第15話「不意の遭遇」

「何かあったのか?」

「別の地方からドラゴンが流れてきたらしくてな。そいつと元々住んでいたドラゴン同士での縄張り争いをしている」


 以前説明したように、ドラゴンは縄張り意識が強い。

 取るに足らない人間相手ですら気を立たせるのだから、同種族ならなおさらだ。


「そのとばっちりが人間の領域にまで来ている、と」

「ああ。郊外の畑がいくつか焼け野原にされたらしい」


 ドルトンの町郊外の畑は絶景には及ばないものの、一度は見ておきたい美しい風景と聞いていた。

 収穫直前になると実った小麦が夕日に照らされ、一面が黄金の絨毯のように見えるのだとか。

 折しも、今がちょうどその時期なのだ。

 折角ならそっちも見ておきたかったんだが……残念だ。


「縄張り争いはかなり長期化している。それにキレた町長がいま、討伐隊を組んでいる」

「正気か?」


 ドラゴンによる被害は天災扱いとされている。

 被害に遭っても、絶対に報復してはならない――当事者にとっては悔しいことだが、そのくらい人間とドラゴンの間には埋められない溝がある。

 群れを追われて傷ついたドラゴンに止めを刺す、くらいなら分かるが、縄張り争いの真っ最中に人を投下するなど馬鹿げている。

 下手をすれば、双方のドラゴンの矛先が人間に向かう。


「だから行くな、って言ってんだよ。さとい奴らは次々と荷物をまとめて逃げる準備をしている。今あの町に集まっているのは命知らずの馬鹿ばかりだ」


 話は終わりだと言わんばかりに、情報屋は席を立った。


「必要な情報モノは渡した。あとはてめぇで勝手に決めろ」



 ▼


「さて、どうしたもんかね……」


 俺は頭を掻きながら街道を進む。

 一応、ドルトンへ向かってはいるものの、頭の中では警鐘が鳴りっぱなしだ。


 情報屋の話を裏付けるように、さっきからやけにドルトン側から来る馬車とすれ違っている。


「どうしたんですか、エルバさん」


 悩む俺の顔を、ひょこ、とリーフが覗き込んでくる。

 膝をぺちぺちと叩きながら、


「すごく難しい顔をしてます。膝枕しますか?」

「いや、いい。聞いたろ。ドラゴンが暴れてるって」

「? はい」


 ドラゴンが暴れている。

 この言葉を聞いて、なお危機感のない顔ができるのは彼女くらいだろう。

 ……いや、彼女のような存在があと四人、大陸のどこかで眠っているのか。

 俺は改めて世界の広さを思い知った。


「ドラゴンが一匹増えたなら平気ですよ。もともと巣を潰す予定でしたし」


 リーフは見る者に癒しを与える微笑みを浮かべながら、とんでもなく恐ろしいことを口にした。

 あまりの落差に眩暈を覚える。


 ドラゴンの巣を潰す。

 リーフの能力を疑う余地のなくなった今、それが誇大妄想でないことは明らかだ。

 では、それを実行させていいのだろうか?


 答えはもちろん、否だ。


 ドルトンの町は、ドラゴンを利用した観光が盛んだ。

 縄張りを超えない限り襲ってこないという性質を利用して、大きな望遠鏡でドラゴンの生態を観察して旅行者を楽しませている。

 〝精霊の霊峰〟に行けなくなり収入が激減した観光ギルドが苦肉の末に生み出したものだが、今ではドルトンの町の主要産業の一つになっている。


 ドラゴンの巣を潰すということは、ドルトンの町の経済を破壊することと同義だ。


 俺も絵描きのはしくれ。

 最強の護衛を伴って安全に絶景を見て回れるという喜びはあるが、そのせいで町一つが潰れるというのはあまりにも寝覚めが悪い。


「なあリーフ。提案なんだが――」

「……エルバさん」


 リーフの、くりくりとした緑色の瞳が、俺の頭を通り超えた先の何かを捉えた。

 細い指でそちらを指し示す。


「あれ、ドラゴンじゃないですか?」

「なに?」


 振り返り、同じ方向を見上げると。

 そこには、一匹のドラゴンが空を飛んでいる姿が見えた。


「!」


 俺は反射的に木の茂みに飛び込んだ。

 そんなことをしてもドラゴンには全く無意味だが、動物的な本能がとにかく身を隠せ、逃げろと叫んでいた。


「エルバさん、大丈夫ですよー。こっちの方向見てませんから」

「そ、そうか」


 リーフに諭され、俺は茂みから顔を出す。

 頭を振ると、飛び込んだ際に付いたらしい葉が頭からはらりと落ちた。

 恥ずかしいところを彼女に見せてしまったが、それも今更かと開き直る。


「……やけにふらふらしてるな」


 恐怖心に身体を慣れさせてから、改めてドラゴンを見上げる。

 よく見ると、随分と不安定な飛び方をしていた。

 まるで空の飛び方を初めて知った小鳥のようだ。

 その姿は最強の魔獣とは程遠く、酷く弱々しい。


 俺は双眼鏡を取り出し、ドラゴンをより細かく観察した。


「怪我をしている」


 かなり手酷い傷を負っており、翼をはためかせる度に血が零れている。

 どんどん高度も下がっている。

 あのままでは遠からず、森の中に落下するだろう。


 例の、縄張り争いをしているドラゴンにやられて逃げてきたのだろうか。


「丁度いいですね。ここで一匹減らしておきましょう」

「……いや、ちょっと待ってくれ」


 追いかけて止めを刺そうとするリーフの肩を掴み、俺は彼女に耳打ちした。


「あのドラゴン、治療してやってくれないか」

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