第5話 恋人

翌日学校に登校し、いつものようにホームルームを迎えると、そこで3人の生徒が昨夜から行方不明である事が知らされた。


俺達のクラスメートである女子ふたりは、学校の後、家には帰っておらず、他のクラスの男子生徒ひとりは、夜中に忽然と姿を消したという。


現在は警察も捜索に当たっているらしく、このホームルームでも、教師はこの3人の足取りを知る人が居ないか尋ねて来た。


だが、勿論ソレに応える生徒は居ない。


「え、あのふたりって前回いじめ問題のふたりだよね」


「もしかして、その男子も何か関係あるのかな?」


「何かその男子、いじめられてた子の事が好きだったらしいよ」


「マジ? それでもうひとりがその男子の事好きだったら泥沼じゃん」


それから生徒は口々に3人の事を噂し始め、昼過ぎにはこの三角関係の事実は学内全体に知れ渡った。


皆、何かしらの刺激を求めていたのだろう。


駆け落ち、家出、様々な憶測が飛び交い、学内が賑わう。




だが、その状況を全く楽しめないでいる生徒がいた。


ノッポだ。


彼は、その話題の中に混ざろうとせず、ソレでありながらホームルーム以降何故か険しい表情をしている。


「どうしたんだ?」


そう問いかけると、ノッポは俺に気づき少し驚いたような表情を見せた。


「リバーシはこの行方不明事件をどう思う?」


「どうって、皆が言うみたいに家出じゃないの?」


「実はさ、俺一昨日彼女と会話する機会があったんだ」


「……え?」


ノッポのこの含んだ言い方、もしや何か知っているのか。


緩んでいた気が一気に引き締まる。


「彼女は何て?」


「もしかしたら、仲直り出来るかもしれないと嬉しげに話していたんだ」


「つまりは、和解をする予定があったと」


「あぁ、だが結果はこの行方不明だ」


「単純に和解できなかったんじゃないのか?」


「まぁそう考えれば辻褄は合うが、その和解は誰かの協力によって成り立っていると思えないか?」


「何でそう思うんだよ?」


心拍数が徐々に上がる。


コイツ、もしや探偵ごっこをココで繰り広げるつもりじゃないだろうか。


「何だ、てっきりリバーシなら分かると思ったんだが……あぁ、そうか。

気にしないでくれ。

ひとりは不登校になっていたんだぞ。

それなのに、昨日は登校していた。

彼女が自ら和解を求めて行動するなら、不登校の本人の家に行けば良いのに、そうしなかった理由」


「加えて、いじめられていた彼女は臆病な性格で、自分から行動するとは思えない。

つまり、誰かが協力していたと」


「そうだ」


「その場合、一緒に行方不明になった男子生徒って可能性が高くないか?」


「まあ、そうなんだが……それだけだと足らないんだよなぁ」


ノッポはそう言って、顎を触り考え込み始めた。


何だコイツの推理力は。


普通、ここまで考えるだろうか。


「考えすぎじゃないのか?」


そういうと、ノッポはため息を吐いて、諦めたような表情をする。


「そうだな、もし学生の家出問題ならどうせ数日もすれば見つかるだろう」


「見つかるといいね」


軽い気持ちでそう答えると、ノッポは俺を見て優しく微笑んだ。


「そうだな」


「何だ、何の話?」


話題が一区切りついた段階で、狙ったかのようにチャラ男が話に入ってくる。


コイツは本当に、いつも能天気だな。


「馬鹿には分からない話だ」


ノッポはチャラ男を突っ返すようにそう答えた。


「ひでー、ソレは俺が馬鹿だと言いたいのか?」


「何だ自覚あるのか」


「更にひでー!」


ふたりお決まりのドタバタコメディーが繰り広げられる中、俺は密かに息を吐く。


茜さんが例え証拠隠滅に協力してくれてるとはいえ、こういう些細な波紋迄には手が回らない。


つまり、今の状況が崩れる可能性が有るとすれば、この部分からだろう。


だが、先日下手に学内の生徒を殺すなと言われた手前、舌の根も乾かぬうちに行動するのは流石にまずい。


それに、今はノッポもまだ決定的な何かを掴んでいるわけではないのだ。


ココは一先ず様子見か。


まあ良い、どうしようもなくなったら殺せば良いだけの話だ。


例えノッポでも、俺の自由を邪魔されるわけにはいかない。




こうして気の休まらない学園生活は終わりを迎えて、放課後。


俺は靴箱の扉を開けて手を止めた。


「何だ?」


靴の上に置かれたピンク色の可愛い便箋。


一体誰からだろうか。


中身を確認すると、女性らしい可愛い文字で【放課後、校舎裏の庭の前で待ってます】と書かれていた。


便箋の色、可愛い文字、ハートのシール。


コレは誰がどう見てもラブレターだ。




途端に、胸が激しく高鳴り始める。




不安と喜びが入り混じり、体が熱くなるのが分かる。


俺に愛を与えてくれる存在がそこに居る。


そう思った瞬間、いても経ってもいられなくなり、校舎裏へと足を早めた。


走るという苦手な行動をした為か息が切れ、視界が霞む。


だが、それでも早く相手に会いたかった。


「あの……大丈夫?」


ふと、可憐な声が聞こえ俯いていた顔を上げる。


するとそこには、小柄で可愛らしい女性が立っていた。


「うん……大丈夫……」


呼吸を整えて、軽く深呼吸をする。


そして、再度彼女の顔を真っ直ぐと見た。


「君が、手紙をくれた子?」


そう問いかけると、彼女は顔を赤らめ、静かに頷く。


黒くて綺麗なショートボブで細身な体型。


体力に自信がない俺から見ても、守りたくなるような可憐なその子に俺は完全に目を奪われていた。


何故今まで彼女の存在に気づかなかったのだろうか。


「あの……」


彼女に声をかけられて我に帰る。


「黒田くん……ずっと好きでした!

良かったら私と付き合って下さい!」


予想をしてなかった訳ではない。


だが、いざ頭を下げてそんな事を言われ瞬間、俺の心の中に、何かコレまでにない温かいモノが広がった。


込み上げて来る感情は次第に涙という形を生み出し、俺の両目からこぼれ落ちる。


「あ、え……もしかして、嫌だった!?」


困惑する彼女は有りもしない事を俺に問いかけてきた。


「嫌なんてとんでもない!

コレは嬉し泣きだよ……付き合うって事はコレからもずっとそばに居たいって事だよね?」


「え……うん、可能なら……」


「それはらむしろ俺からすれば願ってもない事だ」


「え……じゃあ!」


「でも、俺はまだ君を信じれない」


コレまで、愛を与えてもらった事がなかった。


理解者だと思っていた茜さんとも、今や事務的な関係で、現段階愛がそこから手に入るとは到底思えない。


つまり、この目の前に居る彼女が今向けている愛も偽りである可能性があるのだ。


もう嫌だ。


目の前で手に入るかもしれない愛がこぼれ落ちる瞬間なんて、見たくない。


「そ、そうだよね、パッと出の私が突然告白なんて可笑しいよね……」


彼女の表情がすっと暗くなる。


まずい、彼女を悲しませたくない。


「そんな事はないよ!

ただ、俺は今迄こんな事に出くわした事がなくて、どうしても信じられないだけなんだ。

ごめん……コレは俺が臆病なだけなんだよ」


又涙が不意に込み上げて来る。


するとそれを見て、彼女はそっと俺の近くまで寄ると、俺の片手を自分の両手でしっかりと握って来た。


「そんな事ない!

黒田くんは臆病なんかじゃないよ‼︎」


力強いその言葉に思考が停止する。


「大丈夫、今は信じられないのも仕方ないよ。

だって、私も黒田くんも今迄ちゃんと話した事なんて一度もないじゃない。

だから、ゆっくりでいいよ」


彼女はそう言って、俺に優しく微笑みかけてきた。


「コレはタダのきっかけ。

だから、ゆっくりお互いの事を知っていこう?

私も黒田くんに好きになって貰えるように頑張るから……それじゃだめかな?」


「つまり、まずはお試しって事?」


「うん、黒田くんもそっちが良いでしょ?」


俺の事を考えてのこの起点の速さ。


彼女は必死で俺に寄り添おうとしてくれている。


「ありがとう、嬉しいよ」


俺はそういうと、彼女を強く抱きしめた。


ココで、まだ何かを言うのは男の恥だ。


ここまで彼女がしてくれたのなら、今度は俺が答える番。


「俺に、君の全てを教えてくれる?」


「勿論、その代わり黒田くんも色々教えてね」


「勿論だよ」


彼女の願いにそう答えると、腕の中に収まる彼女の額に唇を落とす。


すると彼女は、こちらを見ながら顔を赤らめ、それでいて嬉しそうに微笑んだ。


そうだ、彼女の名前は何というのだろうか。


「名前、聞いても良いかな?」


桜木 桃さくらぎ ももだよ」


名前まで愛らしいのか。


「宜しくね、桃ちゃん」


こうして、俺はその日初めての恋人が出来た。


上機嫌に家に帰り着くと、真っ直ぐに自分の部屋に向かい、机の下にある引き出しを開ける。


そして、中にある木箱を取り出して蓋を開けた。


中には2つの人骨。


勿論それは両親のものだ。


「母さん、父さん、聞いて、今日俺初めて告白されたんだ!」


コレで俺も愛が体感できる。


母が俺を捨てて迄望んだ愛。


それは間違いなく素晴らしいものだと理解だけは出来たが、正直俺には愛がわからなかった。


だが、それもこの体で体験する事が出来る日が遂にやって来た。


きっと愛は、甘くて、優しくて、気持ちよくて、温かくて、綺麗で、それはそれは素敵な物なのだろう。


苦しみも、悲しみも、辛さも、絶望も存在しない世界。


それが、俺の想像する愛。


桃は俺にコレから愛を与えてくれるといった。


信じられない俺に、信じてもらう為にも愛を与えくれると。


あぁ、なんて素敵な展開なんだ。


明日が待ち遠しい。


そして、これ程までに一生曇り空であり続ける事を願った事はなかった。





だが、現実は残酷だ。


翌日待っていたのは晴天で、しかもそれがしばらく続くという予報が流れ、俺は絶望した。


学校という存在が、俺と桃を繋ぐ大切な空間だというのに、そこに行けないなどあって良い筈がない。


何とか彼女に会えないだろうか。


そう思っていると、家のインターフォンが鳴り響いた。


もしや桃が尋ねに来たのか。


そう思った瞬間、俺は急いで玄関の扉を開いた。


「桃っ……」


「御目当ての人物じゃなくて、残念だったわね」


その言葉に、落としていた視線をゆっくりと上げる。


そこには、目元を隠す様な白い仮面を付けた汐淵 茜しおぶち あかね


理解をすると同時に落胆する感情が押し寄せて来たが、俺は可能な限りの笑顔をすぐに取り繕った。


「いえ、茜さんなら大歓迎です」


それはそうだ、今この時間は授業中なのだから。


日差しの差し込む玄関で茜さんを中へと案内すると、扉を閉める。


そのまま客間に通すと、茜さんはソファーへと腰掛けた。


「お茶、持って来ますね」


「ありがとう」


お茶を出すと茜さんは静かにそれを飲み、俺は彼女とテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰掛ける。


「今日はどうしたんですか?」


「用がないと、来ちゃダメなのかしら?」


「とんでもない、茜さんならいつも大歓迎ですよ」


俺が自由で居られるのは、少なからず彼女の組織の協力あっての事である事は理解できている。


だが、そこには“自由にさせてもらっている”という不自由さがあった。


「茜さん、少し聞きたい事があるんです」


彼女が何故ここに来たか分からない。


だがコレは、茜さんを知るチャンスでもある。


「何かしら?」


「茜さんは何故、俺を選んだんですか?」


監視カメラは俺が両親を殺害する前から設置されていた。


だが俺の殺人はあの時が初めてで、殺害を予測してカメラを設置していたとは思えない。


つまり、俺があの行動をする前から監視されていたのだ。


「俺がアルビノだからですか?」


そう答えると、茜さんは真っ赤な唇を動かし、ニヤリと笑った。


「そうね、黒田 白亜、貴方の体は実に興味深いわ。

アルビノの出現率はニ万分の一、そして血液型は二千分の一であるRH-ABという更に希少な存在。

全国探した所で、ここ迄条件がそろう人間はそう居ないでしょうね」


「つまりは、俺の身体的特徴から生活習慣に興味を持ち、監視カメラを付けたと?」


「大筋はそうね」


「それ程度の関心で、良く俺の自由に協力しようとしましたよね?」


「言ったでしょ、私は単純に貴方に幸せになってほしいのよ」


「俺の事が好きなんですか?」


「……えぇ、好きよ」


その言葉に、何故か胸の奥が痛みを覚える。


茜さんの好きには、全く温かみを感じない。


桃とは全く違う、攻撃的で息が詰まりそうな気すらする。


嘘だ、茜さんは嘘をついている。


「とぼけないでください、他にも理由があるでしょう?」


「何を疑っているか分からないけど、本当にそれだけなの」


「何で……」


何で、何で、何で、茜さんは俺に何も教えてくれないんだ。


「俺は茜さんの事を知りたいだけなのに……

例え、茜さんがどんな人でも受け入れるつもりだったのに、何でそんなに拒絶するの?」


「え……ちょっと白亜くん、どうしたの?」


「思わせぶりな態度ばかり取って、のらりくらりと俺を避ける。

俺の気持ちを弄んでそんなに楽しいのか?」


何もせずとも愛を与えてくれる存在が出来た今だから分かる。


茜さんは俺なんて全く見えてない。


ゼロはどれだけ掛けてもゼロ。


愛がそもそもない人間から愛は手に入らない。


つまり、無駄なんだ。


立ち上がり、テーブルに乗り上げ、四つん這いになり茜さんとの距離を一気に詰める。


お茶の入ったコップはテーブルからこぼれ落ち、中身がジワリと広がる中、俺はそんな事など気にせず茜さんの方へと手を伸ばした。


伸ばした手が、ソファーに座る茜さんの長くて茶色い髪の毛に触れる。


「もう一度聞くよ、何故、俺を選んだ?」


手が素肌に触れ、微かに震えているのが分かる。


何だ、茜さんにも可愛い部分があるじゃないか。


自然と笑みが溢れると、茜さんは震えた声で「私じゃない」と一言答えた。


「どういう事?」


「ち、違うの……私じゃないの、だから……助けて……」


助けて、コレは聞き間違いか。


あの茜さんが、この俺に助けを求めて来ている。


体を捻らせテーブルに腰掛けると、足を前に突き出し、茜さんの腰掛けるソファーに、彼女を挟むようにしてその足を置く。


「急にどうしたの?」


いつもの茜さんらしくない。


「私は悪くない……だから、許して」


震える茜さんの声。


美しさも気品も感じられないこの言動。


気持ち悪い、何だこの吐き気のする展開は。


「私は……」


「黙れ」


聞きたくない。


こんなの俺は求めてない。


黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!


感情が膨れ上がり、俺は常備していたナイフを取り出すと、ソファーから足を下ろして立ち上がる。


そして同時に、茜さんの首筋にナイフを深く滑らせた。


血は勢いよく飛び散り、俺を赤く染め上げ、茜さんはその場で喉を押さえながらコチラを見上げる。


そしてその口から血をコポコポと吹き出し、何かを言ったかと思うと、そのまま事切れてしまった。


「茜さんが悪いんだよ、ねぇちゃんと自覚してる?」


そんな事を言いながら、今度は茜さんの前髪を掴んで引き上げる。


だが、手には髪の毛だけが残り、茜さんとその髪が殆ど抵抗なく引き剥がされた事に気づく。


「え……」


取り残された茜さんに視線を落とすと、そこには短髪黒髪の茜さんの姿。


つまり、今掴んでいるのはカツラだ。


何故、茜さんはカツラをつけている。


そう疑問を感じた瞬間、突如携帯がけたたましく鳴り響いた。


タイミングのいい着信に緊張が走る。


ここは客間で今の状況は全てカメラに記録されている。


どうする、協力してくれる存在である茜さんを殺した今、俺に逃げ場はない。


だが、そのままにしておく訳にもいかないか。


息を飲み、慎重に携帯を取り出す。


「なん……で」


画面を見てすぐ、茜さんの死体に目を向けた。


確かに死んでいる。


それはそうだ。


そもそもあの出血量で生き残れる人間はまず存在しない。


だからこそ、この状況には理解が出来なかった。


着信画面に映し出される【汐淵 茜】の文字。


何故、死んだ人間から着信が来るんだ。

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