第1話 愛

狂った野郎がどれ程愚かなのか、考えた事があるだろうか。


そいつらは自分の罪に対する自覚を持たず、ただ快楽の為に人を殺し、自分に慢心して死体の処理をする。


その為、快楽殺人犯は意外とすんなり捕まるものだ。


では次に、何故彼らはそんな行動をとったのか考えた事はあるだろうか。


犯罪者の思考は理解出来ないと、最初から切り捨てる愚かな人間になってはいないだろうな。


殺人とセックスは表裏一体だ。


想像してみろ。


美しい卵の様な素肌にナイフがゆっくりと深くめり込み、真っ赤な水飴が素肌を伝う様を。


まさにその行為は、ソレの挿入と全く同じ快感。


何度も何度も刺せば、ピストン運動をしているかの様に息は荒くなる。


乱れるシーツ、もがく手足。


歪む顔、どれもが艶めいて色っぽく、イヤラシイ。


悲鳴は喘ぎ声。


血は精液。


血が盛大に飛び散れば、さぞお相手も気持ちがいいのだろうと思わないか。


だから共に彼らも絶頂を迎える。


何もおかしな事はない、ただの生理現象だ。


ほら、何故彼らは逮捕されているのか、違和感を覚えないか。


どちらが狂った奴なのか、分からなくなって来ないか。


だが、どんなにそれを伝えたところで、人を実際に殺めてしまえば、理解のない大人の手によって犯罪者として収容されてしまうのもまた事実。


いや、常識という洗脳を植え込む為に、精神病院に閉じ込められてしまう可能性もあるだろう。


屈辱的な末路だ。


それだけはあってはならない。


俺は、これ以上自由を奪わせるつもりない。








「リバーシ、どうした?」



虚空を眺めて居ると、突如、誰かの声が聞こえて我に帰る。


机と椅子が理路整然りろせいぜんと並べられており、同年代の男女で溢れかえる空間。


正面の壁には緑色の黒板と、その右横にやたらと大きなテレビが置かれ、教卓にはプリントが山積みになっていた。


つまりここは学校で、俺はこの学校の生徒。


そして、今自分が座っている机の上には折りたたみ式のオセロゲームが広げられており、色はほぼ白に染まっている。


「……これ、次の一手で全部白だぞ」


「煩いな、分かってるよ!

もう早く終わらせてくれー」


対面にいる男は半泣きで俺にすがりつく。


真っ黒なツヤのあるショートヘアーはワックスで綺麗に整えられ、校則違反であるはずの赤いピアスを片耳に二つ付けている同級生の男子。


それに加えて、そいつの冬服の黒いブレザーは着崩され、カラフルなインナーが見え隠れしていた。


あぁ、そうか、思い出した。


俺はこのチャラ男と宿題を賭けに、今こうしていたのだった。


「悪いな」


心にもない謝罪を口にし、哀れなその男の希望通り最後の黒を白く浸食させる。


さて、コレでゲームは終了だ。


「お前、リバーシに賭けゲームなんて良くそんな無謀に挑めたな」


成り行きを近くで見ていた背の高いクラスメートが、この状況を見て俺の対戦相手を哀れな表情で覗き込んで来た。


彼はチャラ男と違い、制服や見た目に遊びはなく、いかにも好青年という感じだが、意外な事にこのチャラ男と仲が良い。


だからこそ、かなり砕けた口調でチャラ男に口出しをしていたが、チャラ男もそれに負けじと食い下がった。


「いや、もしかすると俺に神が舞い降りる可能性だってあるじゃないか!」


「頭も顔もリバーシより遥かに劣る存在が、良く恥の上塗りが出来るもんだな。ここまで来たら尊敬するよ」


「顔は悪くないぞ。リバーシが良すぎるんだ、比べるな!」


腐れ縁という奴だろうか。


毒のある嫌味を言われているのにも関わらず、そこに全くの不快感はない。


それが当たり前であるかのような、ごく自然なやり取り。


つまりは、俺にはない絆をコイツらは持って居るのだ。


「じゃあ、俺の分の宿題を頼んだよ」


まだ言い合うふたりを後に、俺は荷物をまとめて立ち上がる。


要件は終わった。


これ以上ここに居ても、何の生産性も生まれないだろう。


だがまあ、分かりきった問題を解く必要がなくなったのは嬉しい限りだ。


ふたりに笑顔で手を振ると、俺はそのまま教室の扉を開いた。




外に出るとまだ夕日で明るい為、フードを深く被りサングラスをかける。


そして静かな住宅街へと足を踏み込んだ。


さて、帰ったらまずは洗濯と風呂掃除をして……そうだ、今日は待ちに待った母さんに料理を食べさせてあげる日だった。


きっと、今日こそ褒めてもらえるはずだろう。


そう思いながら二階建ての在り来たりな一軒家にたどり着くと、鍵を取り出して玄関を開ける。


「ただいま」


言葉に返してくれる声はなく、薄暗い廊下を歩きながらフードを外し、赤いネクタイを緩めて洗面台へと向かった。


途中客間のソファーに目を向けると、そこには正面にあるテレビを見ている父の後姿。


「父さん、ただいま」


声をかけたが、勿論父はこちらに反応しない。


いつもの事だ。


気にせずそのまま洗面台に向かうと、サングラスを取り、顔を洗って再度自分の顔を鏡でまじまじと見る。


病的に白い肌に、色を与えられなかった哀れな白い髪、それを恨んだかのような呪われた赤い瞳。


アイツらは、こんな俺の容姿の何処がかっこいいなどといえるだろうか。


父も、母も、こんな俺を人間として扱ってはくれなかった。


俺はアルビノ。


遺伝子疾患に起因する先天性白皮症せんてんせいはくひしょう


つまり、色を生成できない突然変異の個体なのだ。


この身体は光に弱く、まるで物語に登場する吸血鬼の様な生活を余儀なくされる。


人間が手に入れる当たり前の自由を奪われ、暗闇と共に過ごす事を定められた運命。


憎い。


全ては、こんな体にした両親のせいだ。


憎い。


憎い、憎い、憎い、憎い。


だが、その考えは誤りであると、最近気づかされた。


この世に存在出来たのも親のおかげであり、俺の今があるのもその両親のおかげ。


奇跡が重なり、生かされた感謝は大きい。


加えて思考する自由を与えられ、学校に行かせてもらえ、知識を蓄える事もできた。


つまり、考え方次第でこの世界はどうにでもなると言う事なのだ。


洗面台の横にある洗濯機を回し、そこから離れると父のいる客間に入り、側に設置されている台所へと向かう。


そして、早速鍋の中のシチューをグツグツと煮込み直すと、皿によそい、食卓のテーブルに並べた。


コレで準備は完了だ。


「母さんを呼んで来るね」


反応をしない父に一応の断りを入れて、母のいる2階の寝室へと向かう。


廊下の隅にある扉につけられた鍵を外して扉を開くと、中は窓は塞がれ、小さな明かりも許さない暗黒の空間に一筋の光が差し込む。


「母さん、ご飯だよ」


そう声をかけると、暗闇の奥から這いつくばり、こちらに近づいてくる音が聞こえた。


良かった、間に合った。


「ほら、母さん。自分の足で立たないと」


そんな暗闇から姿を現した母の姿は、ほぼ骨と皮だけで構成されており、シワがない場所など眼球だけだと思う程、老ぼれて見える。


そんな母は俺の体にしがみつき、必死に何かを問いかけるが、乾いた口では何をいっているのか殆ど聞き取れない。


だが、俺は母の声などなくても、母のいいたい事が全て理解できた。


「洗濯機はちゃんと回してるよ。掃除もしてるよ。学校でも上手くやってるよ。成績は落ちてないよ。薬だって飲んでるし、きっちりクリームも塗ってるよ。父さんは相変わらずテレビを見てるよ」


神経質な母はいつもコレらを気にかけている。


だからこそ直ぐに必要な報告事項を告げたのだが、母の顔は依然納得した様子を見せてくれない。


本当に、この人はどれだけ俺を苦しめたら気がすむのだろうか。


まあ、いい。


それも、あと少しで終わる。


「今日は母さんの為にご飯を作ったんだ。母さんの大好きなシチューだからきっと気に入ってくれる筈だよ」


俺はそういって母を支えながら階段を降りた。





食卓につくと、母を椅子に座らせて水を手渡す。


母はそんな俺が珍しいのか、驚いた表情で俺とシチューを何度も見直していた。


「ほら、最近は全く食事をしていないからね。

それに俺、本当に母さんには感謝しているんだ。

だから、頑張って作ったんだよ?」


こんな形でも、俺の母はこの人しかいない。


ならば、しっかりと親孝行をしてあげないとダメだろう。


「ごめんね、こんな形でしか感謝を示されなくて」


俺がそう言うと、母は水を一口飲んだ後にシチューをゆっくりと口に入れた。


それと同時に、母の目からは微かに涙が流れ落ちる。


余程シチューが美味しかったのだろうか。


だがそれも当たり前だ、コレは母の為にだけ作られたシチューなのだから。


「泣いたら体がますます乾いちゃうよ。ほら、ゆっくり食べて、おかわりもあるからね」


そう言うと、母は微かな笑みを浮かべた。


良かった、母さんの機嫌が治った。


食べるスピードはかなり遅かったが、量はそれなりに何回かおかわりを済ませ、3時間ほど掛かってようやくひと段落した頃、母が此方に全く反応をしない父を見て不安げに首を傾げた。


「あぁ、父さんはご飯を食べないよ?」


そう答えると、母は俺の顔を見る。


理由が気になるその純粋な瞳は、まるで子供のように綺麗でけがれがない。


良く仕上がっている。


そんな母の頭をゆっくりと撫でると、空になった食器を片付けて台所に向かった。


ふと、父の後ろを通った時。


無意識に肘が座っている父の肩に当たる。


「あ、ごめん」


触れた小さな衝撃で父の頭はこちらを向き、そのまま俺の足元に転がり落ちる。


その姿を見た瞬間、母の顔はみるみると青ざめていった。


これはまずい。


せっかくあれだけ食べさせたのだ。


吐き出される訳にはいかない。


慌てて準備しておいたロープを取り出し、母の後ろへと回ると、首に巻きつけて勢いよく縛り上げる。


もがく母は、俺の手を強く引っ掻く。



血が滲み、ロープに俺の血が染み込む。


痛い、痒い。


だが、勿論それで力を緩める訳にはいかず、更に強く、強く縛り上げて行く。


そして、力が限界に到達したその時


《ゴキッ》



という鈍い音と共に、母は漸く静けさを取り戻した。


久々の体力作業に息は荒くなり、その場に崩れ落ちる。


コレは予想外の重労働だ。


ズボンのポケットにある薬を口に含み、母の残した水でその薬を流し込むと、大きく深呼吸をした。




さて、これでようやく、人生最初で最後の親孝行が出来る。


呼吸が安定すると、ゆっくりと立ち上がり、母の意識を確認する。


よし、間違いなく死んでいる。


「母さんは父さんの事が大好きで、いつも俺の言葉より父さんの言葉を信じていたよね」


動かない母に問いかけながら、そのまま椅子から引きずり下ろして床に寝かせる。


体はまだ暖かい。


さて、死後硬直が始まる前に、急いで作業を済ませないと。


冷蔵庫を開けて、大量の細切れにされた肉を取り出すと直ぐに母の口に手を突っ込む。


ヌルヌルとした中に、ザラつきや骨の硬い部分が当たり、思うように奥まで入りづらいが、何とか喉を拡張し、邪魔な舌を包丁で切り落とす。


次に、ラップの芯を口から可能な限り奥深くまで差し込み、芯の空洞部分に肉を詰め込むと、強制的に母の体内に入れる作業へと移った。


母がより満足してくれる為には、この肉の量に掛かっている。



もっと、もっと、もっと、もっと。



限界まで詰め込むと、口をガムテープで何回も巻いて、決して肉が溢れないようにする。


「出来た!」


我ながら良い出来栄えじゃないか。


これで、母の理想の姿は完成したといえるだろう。


なんて平和な世界なんだ。






「もう、父さんと離れる事はないね」






俺はそういうと、先程落ちた父の頭蓋骨を拾い上げた。


このように、自由を奪われる事に恐怖した俺が、何故今回両親の殺害に及んだのか。


理由は単純だ。


そもそも俺には自由がなかったのだ。


殺すことで奪われる自由がないならば、殺すことで自由を手に入れればいい。


奴らはこれまで自由に生きてきた。


今度は俺が自由に生きても良いじゃないか。


だが、そう思っていながらも俺は、両親のような外道にだけは、なりたくなかった。


だからこそ、こうして最大の愛を最後に贈ることにしたのだ。




さて、気を取り戻して次は後始末に入ろうか。


残ったシチューをトイレに流し、余った肉を台所で再度細切れにする。


そして、その肉もトイレに詰まらない様に少しづつ流していった。


すべての肉を流し終えたら、気が緩んだ為か、先程引っ掻かれた両腕が痛み始める。


傷口を洗い、軽い応急処置を済ませて、部屋の掃除を始める。



それから、いったい何時間作業をしていたのだろうか。


外は暗闇に包まれ、もう人の気配すらない事に気づいた。


「よし、後の問題は母さんと父さんの骨を何処に埋めるかだ」


腹が張り裂けんばかりに膨れ上がった母の死体と、布団に骨を入れて、それをぐるぐる巻きにして服を着せた父の人形。


このままでは場所も取り、母の場合確実に臭くなる。


そうだ、せっかくの自由を手に入れた記念に父と母の骨の一部は保存しておこう。


父の骨は布団の中から小さいパーツを取り出し、母は指を包丁で切り、丁寧に肉を削いでいく。


そして、その2つを小さな木箱の中に白い布を敷いてきれいに並べた。


木箱の中、その骨はまるで宝石のように輝き、そこで初めて価値が生まれる。


そうだ、今の俺は人生の中でも一番幸福な瞬間を味わっている。

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