四人。
彼らは荒々しい言葉遣いで俺を威嚇してきた。
「おいおっさん! そこのドラゴンは俺たちが先に見つけたんだぞ! 横取りするんじゃねえ!」
「……あの傷は、お前らの仕業か?」
ドラゴンの討伐には金等級以上のパーティが推奨されている。
まかり間違っても、銀等級――しかもたった四人のパーティで追い詰められる相手じゃない。
「いんや。致命傷を負わせたのは別のドラゴンだ」
「例の、他所からやって来たというやつか?」
「おっさん、なかなか耳が早いじゃねえか」
ふん、と冒険者は鼻を鳴らした。
「俺たちはドラゴン討伐隊に参加していたんだが、途中でそこのやつが逃げるところを見たんだ」
「死にかけのドラゴンなんてそうそうお目にかかれる獲物じゃねえ」
ドラゴンは無駄になる部位がほとんどない。
皮は頑丈な防具に、骨は剛性のある武器に、そして鱗は魔法の触媒に、肉は極上の料理に、内臓は各種秘薬の材料になる。
さらに、ドラゴンを討伐したという称号も冒険者にとっては強力な実績となる。
以降の仕事もかなりやりやすくなるだろう。
彼らにとってあのドラゴンはまさに「おいしい獲物」という訳だ。
「一匹仕留めるだけでも数年は遊んで暮らせる金になる。あんたに恨みはねえが、邪魔をするっていうなら手荒な真似をすることになるぜ」
「手負いにしてもらったドラゴンを狙うお前らこそ『横取り』になるんじゃないのか?」
「うるせー! ドラゴンがンなコト気にする訳ねーだろうが!」
こいつら、完全に金に目が眩んでいる。
まともな話し合いは不可能だ。
(瀕死のドラゴンの方がよっぽど話が通じるぞ……)
嘆息しながら、思案する。
こいつらを追い払えればかっこいいが、俺にそんな芸当は無理だ。
欲に塗れているとはいえ、相手は銀等級。
俺ごとき、瞬殺だろう。
俺ができることといえば、
ちらり、と後ろを見やると、ドラゴンの前で膝を折っていたリーフが立ち上がるところだった。
(終わった……のか?)
相当、深い傷だったはずだ。
こちらへ振り向くリーフに「無事に治癒は終わったか」と、意志を込めた目配せをする。
「?」
リーフは俺の意思を理解してくれず、何故かにこやかに手を振った。
……アイコンタクトのやり方も教えたほうがいいかもしれない。
「おいおっさん! 話の途中でなに顔を逸らしてやがる」
「ああ、悪い。ちょっと確認してたんだ」
俺は両手を上げ、一歩、脇にずれる。
――情けない限りだが、荒事はリーフに任せるしかない。
「悪いが俺
「へ。ならさっさとそこを退きやがぶほぉ!?」
わざわざ横に退いた俺へ、冒険者は剣の柄を当てようとしてきた。
迫り来る冒険者の頬に、背後から伸びてきたリーフの拳が突き刺さる。
「なにしやがんだごるあぁぁぁ!」
「それはこっちのセリフです」
再び斬りかかって来た冒険者の剣を、リーフは素手で受け止めた。
みし、と金属が悲鳴を上げる音を立て、冒険者の剣が真っ二つに折れる。
「ひっ!? な、なんだこいつ!?」
「エルバさんを傷つけないでください」
それから先は……まあ、なんというか、一方的な蹂躙が行われた。
リーフは俺との約束を守り、誰も殺さなかった。
彼女的には十分に加減したようだが、それでも剣が折れたり鎧が砕けたりしてしまったが……まあ、仕方ない。
「銀等級っていうヒトたちは、私たちの邪魔しかしないんですか?」
地面に転がした冒険者たちを一瞥して、リーフは眉をハの字にした。
先日、俺たちに絡んできた冒険者も銀等級。
彼女がそう思うのも無理はない。
「運が悪かっただけだ」
銀等級は一番当たり外れが大きい等級と言われている。
その上の金等級になるには実力はもちろん、人格や知識面も評価に入るためだ。
腕っ節しかないゴロツキ上がりの冒険者は銀等級に一生留まることになる。
「そうなんですか?」
「ああ。銀等級でもいい奴はたくさんいる」
たまたま悪い奴らと連続で遭遇しただけ。
……いや、こいつらだって金に目が眩んでいなければ、それほど悪い奴らじゃないのかもしれない。
金は人を狂わせる魔力を持っている。
どんなに良い奴でも、金次第で悪魔になることだってできる。
旅の中で俺は、そういった場面を何度も見てきた。
「それよりドラゴンは?」
「すっかり治りましたよ」
振り返ると、ドラゴンがゆっくりと起き上がっていた。
あれだけ深く開いていた腹の傷は、もうどこにもない。
「具合はどうだ?」
『……』
「こっちは約束を果たしたぞ」
それだけ言って、催促はしなかった。
作戦が失敗しても、通常の行程を進むだけの話だ。
『……』
ドラゴンはゆっくりと鎌首をもたげ、俺が背負っている旅行鞄をぱくりと加え――持ち上げた。
「ちょっと、エルバさんに何するんですか!」
「リーフ待て! 大丈夫だ」
ドラゴンは俺を背中に優しく乗せてくれた。
「連れて行ってくれるのか?」
『……』
ドラゴンは人間ほど高度な発声器官を持たない。
そのため、視線で意思を感じる他ない。
言葉は交わさなくとも、ドラゴンの意思は――なんとなくだが――伝わった。
次にドラゴンはリーフをぱくりと加え――ぽん、と放り投げた。
「わー」
「リーフ!」
背中に落ちてきた彼女を反射的に受け止める。
というか、下敷きになる。
「ごめんなさいエルバさん。重かったですよね」
「いいや……なんの、これしき」
慌てて飛びのくリーフに、俺は精一杯の強がりを放った。
かっこよく女の子を受け止めるヒーローにはなれない。
そんな現実を、まざまざと見せつけられたようだ。
というかドラゴン、リーフの扱いが適当過ぎやしないか?
ばさ、とドラゴンが翼をはためかせた。
数回の羽ばたきで、巨体が宙に浮いていく。
ゆっくりと旋回し、ドルトンの方角へと飛行を開始する。
「作戦成功ですね。さすがエルバさんです!」
「いや。リーフがいたからこそできた作戦だ」
「私、お役に立てましたか?」
「立てているどころか、大活躍だよ」
俺はリーフの肩に手を置き、親指を立てた。
「この調子で頼むぞ、相棒」
「――!」
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