第3話 いじめ
翌朝、寝ぼけ眼を擦りながら体をゆっくりと起こす。
ココは俺の寝室ではない。
1階の客間にあるソファーで寝ていた為か、少し腰が痛く、だが、それによって自然と昨日の出来事が思い出されていく。
あの後、部屋の血や死体を処理する為に、仮面を被った黒服の集団が部屋に乗り込み大掃除が始まった。
俺はそれを横目に朝食を食べながら周囲を見渡す。
茜さんが俺の事を色々と理解していた理由は、多分監視カメラだ。
つまり、今もまだ家の様々な死角に設置されている可能性は高い。
全く、何が自由だ。
俺はまだ、完全なる自由を手に入れてないじゃないか。
そう思った俺は朝食を済ませると、証拠隠滅で動く仮面の集団を見回るフリをして部屋をチェックしていき、棚の一角に置かれた花瓶に不自然な窪みがある事に気づいた。
案の定それは監視カメラで、偶然発見した風を装い茜さんに問いかけると、彼女は「貴方の事が知りたくて」と言いながら、わざとらしく色目を使ってくる。
まあ、知っていた事だ。
俺は直ぐに表情を曇らせ、茜さんに向けてあえて子犬の様な表情で見つめる。
「俺も男だから、気になる人にはカッコよく見せたいって見栄がどうしても出て来るんです。
だから、だらしない家庭内を茜さんには見せたくない。
お願いです。
監視カメラ、まだあるなら撤去してもらえますか?
今はまだでも、俺を男として見て欲しいんです」
相手が大人の色仕掛けなら、コチラは少年の無垢なる甘えだ。
勿論、自由を最初に主張した茜さんはこの提案を拒む事は出来ず、結果家中にある監視カメラの撤去に成功した。
その後も本当に撤去が済んだのか見回りをし、本人曰く“外し忘れ”を見つける度に、色々と言いくるめたが、一部妥協点としてこの客間にだけは監視カメラを設置し続ける事になり、今に至る。
コレは本人の言い分も少しは聞いてやらないと、余計な衝突が生まれかねない為、仕方がないだろう。
因みにこのソファーで一夜を明かした理由に深い意味はない。
何となく、今日は寝室で寝たくなかった、ただそれだけだ。
さて、改めて今日の天気はどうだろうか。
遮光カーテンから顔を覗かせ、外の状況を確認すると、天気はいつ雨が降るかもわからない程、暗い曇りだと分かる。
これはありがたい。
俺は早速自分の寝室に戻ると、登校の支度を済ませて早々と家から出た。
今日は絶好の登校日和だ。
自由を手に入れて最初の登校日、そこではどんな出会いが待ち受けているのか。
胸躍らせながら学校に辿り着くと、教室でさも当たり前の様にチャラ男が俺の前にやって来た。
「おはよう」
俺がそう挨拶をすると、チャラ男は俺の前にある机に1冊のノートを置く。
「書いたぞー」
「それは有難いね、もう一戦するかい?」
「今日はいいや、それよりちょっと相談なんだけどさ」
チャラ男はそういうと、周囲を気にして少し声を落とす。
何だ、また変なことでも企んでいるのだろうか。
そう思いつつもチャラ男に合わせてコチラも耳を近づけた。
「今日の放課後、カラオケに行かね?
他校の女子がリバーシに会いたいって煩くってさ、なぁ、宿題も代わりにしてやったんだし頼む!」
成る程、つまり俺はコイツからすれば客寄せパンダという訳だ。
「あれはゲームの報酬だろ」
「そんなこと言うなよー、友達だろ?」
“友達”か、そもそも俺はコイツの名前すら未だに覚えてない。
それ程度の認識しかしてない俺に、よく友達と言えたものだな。
「アルビノは見せ物じゃないんだけど」
「悪いのはわかっている。
だから、そこでは全部俺が奢るから‼︎」
チャラ男はそう言うと、俺に祈るように両手を合わせてきた。
余程この案件は、彼にとって重要という事か。
「……分かったよ」
そう答えると、チャラ男の表情がパッと花開くように明るくなる。
「マジでリバーシ様々だよ!」
「なあ、その呼び方辞めないか?」
「え、カッコ良くね? 黒田の黒と白亜の白でオセロ《リバーシ》」
「……何処が」
「いやっ‼︎」
他愛もない会話に戻った瞬間、突然誰かの悲鳴が聞こえ、
1番後ろの角の席、そこにいた女子生徒が驚き怯えながら自分の机を見ていた。
彼女の視線の先を見ると、机の上は落書きだらけ、中にはゴミが詰め込まれ、座席には濡れたままの雑巾が置かれている事に気づく。
誰が見ても一眼で分かるイジメ。
「うわっ、女子のイジメは陰湿だなぁ」
チャラ男はそんな姿を見て、ポツリと呟いた。
「そう思うなら、手を貸してやれば?」
「嫌だよ、俺は面倒事はごめんだね、リバーシが行けよ」
見ると、そんな彼女に誰も手を差し出そうとはしない。
当たり前だ、皆ここで手を差し出せば、自分にも火の粉が降りかかるのではと恐れているのだろう。
「俺もパス、そもそも興味ないし」
「それ、多分俺よりもタチが悪いぞ」
チャラ男にそんな嫌味を返されていると、ひとりの長身の男子生徒がいじめられていた女子生徒の元に近づいた。
そしてゴミ袋を取り出すと、無言でゴミをその中に入れて始める。
このノッポ、オセロゲームで負けたチャラ男を冷やかしていた奴か。
「おい、
「げ、マジかよ」
そんな中、チャラ男はノッポに声をかけられたのか、しぶしぶ片付けの手伝いへと向かう。
それにしても意外だ、コイツも事勿れ主義だと思っていたのだが、案外しっかり行動するタイプだったのか。
だが、この状況は非常にまずい。
前回のオセロゲームでもそうだったが、俺達3人は何故か共に行動する事が多かった。
つまり、ココで俺が傍観した場合確実に浮く。
「俺も手伝うよ」
そういってバケツを取り出すと、雑巾を手に取り絞った後、椅子を丁寧に吹き上げる。
そんな状況を見て、先程まで傍観していた他の人達も遂に動き始めた。
いじめを受けた女子生徒に慰めにいく者、掃除を手伝う者、突然犯人を探し始める者。
ひとりの行動によって周囲が変わり、それは波紋のように一気に広がる。
こうなれば、もう止まらない。
最初は小さな波紋であったそれも、次第に荒波へと姿を変え、そして遂に、いじめを行なっていた主犯に牙を剥いた。
「いじめとかダサい」
「そんな事でしか自分をアピール出来ないんだ」
「キモい」
主犯が分かった瞬間に降り注ぐ、クラス全員による集団リンチ。
いじめっ子として吊し上げられた女子生徒は、その状況に耐えかねて逃げる様にクラスから飛び出した。
誰も、彼女を追いかける人は居ない。
そう、これが正に彼女が孤立した瞬間だった。
「おい、お前らももう辞めろ。
これじゃ、どっちがいじめているか分からないだろ」
この状況に終止符を打ったのは、最初に片付けを始めたノッポ。
周囲の生徒も、最初に行動をした男の発言という事もあり、若干苦い表情をしながらも、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと日常の風景に溶け込んでいく。
「まるでヒーローだな」
そう言うと、ノッポは複雑そうに顔を
「そうじゃないよ……ただ、見て見ぬふりをしたくなかっただけさ」
ノッポはそう答え、いじめられていた女子の方を向く。
そして、ハッキリとした口調でこう言った。
「今回の様に上手くいく事なんて滅多にない。
最悪俺達の居ない場所でいじめがエスカレートする可能性もあるだろう。
そうならない為にも、まずは自分を磨け。
ウジウジしているから目をつけられるんだ。
だがまあ……俺も一度は手を貸した身だ。
何があったら言えよ」
「……」
何だ、この最後のセリフで突然醸し出されるイケメン臭は。
最後に見せる笑顔も相成って余計に腹立たしい。
「なぁ、あれどう思う?」
そんなノッポを見かねたのか、チャラ男が小声で俺に問いかけて来た。
「出来た人間だと思うよ」
「いやいや絶対あの女子狙ってるって」
するとそれが聞こえたのか、ノッポはチャラ男に近づくと拳でチャラ男の頭を小突いた。
「そうやって、何でもかんでも恋愛に繋げんな」
「いってーな、花の高校生は青春を謳歌したい年頃なんですー!
な、リバーシ」
「俺に振るな」
まぁつまり、どうやら今日もこの学校は平和な様だ。
それからチャイムが鳴り、俺達はいつもと代わりない学園生活を送る事となった。
ただ一つ、いじめっ子はその日教室に戻ってくる事だけはなかった。
放課後、遂にこの時がやって来たと言わんばかりにチャラ男が俺の席に荷物を持ってやって来る。
「よし行くぞ!」
余程この時間が待ち遠しかったのだろう。
だが残念ながら今の俺は、そんな気分にはどうしてもなれなかった。
「あー、やっぱり俺パス」
「何で!?」
「今回の授業で少し解らない部分があって、先生に聞きに行く事になったんだよ」
「いやいや、主席のお前が今更気にする事じゃないだろ!」
「順位を落とすと親が怖いんだよ、だから今回は行けない」
「又毒親かよー……俺、抗議しに行こうか?」
「大丈夫大丈夫、まぁそういう事だから」
そう言うと、俺は逃げる様にその場から離れた。
勿論質問に行くと言うのは嘘で、今俺が気になるのは、いじめっ子の行方。
その為、チャラ男の恋愛に付き合ってやる余裕などないのだ。
さて、早速少しばかり彼女の事を調べてみるとしよう。
その為にもまず、先に出て行った今回被害者である女子を探すと、彼女は丁度靴箱で靴を履き替えていた所に鉢合わせる。
コレは丁度いい。
「ねぇ、君」
駆け寄りながら声をかけると、その子は俺に気づき足を止め、ハッとした表情をこちらに向けた。
「今日はあの……ありがとうございました!」
「いやいや、俺は大した事してないよ。
それより少し良いかな?」
そう言うと、彼女は少し不思議そうに首を傾げながらも、俺と行動を共にしてくれる事を同意してくれた。
こうしてその女子と帰る道すがら、学校から離れた公園を見つけて、そこに足を踏み入れる。
ココならチャラ男に見つかり、絡まれる事はないだろう。
「あの……」
周囲を見渡す俺に、彼女は不安げな表情を浮かべて来る。
確かに突然こんな場所に連れて来られたら、普通は不安か。
「あぁ、ごめん、じゃあちょっといいかな?」
そう言って公園のベンチに腰掛けると、彼女は少し間を開けて共にベンチに腰掛けた。
「いじめは、アレが最初だったのかな?」
早速本題に入ると、その言葉に彼女は表情を曇らせ、視線を逸らす。
そして、そのまま俯きながらもゆっくりと口を開き、語り始めた。
いじめは最近始まった事。
いじめが起きる前はふたりとも仲が良かった事。
そして、いじめられる心当たりがあるという事だ。
「その心当たりとは?」
「その子がずっと片想いをしていた男に、最近私が告白されたんです」
成る程、典型的恋愛のもつれか。
粗方それを見て、奪われたとでも勘違いしたのだろう。
「君はその男子が好きなの?」
「確かにカッコいいとは思いますけど、私のタイプじゃないので断りました」
つまり、コレによって愛は全く発生していない。
目の前で手に入るかもしれない愛を、みすみす見逃すこの甘えた心理。
彼女は愛の重要さを理解していないのか。
仕方がない、少しこの3人の関係を手助けしてやろう。
「話を聞かせてくれてありがとね、じゃまた近いうちに君を尋ねると思うからその時はよろしく」
「え……あ、はい」
依然として状況が理解出来ないその女子生徒をその場に置き、俺は真っ直ぐと帰路についた。
携帯を取り出し、最近登録した番号に着信する。
『はい、もしもし』
「あ、茜さん? 少しお願いがあるんですけど……」
茜さんは俺をサポートしてくれるといった。
なら此方も遠慮なくそれを活用させて頂こうじゃないか。
『何かしら?』
「真っ白なウエディングドレスを1着用意してくれますか?」
『別に構わないけど、もしかして誰かと結婚するの?』
「俺のじゃないですよ、それに16歳じゃ男子は結婚出来ません」
『じゃぁ何をするの?』
「皆が幸せになる世界を、愛がちゃんと手に入る世界を作りたいんです」
そう答えると、電話越しに茜さんが微かに笑う声が聞こえた。
『成る程、早速自由に動くつもりなのね。
分かったわ、明日の夕方迄に部下に送らせるから』
「ありがとうごさいます。
やっぱり俺を理解してくれるのは茜さんだけだ」
最後にそう付け足し、通話を終えると一息つく。
やはり、茜さんの真意が見えて来ないな。
まあ、今はまだ相手の出方を探っている段階だ。
焦る必要はない。
さて問題は今回の会場を何処にするかだが、3人の共通点は同じ学校であるという事。
なら、学内の一部を会場にするのが良いだろう。
後は邪魔をされない為にも夜を選ぶ事が無難か。
「喜んでくれるかなぁ」
想像するだけでも笑みが溢れる幸せな空間に胸が高鳴る。
やはり、人は誰しも愛を求める生き物なんだ。
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