第18話 幻

幼いころから事ある度に体調を崩し、それで両親に金銭的にも精神的にも多大なる迷惑をかけていた事。


最初のうち、母さんは優しかった事。



はじめは、そんな話を口を挟まずに静かに聞いてくれる。



そして俺が小学校に上がる頃、突然父さんの働いている会社が経営難に陥った。


そこから、全てがゆっくりと狂い始めていく。


父さんはそれ以降まるで人が変わったように性格が荒くなり、家庭を顧みなくなってしまった。


そんな父さんの心労を気にかけた母さんは、父さんの機嫌を損ねないように必死に取り繕いはじめ、そしてしばらくして母さんも壊れてしまった。


父さんは俺の顔を見る度に「お前が居るから金が消えるんだ」と吐き捨てるように言い、母さんも「貴方が普通だったらこんな事にならなかった、もうお母さんをこれ以上苦しめないで」と言われた。


ココには俺の居場所はない。


「だから、両親を殺害したのか?」


「違うよ、母さんは父さんにずっと愛を求めていた、だから愛が何か知りたくなって殺したんだ」


「どういう事だ?」


流れが理解できないはじめに、その後俺がとった行動を事細かく説明していく。


するとはじめの表情は徐々に引きつりはじめ、ついに口元を押さえた。


「そういや、今日はシチューもあるんだけど、食べる?」


「こんな状況でそんなもの食べれるか!」


「冗談だよ」


なるほど、はじめは直也と違ったいじりがいがある人間だったのだな。


そんな意外な一面に気づきつつ、仮面をつけた母さんと出会った経緯、そしてその後に起こしてきたいくつもの殺しを順序良く説明していく。


「以上が、これまで俺がしてきた事だよ」


話し終えると、はじめは口元を押さえていた手を放して、ゆっくりと深呼吸をする。


「思った以上に、きつい展開だった……」


「そうかな?」


「それに、何故そう言った殺人を行ってしまったのかの経緯を聞くと、納得は出来ないが理解できるこの事実が恐ろしい」


「それは、理解してもらうために分かりやすく説明しているからね」


「そういう事じゃない。普通なら最初に否定してしまうような犯罪でも、聞いて始めに思う感情が“なるほど”という納得している自分に驚いているんだよ」


「自分の感情なのに、自分が理解できないとは不思議だね」


「本当にな、ここまで1つ1つの殺しにしっかりと物語が作りこまれているこの事実が、ただ不気味でしかないよ」


「褒めているのか、貶しているのかよく分からない言い方だね」


「少なくとも褒めてはいない」


「あぁ、そう」


どうやら、はじめは俺の求めるように全てを理解してくれているのだけは伝わった。


正直、俺はそれで十分だ。


まぁ、可能ならこの事実を語り継いでくれればなおの事嬉しいのだがね。


「……死体は、その仮面の集団が全部回収したのか?」


今度ははじめが、先ほどの俺の話から感じた疑問点らしき部分を問いかけてくる。


「多分、そうだと思うよ。殺して以降の死体を見た事はないし」


「なるほど……なぁ、部屋の中を見て回ってもいいか?」


「構わないけど、なんで?」


「少し気になる事があるんだ」


はじめの真剣な表情。


どうやら、彼の中にはまだ謎が残っているらしい。


仕方がない、こうなればとことん付き合ってやろうじゃないか。


「よし、食事をする気配もないし、いいよ部屋を案内しよう」


そういって立ち上がると、これまで静かに食事をしていたふたりの視線が俺に向けられる。


「ごめんね、ふたりは気にせず食事をつづけてて」


「そう、行ってらっしゃい。気を付けてね」


俺の言葉に、ふたりは優しく答えてくれた。


「ありがとう」


そう言って、桃の額にキスをする。


何だろうか、この胸の中に広がる悲しさは……


「おまたせ、さぁ行こうか」


何も言わずに待ってくれていたはじめにそう答え、俺たちはそのまま二階に上がった。


すると、はじめは真っ先に鍵のついた部屋の前に立ち止まり、そして突然その場でしゃがみ込む。


「どうかした?」


そう言ってはじめに近づくと、はじめは扉の前の床を指でゆっくりとなぞり、そして自分の指を見た後「いや、この部屋の床だけ妙に濡れているなって思って」と答えた。


よく見れば、確かに少しだけ湿気っている気もする。


「良く気づいたね、俺もここに住んでいるのに、初めて気づいたよ」


はじめはそのままその扉にそっと触れ、そのあとドアノブにも触れる。


「やけに冷たいな」


「冬のこの時期、使われてない部屋はそんなものじゃない?」


一体何をそれ程気にしているのだろうか。


「なぁ、この部屋には何もないんだよな」


「ないよ、母さんを閉じ込めて以降使われてない部屋さ」


「なら、中を見せてくれるか?」


「……いいよ」


そういえば、以前桃もこの部屋の前で立ち止まっていた。


俺は中をすでに確認している為に何もない事は理解しているが、それ程この部屋には何か他人を引き付ける何かがあるのだろうか。


そう思いながら、鍵を開けていき、扉を開く。


冷気がゆっくりと俺たちに降りかかり、寒気に体が震える。


窓は母さんが外部との連絡を絶つために塞いでいて、明かりも取り外してあった。


「な、何もないだろ?」


それでも、廊下から漏れる光で中身はある程度見えると思うのだが、はじめは携帯を取り出し、ライト機能を使って中を照らし始める。


その瞬間、はじめの顔色は一気に悪くなり、突然俺を押しのけるように駆け出し、トイレに閉じこもってしまった。


状況が理解できずに追いかけると、トイレの外からでも聞こえる嗚咽の音。


何故かはじめは、吐いているのだ。


「はじめ、大丈夫?」


そう問いかけると、少ししてはじめはトイレから姿を現した。


「悪かった……覚悟を決めていたつもりだったが、あの話を聞いた後に実物を見ると、つらいな」


「何の話?」


彼の中で何かがつながった事は俺でも理解できたが、それでも何がどうなってそういう結論に至ったのかがまるで理解できない。


「リバーシ、お前にはあの部屋に何もない様に映っているんだな?」


「え、ちょっと待って、突然オカルトな話とかは、なしだぞ」


「俺は幽霊なんて信じてないよ」


「なら、なんで急にそんな話を?」


「そうだな、これで仮面の母さんの正体も、ある程度察しがついてきた」


嘘だろ。


何度も母さんに会っていた俺ですら全くつかめなかったその正体を、はじめはほんの少し部屋を散策しただけで理解したというのか。


「母さんの、正体って?」


心拍数が徐々に上がっていく。


緊張で体が硬直する。


だがはじめは、そんな俺を見ても一切表情を変えず端的にたった一言こう答えた。


「お前の作り出した、妄想だ」


「……へ?」


思考が停止する。


はじめは、何を言っているんだ。


その瞬間、突然またあのノイズが押し寄せて来た。


『それが……いや、その人が?』


桃がはじめて母さんを見た時に言った言葉、桃は何故最初に“それ”と言ったのだろうか。


「違う、母さんは俺の為に証拠隠滅の手伝いをしてくれて、桃の両親の情報収集もしてくれた‼」


違う、ありえない、そんな事、俺は信じない。


「それに、桃だって母さんと会って、一緒に食事をしてる!

はじめも、さっき見ただろ‼︎」


「俺が見たのは椅子に置かれた白い仮面だけだ。

それに、彼女の場合は単純に話を合わせている可能性が高いだろう。

あと、証拠隠滅も、情報収集も全部お前がひとりで行った事じゃないのか?」


「何を……言ってるんだよ、そんなの俺ひとりで出来るわけないだろ?」


「どうやったかは、俺も分からない。

いや、この場合は警察に聞いた方が早いかもな」


「……え?」


聞き返した途端、まるで狙ったかの様にインターフォンが鳴る。


「悪い……やっぱり俺はリバーシが言う通り偽善者なのかも知れない」


はじめはそう言うと、手に持っていた携帯の画面を俺に向けて来た。


通話中のマークと、見覚えのある3桁の数字。


「リバーシの抱える問題は、俺ひとりで救えるほど簡単ではなかった。

俺は物事を甘く見ていたんだよ、学生なのに、探偵ごっこにお前を振り回した。

本当に……すまなかった‼︎」


頭を下げているはじめと、再度鳴るインターフォンの音から、玄関のある方向を交互に見る。


成る程、そう言うことか。


「謝る必要はないよ」


そう言うと、はじめは驚いた様に顔を上げる。


「だって、はじめは最初に自分が“殺人を許さない男”だと言ってたじゃないか」


それに、本人には自覚がなくても、俺は確かに救われている。


「話しを聞いてくれてありがとう」


そういって、俺はそのまま玄関へと向かった。


そして扉を開け、複数の警察の前に姿を表す。


「さあ、早く俺を連れて行ってよ」


あぁ、今日は良い天気だ。

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