第19話 リバーシ
その後、駆けつけた警察官が家の中を捜索した結果、遺体が見つかり、俺は重要参考人としてそのまま警察署へと連れて行かれた。
別のパトカーに乗り込んだはじめは俯いたままで、どちらが犯罪者なのか理解出来ないほど悲壮感を漂わせていたが、多分暫くすればいつもの調子に戻るだろう。
きっと、彼なら大丈夫だ。
こうして取調べ室の中に案内された俺は、先程の会話内容が全て事実であるのかどうかと言う確認を取られ、俺はそれに素直に答えると、取り調べをしていた警察官は急に渋い顔をしてみせた。
「どうかしたんですか?」
「君には、部屋の中の遺体が見えなかった様だが、あそこには確かにあった」
「なら、やはり俺の強い思い込みや願望があそこの遺体を見えなくさせていたのでしょうね」
「随分と素直に認めるのだね」
「目撃者がこんなに居たら、流石に自分の脳みそを疑いますよ」
「では、この写真に何が写っているのか見えるかい?」
警察官はそう言って、俺の前に3つの写真を並べる。
見ると、それは全て俺が処理したと思われる遺体。
「見えますよ。
ビニールシートに巻かれた長い遺体。
これは細切れの父さんを食べさせた母さんですよね」
「あと2つは?」
「桃の両親です」
「実は、君の部屋からはこの3人の遺体しか発見されてないんだ」
「……え?」
仮面の組織が俺の妄想の産物だと仮定した場合、組織内から出た3人の遺体が見つからないのは当たり前だ。
だが、学校で生み出したあのウエディングドレスの遺体と、残りの抜け殻であるゴミふたりの遺体がないのはどう考えてもおかしい。
あの殺人自体が妄想だとするなら、未だ行方不明になっている事実は一体何なんだ。
「俺は確かに学校で3人を殺しました。
嘘だと思うなら、俺がそいつらを殺した場所である使われてない教室を調べて下さい!
絶対に大量の血液反応が出るはずです‼︎」
そう声を荒げると、警察官は戸惑った表情をする。
だが、そんな顔をしたいのは、むしろ俺の方だ。
「分かった、では今日はここまでにしよう。
後日、今回の証言を元に調査した資料を手にまた話しを聞かせてもらうよ」
そう言われると、取調べ室に別の警察官が入り、俺に手に固く重い手錠がつけられる。
重要参考人から、容疑者へと立場が変わった証明。
だが、正直そんな事はどうでもいい。
留置所へと連れて行かれ、中でひとりベッドに寝転がる中、俺はゆっくりと深呼吸をして無意識に封じてしまったであろう記憶を、試しに思い出そうと試みて見た。
景色が揺らぎ、頭が何かに激しく揺さぶられたかの様な感覚が押し寄せ、次第に吐き気が込み上げて来る。
気持ち悪い。
思い出す気のない時は、ノイズを出して、頻繁に記憶の断片を見せて来たくせに、いざ思い出そうとすると、今度は拒絶するのか。
どうやら俺の記憶は、ずいぶんと性格が悪いようだ。
そう思った時、足音が一つコチラに近づいて来る事に気づき体を起こす。
又、何かしらの調書か、書かなければいけない資料が残っていたのだろうか。
そう思っていると、その人物は俺が入れられている部屋の前で立ち止まった。
「案外冷静なのね」
「母……さん?」
目の前には、あの真っ白な仮面と真っ赤な口紅をつけた、スーツ姿の女性の姿。
おかしい、何故母さんが当たり前のようにココにいるのだ。
違う、これまでの事を思い返してみろ。
「お前は……俺の妄想だろ、なんでこのタイミングで姿を表すんだ」
頭が混乱する。
現実がどれなのか、分からない。
自分の視界が……信用できない。
「妄想だからこそ、こんな
母さんは、俺の感情をあざ笑うかのように、そんなことを言った。
「だってそもそもこの仮面は、幼い頃、あなたのお母様がまだあなたを愛していた頃に受け取った、贈り物なのでしょ?」
「…ぁ、……あぁぁ」
そうだ、思い出した。
ちがう、むしろ何でこんな大事なことを忘れていたんだ。
あの仮面は、優しい母さんを繋ぐ唯一の宝物。
母さんが、当時俺を愛してくれた証明。
「ねぇ……仮面を、外してよ」
そう言うと、仮面をつけていた母さんは、遂にゆっくりと仮面を外した。
ほら、思った通りじゃないか。
「やっぱり……本当に、母さんだったんだ……」
そこに立っていたのは、紛れもない、俺を産んだ母親の姿だった。
そして、今よりもはるかに若いその容姿から、これが確実に俺の妄想である事も同時に理解した。
「は、ははは……」
笑いながらも、自然と涙があふれ出す。
俺はあれほどまでに自由を求めていながら、結局は過去にすがりついていたのだ。
「そうか、警察の取り調べで紆余曲折あるのかもしれないと思っていたが、結局は俺の妄想か。
じゃぁ教えてよ母さん、ウェディングの死体は今どこにあるんだ?」
そう言うと、母さんは突然楽しそうに笑い始めた。
「言ったでしょ、あれは我々が処分したの」
「もういいよ、その話は飽きた」
「暗い暗い闇の中よ」
「闇?」
海に沈めたか、土の中にでも埋めたのだろうか。
「そんな事より白亜、もう自由を求めるのはやめたの?」
「やめるも何も、今俺は正真正銘ブタ箱の中だ。
どうしようもないだろ?」
「そう、どうやらまだもう少しかかりそうね」
「何の話だ?」
「又来るわ」
こうして、お母さんは意味のわからないことを言い、またどこかへと歩き去って行く。
その後、途端に押し寄せてくる激しい疲れに、俺はまたベッドへと寝転がった。
まさか、記憶を思い出す方法が母さんの対面を介してなんて思わなかったよ。
だが、これで明日は少しまともな証言ができそうだ。
そして翌日、昼過ぎごろだろうか。俺は警察に呼び出され、また取調室へと移動した。
「昨日はよく眠れたかい?」
警察から投げかけられる、他愛のない質問。
「はい、おかげさまでゆっくりと考える時間ができました」
「そうか、では早速本題に入ろう。
先日、君の証言を元に学校の中の1室を調べた所、確かにおびただしいほどの血液反応が出た」
「ほらやっぱり、俺は何も嘘をついていませんよ」
「昨日の話といい、今回の情報といい、君が加害者側の人間である事は疑いようのない事実なのだろうが、だからこそ気になる。
何故、それほどまでに冷静で居られるんだ」
「刑事さんも知ってるでしょう、俺は死体が見えなくなり、存在しない人間を脳内で作り出す程に狂っているんです。
それに俺は、自分の犯してきた殺人に何の後悔もありません」
「何だと?」
「むしろ、今はやり遂げたような清々しい気分なんです。
だからどんな罰でも受けますよ。
精神科に閉じ込めますか、それとも少年院ですか?
あー、でも結構殺しましたからね、死刑なんていうのもアリですね」
「……君の場合は」
「あぁ、死刑はなさそうですね。
だって俺は高校生、まだ16歳の子供です。
残念ですね、殺したくても俺は少年法で守られている」
そう言った瞬間、目の前にいた警察の目つきが鋭くなった。
確実に怒りを感じている。
全く滑稽だな。
国や法律などと言うしがらみに囚われているせいで、目の前にいる難い存在にもまるで手も足も出ていない。
ルールに囚われた人間は実に不幸だと思うよ。
まあ、それは今の俺が言えた立場ではないか。
「そうそう、刑事さん。
昨日1つだけ思い出したんですよ、今行方不明の死体3つが何処にあるか」
「何!?」
怒りを押し殺していた筈の警察が、今度は感情を露わにして食いつく。
「暗い暗い闇の中です」
「それは、何処だ」
「さあ、海の底かもしれないし、土の中かもしれない。
残念ながらそこ迄しか思い出せなくて」
そう言うと、警察は悔しそうに舌打ちをした。
俺が警察相手に遊んでいるのだと思って痺れを切らしているのだろう。
とは言え、俺は何一つ嘘はついてないし、自分の行って来た犯罪を包み隠さず全て告白したのだ。
そろそろこの先の予定が定まっても良い頃だと思うのだが、どうやら彼方は俺が遺体のありかを隠して、長期戦に持ち込もうと企んでいるのではないかと誤解しているらしい。
「あの……そろそろ処遇を決めてくれませんか?
俺は話せる事は全部話しましたよ。
流石に同じ事を何回も話すのも飽きて来ました」
「君が、遺体のありかを正直に話せば直ぐにでも少年院にぶち込んでやるさ」
「だから、本当に思い出せないんですって」
一体こんな話を何回繰り返しただろうか、流石に俺もこの状況には飽きて来た。
「そう言えば、桃はどうなりました?」
「あぁ、先に逮捕された君の彼女か。
彼女は精神的にかなり錯乱していたからね、そのまま病院行きだ。
それもこれも、何処かの誰かのせいだろうがな」
「なんだか棘がある言い方ですねぇ」
この警察、もう感情を押し殺す気はない様だな。
そう思った時、取調室に別の警察官が入って来てその場の空気は一瞬強制的に途切れる。
「少し、待っていてくれ」
俺の対応していた警察官はそう言うと、その人物とともに取り調べ室を出て行った。
どうやら何かしらの動きがあったようだ。
それから少し待っていると、先ほどよりさらに機嫌が悪くなった警察官が戻ってくる。
「何かあったんですか?」
「コレから、君の身柄を検察官に引き渡す」
「あ、罪状が決まったんですか?」
「そんな簡単な話ではない。
これから裁判所で同じように証言するんだ」
「またー?」
こうして俺はそのまま別の場所に移動し、裁判で証言を済ませると、翌日漸く
とは言え、前回同様の同じ留置所での取り調べざんまい。
正直何が変化したのか分からないほど同じ日の繰り返しだった。
もう少し俺が錯乱していたり、取り乱していれば桃同様に違う待遇を受けられたのかもしれないが、俺の場合はまともな部類に入るらしい。
「とは言え、流石に同じことの繰り返しでは気が滅入るよ」
ここでは外部が、俺の事件に対してどのように騒がれているのか断片的にしか知れないのも刺激が少ないと思える要因だろう。
ここまで来れば、面会は可能な筈だがはじめも一向に訪ねてこない。
まあ、このまま俺が残りの遺体の在り処を思い出せないと言っているうちに、痺れを切らした警察が協力要請で、はじめを連れて来る可能性もあるかもしれないな。
そうなれば少しは面白くなるんだが。
そういえばあの時母さんは、ここに居る俺に対して“自由を求めるのはやめたの?”と聞いて来た。
あれはどう言う事だろうか。
俺に脱獄をしろとでも?
いや、そもそもこの建物の構造を全く知らない非力な俺では不可能だ。
加えて俺は、脱獄したいと言う感情が微塵もない。
母さんが俺の妄想なら、それを理解しての質問になるだろう。
「自由を求める、か」
本物の、自由はこの世に存在しない。
何かを求めると、必ずそれ相応のリスクや対価が必要になる為だ。
「この世……」
理解がストンと、音を立てて落ちて来る。
そうか、失念していた。
何故この結論に俺は辿り着かなかったんだ。
本物の自由がこの世にないのなら、あの世に行けばいい。
死ねば、全てのしがらみから解き放たれ自由になる。
何も考えなくていい、何も悩まなくていい、死は平等に闇を与えてくれる。
自由はすぐそこにあったじゃないか。
知識は、親から手に入れた。
友情は、直也から手に入れた。
愛は、桃から手に入れた。
理解は、はじめから手に入れた。
残すは真の自由のみ。
黒く塗りつぶされていた筈のオセロの盤面が、その一手で周囲を白く染めて行く。
さて、問題はどうやって死ぬかだ。
舌を噛み切った所で実際はなかなか死ねず、そうこうしているうちに、多分助けられてしまうだろう。
首吊りもこのシートと目の細かいこの檻の作りでは無理だ。
一思いにナイフが渡されたら都合がいいのだが、食事にナイフが渡される事はまずあり得ない。
つまり精神科や、少年院でないこの部屋でも、ある程度の自殺防止は施されていると言うわけか。
それに、死ぬなら出来れば華々しく死にたい。
そう思った時、足音が近づいて来る事に気づく。
見るとそこには、仮面をつけた母さんの姿。
そして母さんは俺を見ると、優しく微笑んだ。
「どう、答えは出た?」
「出たよ」
さあ、最大のショーをお披露目する準備を整えなくては。
こうして俺は、その時が来るのをただただ大人しく待った。
そして遂に、待ちに待った裁判所での判決の日。
弁護士は俺を精神科へと搬送し、治療するべきだと証言し、検事は俺のこれまでのまともな質疑応答から、少年院でしっかり罪人として扱うべきだと争っていたが、結果軍配は弁護士の方へと上がり、幕を下ろす。
立ち上がり、傍聴席を見ると、かなりの空席が目立つ事に気づく。
未成年の犯罪のため、一部のマスコミや関係者しか入れない為だろうが、そこにははじめも座っていた。
何だ、やっと来てくれたのか。
嬉しくなり、頬が緩む。
理解者である彼には1番見て欲しかった。
「はじめ!」
声を上げると、皆の視線が一気に俺に向けられる。
「理解者としての役割りを果たす為、ここに来るなんて、やっぱり何処までもお人好しなんだね」
そう言うが、はじめは悔しそうな顔をしながらも俺の言葉に答えようとはしない。
だが、それでも構わない。
奥で静かに見ていた仮面をつけた母さんと目が合うと、母さんは自分の足元を指さす仕草をして見せた。
見下ろすと、そこにはカミソリが1つ。
俺はそれをすぐに拾い上げ、被告席に飛び乗り又声を荒げる。
「さあ、コレが最後だ」
そう言って舌を噛み切り、首元をカミソリで深く切り裂き、そのまま勢いよく頭から被告席の下に落下する。
念には念を入れた、いくつもの方法を重ねた自殺。
首が変な方向に曲がり、血の味で口の中が充満し、レバーの様な何かが口から出てくる感触がする。
耳鳴りは激しくなり、周囲の音は掻き消され、それでも誰かが俺の体をベタベタと触って来る感触だけが伝わった。
コレまでなるべく大人しくして、自殺を兆しを隠していた為に、俺のこの突然の行動に対処できなかった警察共に笑えて来る。
そうだ、これで俺は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます