第18話「意思疎通の難しさ」
空の旅は「快適」の一言に尽きた。
振り落とされそうになるかもと思っていたが、全くそんなことはない。
背中は水平に保たれ、立っていても問題ないほどの安定感だ。
青みがかった鱗が硬いので、長時間座っていると尻が痛くなる心配があるくらいだ。
車輪の調整を全くしていない乗合馬車と比べれば、それも全然マシと言えた。
「なかなかいい眺めだな」
「はい」
リーフは膝をつき、高速で流れる風景を楽しんでいた。
彼女の視線の先には、本来進むはずだった街道がある。
「こうして空を飛ぶのもいいですけど、あの道をのんびり歩いてみたかったですね」
「どの道、帰りはあっちを歩くことになる」
「あ、そっか」
ドラゴンに頼んだのは行きだけだ。
帰りまで乗せてもらうつもりはない。
山道を短縮できれば万々歳、ドルトンまで送ってもらうだけでも十分すぎる。
完全に偶然だが、食糧を少なめにしておいてよかった。
「そういえば、あんまり風が来ないですね」
ひとしきり眼下の景色を楽しんだ後、ふいにリーフは首を傾げた。
「昔、空の上へ行ったときは風がもっとびゅーびゅー吹いていたんですけど」
「ドラゴンが風の魔法を使っているんだ」
ドラゴンの重さは数トンにも及ぶ。
その巨体を浮かすためには、翼だけでは不十分――というか、絶対に無理だ(詳しい理由までは知らないが、学者の研究によるとそうらしい)
ドラゴンが空を自由に飛び回れるのは、風の魔法を自在に操れるからに他ならない。
その力を使い、背中に乗っている俺たちに風が来ないように調整してくれているのだろう。
なかなかに気が回るドラゴンだ。
「ありがとな」
『……』
俺が背中を撫でると、返事の代わりに、ぐるる……とドラゴンの喉が鳴った。
「というかリーフ、空を飛べるのか?」
「いえ。クレストさんの実験に付き合ったんです」
〝文学の魔女〟クレスト。
リーフの昔話にたびたび登場する人物だ。
「空を飛ぶ魔法の実験……ということか?」
「瞬間移動の魔法でヒトをどこまで飛ばせるか、っていう実験です。それで雲の上まで飛ばされて――落ちました」
「実験台にされてないか?」
いえいえ、と、思い出を語るようにリーフは頬に手を当てた。
「お友達に『キミにしか頼めないんだ』って言われたら、協力するしかないですよね」
「本当に友達なんだよな!?
「違いますよー。クレストさんはお友達です」
「……」
雲の上には黒い海が広がっている――という話を楽しそうにするリーフを
クレスト……リーフの優しさにつけ込んで自らの実験欲を満たすやばい奴なのでは? と。
▼
ドラゴンは休むことなく一日中飛び続けた。
目的地まではまだ距離があるが、すでに〝精霊の霊峰〟の姿は見えている。
「疲れてないか?」
『……』
「無理はしないでくれ。休憩したいならしていいんだぞ」
『……』
無視された。
急いでいる……というより、焦っている様子だ。
〝精霊の霊峰〟を横取りしようとしたドラゴンは一頭と聞いている。
対して、元々住んでいたドラゴンは十頭ほど。
十対一なら多勢に無勢で、もう決着がついているはずだ。
もちろん、現住しているドラゴンの勝利で。
そうではないと考えるなら――侵入してきたドラゴンは、相当強力な個体なのかもしれない。
「仲間が心配なのか?」
『……』
俺の質問に、やはりドラゴンは答えなかった。
▼
その後も飛び続けること半日。
ドルトンの姿が見えてきた。
「エルバさん、町です!」
「暴れたら落ちるぞ」
端っこではしゃぐリーフをなだめながら、俺は双眼鏡を取り出した。
例の、侵入してきたドラゴンの様子を伺う。
青みがかった鱗のドラゴンに混ざり、一匹だけ色合いの違う個体をすぐに発見できた。
太陽の光を反射しない、漆黒の鱗を持つドラゴン。
体躯は他のドラゴンよりも二回りほど大きく、凶暴に唸る歯の隙間からは黒煙が上がっている。
充血した赤い瞳には理性の欠片も見えなかった。
「……ブラックドラゴンだ」
「ぶらっくどらごん?」
俺の言葉を、リーフがオウム返しに呟く。
「火山地帯にしかいないはずの個体なんだが、どうしてこんなところに……?」
厳しい環境に適応した結果、ブラックドラゴンは他のどのドラゴン種よりも強靭な肉体を持っている。
〝精霊の霊峰〟に住み着いているドラゴンも人間にとってはもちろん脅威だが――ブラックドラゴンの危険度を考えれば比ではない。
数で圧倒していようが、負ける。
既に〝精霊の霊峰〟周辺は火の海に変貌していた。
ドラゴンの領域も、人間の領域も、等しく炎に包まれている。
「参ったな。あいつがいる限り、登山どころじゃないぞ」
「じゃあ、やっつけてきますね」
俺が何気なく呟いた独り言に、リーフは立ち上がった。
「え? ま、待てリーフ、今のはそういう意味じゃ――」
確かに、彼女に退治してもらう方法が一番手っ取り早い。
しかし、ブラックドラゴンの動向はドルトンの人間たちも注視している。
そんなところに乱入したら、〝種子の魔女〟の存在が皆にバレてしまう……!
慌てて止める俺に、リーフは緑色の髪をなびかせながら親指を立てた。
「大丈夫です! 私はエルバさんの『相棒』ですから! 何をして欲しいかなんて、手に取るように分かっちゃいます!」
とん、と。
軽やかに、リーフはドラゴンの背中から飛んだ。
「全然、分かってないぃぃぃ!」
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