第11話 理解者
翌日、俺達は朝食を済ませて共に学校へと登校すると、靴箱で早速チャラ男、いや、直也が意気揚々と話しかけてきた。
「おはよう、今日はふたりで登校か?」
「相変わらず朝から元気だなぁ」
直也に適当に答えながら教室に向かうと、横にいた桃がそっと俺の手を握ってくる。
俺としては願ってもない状況だが、いつもの桃らしくない。
いつもなら人前でイチャつこうとは、しないはずだ。
「桃?」
「わー、モテない俺に見せつけるとか、いけずー」
「何言ってんだよ」
「それより、リバーシ、俺の名前は?」
「直也だろ、覚えたから安心しろ」
「よし、大丈夫だな!」
直也は、再確認をして嬉しそうに笑う。
その瞬間、俺の手を握っていた桃の握力が少し強くなる。
もしや、先程のやり取りの中で桃の気に触る部分でもあったのだろうか。
「桃、どうかした?」
不安になって問いかけると、桃はいつもと変わりない笑顔で「大丈夫だよ」と微笑む。
無理をしている様にも見えないが、コレは気のせいと解釈して良いのだろうか。
その後は特にこれといった変化もなく、教室の前で桃と離れ、俺と直也は教室に入ると、そこでパタリとノッポと目が合った。
ノッポは俺を見るなり少し警戒した表情を向けてきたが、空気の読めない直也はそんなノッポにいつも通りの調子で近づいて行く。
「おはよう!
今日も良い天気だな!」
「曇りだがな」
ノッポは直也の言葉に答えながらも、横目で俺を見つめる。
いつもの穏やかな表情はそこにはない。
「リバーシが登校できるんだから、良い天気なんだよ!
な、リバーシ?」
そんな中、直也は自然と会話に俺を入れる誘導をして来た。
成る程、そう言う事か……直也も考えたな。
つまり、直也は俺達を和解させようとしているのだ。
「そうだね、おはよう」
なるべくいつもと変わらず挨拶すると、ノッポは少し戸惑った表情を見せる。
「お……おはよう」
俺との関係性を見誤っているのだろう。
「そうそう聞いてくれよー、リバーシの奴俺の名前覚えてなかったんだぞ」
「へぇ……そうなんだ」
直也の言葉に対する切り返しにも、いつもテンポがない。
どうやら昨日の脅しが相当効いていると見える。
だが正直、今の俺にはあの時の怒りなど全くない。
理由は勿論、桃が目醒めて、共に登校してくれた為。
「昨日は折角心配してくれてたのに、あんな言い方をしてごめん」
そう謝ると、ノッポの表情が今度は驚きへと変わった。
「え?」
「桃が学校に来れない程凹んでいたから、自分でどうすれば良いか分からなくて、他人に当たってしまったんだ……
でも、もう大丈夫。今日は桃も元気に登校できてるし、だから……」
そう言って、ノッポに向けて右手を伸ばした。
「仲直りをしようよ」
ノッポに笑いかけるが、その目は泳ぎ始め、遂には視線をそらされた。
「……えっと」
面倒な男だ。
「何もじもじしてんだよ!」
そんな時、その姿に見兼ねた直也が、ノッポの腕を掴み、俺の手を握らせる。
そして、そんな動揺するノッポの手から伝わる微かな汗が、俺に対する警戒を物語っていた。
「俺、トイレ」
ノッポは俺から手を離すと、そのまま視線を外しながら教室を出て行く。
相変わらず、彼の考えている事はイマイチ理解できないな。
「何だよ、折角リバーシも仲直りしようとしてんのに……」
直也は、そんな状況に不貞腐れた表情をした。
確かに今回の直也は、良い働きをしてくれた。
だが、当の本人がアレではどうにもならないだろう。
「まあ、彼も戸惑っているのだろうさ」
正直、今は何もかもがどうでもいい。
だからこそ、その日は俺を避けるノッポにコチラからは余計な会話をする事なく、学校は平和的に終わりを迎る様に見えたが、それはどうやら誤りのようだとこの後すぐに気づく事になった。
学校の授業はすべて終わり、荷物をまとめながらゆったりしていると、直也が辺りを見渡し誰かを探している姿が目に止まる。
共に教室を見渡すと、ノッポの姿がない為、多分彼を探しているのだろう。
だがそれは俺からすれば関係ない事だと思い、気にせずそのまま教室を出ると、早速桃の教室を覗き込んだ。
「桃?」
だが、そこには桃が居ない。
そのクラスの生徒に聞くと、桃は5分前に教室を出て行ったと言う。
何故、桃は俺を待たなかったのだろうか。
言いようのない不安が押し寄せてくる。
靴箱に向かい、靴が残っている事を確認すると、俺は急いで校内を駆け回った。
探せば探すほど不安は更に膨れ上がり、焦りが生まれる。
もう桃は俺の元に帰って来ないのではないか。
そんな、身の毛もよだつ不安が生まれた次の瞬間、校舎裏に見覚えのある人物が見え、俺は慌てて身を潜めた。
慎重に物陰から様子を伺うと、そこにはノッポと桃の姿。
俺に隠れて、ふたりが何か話してるのか。
気になり、耳を澄ませると、最初に聞こえてくるのはノッポの声。
「手遅れになる前に、リバーシと別れた方がいい」
コレは又、随分と酷い事を言ってくれるな。
人が、その可能性をどれだけ恐れているか、彼はまるで理解してない。
コレは一言言ってやろうと思ったその時「何で、そんな事を言うの?」と聞こえてくる桃の問いに足を止めた。
少しだけ様子を見よう。
「アイツは、おかしい。
厳密に何がとは言えないが、君なら心当たりがあるんじゃないか?」
「……」
「アイツと付き合い始めて、君は見るからにやつれていった。
リバーシは君の家庭内で問題が発生した為だと言っていたが、普通そんな数日でそこまで大きな問題に発展するだろうか。
俺からすれば、意図的に引き起こされた問題としか思えない」
「つまり……白亜を疑っているの?」
「あぁ……
君はこの学校で3人の行方不明者が出ている事を知ってるか?」
「まぁ、噂になっていたものね」
「実は俺、リバーシがそのうちのひとりと公園で会話をしている姿を偶然目撃した事があるんだ」
「え?」
桃と同じ声が自分からも出そうになり、咄嗟に口をふさぐ。
ノッポはそんな中、俺に気づかず話し続けた。
「その時はあまり気にしてなかった為に、会話を聞いてはなかったが、その後にあの行方不明が起きた。
俺はリバーシにこの行方不明事件について話すと、本人は公園で会話をした事があるはずなのに、その事実を隠したんだ」
成る程、ノッポが以前“彼女と会話する機会があった”と話していたが、そもそもあの流れが誘導尋問だったのか。
当時俺がしらばっくれた
「あの時俺の中では、リバーシの計らいで仲直りしたふたりの女子が、今回の衝突のきっかけとなった男子生徒と出会い、そこで三角関係の決着を付けようとした時に何かしらのトラブルに巻き込まれたと思っていた。
だから、リバーシのとぼけた反応にも“親切にしただけで疑われたくない為”“自分のせいで行方不明になった可能性があるのを隠す為”だと思っていたんだ」
「……違うよ」
ノッポの言葉に、ついに桃が口を挟む。
「白亜は、そんな臆病な性格じゃないよ。
ずっと友達だったのに、そんな事もわからないの?」
「いや、これはあくまで例えで……」
「それに、さっきからその言い方、気分が悪いよ。
まるで、私の家の問題も、その行方不明事件も全部白亜のせいって言ってるみたいじゃん」
「いや、疑った理由はこれだけじゃないんだ」
「ちょっと、黙って!」
桃が声を荒げると、話そうとしていたノッポの声が途絶える。
「平気で友達を売るサイテーな人間の言葉に、説得力があると思ってるの?
それに、私からすれば、それが真実でも嘘でもどうでもいいの。
私から……白亜を奪おうとしないで」
桃の最後の言葉に、ゾクリと背筋の毛が逆立つ。
桃は、俺の事を本気で愛し、信じてくれている。
俺の見えないこんな場所でも、俺に愛を与えようと必死に立ち向かってくれている。
俺は何て最低な人間なんだ。
彼女がここまで頑張っているんだ、疑う理由など何処にある。
「全くその通りだね」
深呼吸をし、心を落ち着かせ、そう口にしながら姿を当らわすと、ノッポの表情が一気に驚きと恐怖に引きつった表情を見せた。
そして桃はと言うと、俺を見た瞬間頬を緩ませ胸元に飛び込んで来る。
「白亜、会いたかったよ」
そうやって微笑む桃の頭を優しくなで、そのままゆっくりとノッポの方に視線を向ける。
「つまり、そういう事だ。
君が何をしようと、俺たちの関係を壊す事は出来ない」
「……何をした」
ノッポの目が鋭くなる。
「お前、彼女に何をした‼」
「何もしてないさ、ただ問題の解決に少し協力してやったに過ぎない。
そんな事より、又余計な事をしてくれたね。
あの時そんなことしたら殺すって言ったの聞こえなかったのかな?」
そういうと、ノッポは一歩ゆっくりと後退する。
「まだ部活動生が動き回るこの校内で、しかも完全にお前を警戒している俺をココで殺せるのか?」
「へぇ、言うねぇ」
確かにこれまでの殺人は、皆俺にこれ程の警戒心を持つ人間が居なかった為に上手くいっていただけに過ぎない。
それに、俺には体力がないのだ。
この状況で、この長身の男に挑むのは無謀と言えるだろう。
「まあ今は見逃すよ、ほら帰った帰った」
そう言うが、ノッポは一向に動く気配を見せない。
「どうした、俺に殺されない自信があるのだろう?」
「あぁ、この状況では負ける事はまずない」
成る程、色々言葉を並べていた割には臆病な性格をしている。
つまり、背後を見せたくないのだ。
だが、このままだと時間を無駄に浪費させる事になるな。
ココは少しノッポを刺激してやるか。
「何もしないよ、それより直也が君の事を探していたよ、早く教室に戻ってあげてはどうだ?
それとも……直也も俺に譲ってくれるのかい?」
その言葉に、ノッポは我に帰った様に急いだ様子で俺から離れて行った。
今の言葉で、勝手に誤解してくれるとは、無駄に察しがいいのも考えものだな。
「さあ、帰ろうか」
そうやって桃に微笑みかけると、桃は不安げな表情で此方を見上げてくる。
「どうかした?」
「白亜は、何処にも行かない?」
「勿論、何処にも行かないよ?」
「本当に、ずっと私だけの白亜?」
「桃がずっと俺だけの桃である限り、変わる事はないよ」
「そう……分かった」
本当に今日の桃は朝から随分と様子がおかしい。
俺の愛を再認識する為なのか、同じような内容を何度も問いかけて来ている。
「そんなに、俺の事が信用出来ない?」
「違う、そうじゃないの‼︎」
桃は、慌てたように声を荒げた。
「ごめんね、もう聞かないから、だから……」
不安げに俯く桃の頭を優しく撫でて、そっと抱きしめる。
全く、本当に手のかかる困ったお嬢様だ。
「うん、俺はずっと桃が大好きだよ」
そして翌日、コレまで受け身だった筈のノッポが遂に動きを見せた。
桃とふたりで玄関を出ると、家の前には直也とノッポが立ち、俺たちを見るとふたりは手を振って来たのだ。
「何、この状況」
そう言うと、直也が楽しげに俺に近づいて来る。
「昨日も微妙な雰囲気だっただろ?
どうやら、本人はそれで反省したらしくて、再度仲直りのきっかけが欲しいんだとよ!」
「仲直り?」
俺たちが和解する事など一生ないというのに、コイツは何を言っているんだ。
そんな前説を聞いた後、ノッポが気持ち悪い程優しい笑顔を向けながら此方に近づいて来た。
「昨日は、ごめん。
どうすればいいか戸惑ってしまって、あんな失礼な態度を取ってしまった……
もう、俺の顔も見たくないかもしれない。
でも、もう一度チャンスをくれないか?
また、3人で遊ぼうよ」
ノッポはそう言うと、俺に手を伸ばして来る。
成る程、つまり表面上和解をする事で、俺を監視しやすくする為か。
それに、あれ程警戒していたノッポが直也を連れて来た理由。
俺は昨日和解を求めた身の為、直也がいる手前で否定するのは不自然に映る。
つまり、こちらの手数を減らし、余計な行動を封じる為だろう。
全く、よく考えられている。
「勿論だよ、俺たちは最高の友達だからね、いつ迄もいがみ合いたくなかったんだ」
俺も又、最高の作り笑いをしてその手を取った。
さあ、腹の探り合い開始だ。
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