第17話 真実

暗闇の中、体はどんどんと奥に沈んでいく。


先程までいた場所はもう遠くに見え、手を伸ばしても届かない。


助けを求めようと叫んでも、声が出ない。


ただ、ただ、暗い闇へと沈んでいく。



あぁ



俺の人生は、まさにオセロリバーシだ。



最初調子に乗り、敵の黒い石を白くひっくり返したせいで、相手に攻撃させる手数をいくつも与えてしまい、気づけば盤面は殆ど黒く染まっている。


そう、黒だ。


黒に侵食されていく。


白い髪も、赤い目も、心の奥まで、黒が俺を飲み込んでいく。


桃が生徒を殺したからか?


俺が殺さなかったからか?


桃の両親を殺したからか?


偽物の母さんを殺したからか?


いや、もっと前か?


何処で間違えたのか、もうここまで来たら解らない。



ただ解る事は、今の俺には何も残ってないと言う事実。


桃は多分このまま少年院か精神科行きだろう。


コレが、この理不尽な世界が生み出した常識なのだから、今の俺には手も足も出ない。


はじめは、いずれ俺も桃と同じ道を辿ると言っていた。


なら、いっその事、あのまま警察署の中に居れば良かったかもしれない。


そうすれば、母さんが消えた事実を知らずに済んだかも知れないのに。


流した涙が空へと上がっていく。




あぁ、そうか



今、俺は暗闇の中に落ちていたんだ。






小鳥の囀りで目を覚まし、体を起こす。


「いっ!」


体が軋み、全身から感じる謎の痛みに、昨夜自分が床で眠らされていた事に気づく。


本当に、昨日は慌ただしい1日だったな。


「くそっ」


苛立ちから拳を握りしめようとしたその時、自分が何かをつかんでいる事に気づき手元を見る。


「……仮面?」


たしかコレは母さんが……いや、汐淵 茜しおぶち あかねが常に付けていた仮面だったはず。


顔全体を覆い隠す仮面の口元半分だけを切り取ったかの様な不思議な形。


そして、その仮面にピエロと思わしき見た目の装飾がされているのにも関わらず、その全てが白い。


真っ白で、使い古されていて、何処にでもない様で、何処か懐かしい感覚のする仮面。


何故、この仮面から懐かしさを覚えるのだろうか。


そう思い、仮面をひっくり返すと右端の部分に名前が書かれていた事に気づいた。


「……コレ」




“白亜へ”



随分前から書かれていたのか、文字が掠れ、読みづらいが確かにそう書かれている。


それだけの文字に、突然激しいノイズが頭の中を駆け回り、意識が混濁こんだくしていく。


何だ、何かおかしな病気にでも感染したのだろうか。



その瞬間、誰かが俺にその仮面を手渡して来た記憶が過ぎった。



「へ?」


我に帰り、辺りを見渡す。


今のは何だ。


だが、周囲は先程と何ら変わりない状況で、俺は以前床に座ったまま。


まるで狐につままれたかの様な感覚だ。


立ち上がり、体をゆっくり伸ばす。


「……疲れているのかな」


床で眠らされて、しっかり休めてなかったからあんな変な物を見たのだ。


全く、昨日から災難の連続だな。


洗面台に向かい、顔を洗い、ゆっくりと支度をする。


場所によっては聞こえて来る秒針の刻む音と、自身の服が擦れる音。


それ以外は何も聞こえない“無”の空間。


昨日学校では、暫く自宅待機をする事が全校生徒に言い渡されたが、桃が逮捕された今、自宅待機もすぐ終わる事だろう。


きっと、元の日常がまた始まる。


何もなかったあの時間に巻き戻り、全てがリセットされる。


「……」


あぁ……もう疲れたな。


客間のソファーに寝転がり、天井を見上げる。


そもそも俺は、何を求めてこんなにガムシャラに動いていたのだろうか。


そう思った時、視界の端にまだ設置されたままの監視カメラが映った事に気づき、慌てて体を起こした。


アドレスも何もかも綺麗に消されたはずなのに、仮面と監視カメラは残っている。


何だこの中途半端な状況は。


一先ず椅子を動かし、部屋の端まで持って来ると、天井に固定された監視カメラに手を伸ばす。


4ヶ所ネジで固定されていた為に、プラスドライバーを持ち出して回すと、監視カメラは呆気なく天井から外れた。


おかしい、コードはどこにも繋がってない。


設置面の方を見ると、そこには爪で開けられる様な窪みがあり開けてみると、中には単三の電池が3つ。


普通監視カメラは電池で動くだろうか。


「いっ!」


また視界にノイズが走り、足を滑らせ椅子から転倒する。


「ーーっ‼︎」


あぁ、本当に災難続きだ。


後頭部は無事だが、バランスを取ろうとして伸ばした腕とその次に床に触れた骨盤の部分がかなり痛い。


何か行動する度にコレでは、本当に身が持たないな。


それに、先程ノイズと一緒に浮かび上がった映像。


あれは、この偽物監視カメラのパッケージ部分だった気がする。


何故、そんな使われる前の情報を俺が知っているのだろうか。


それとも、コレは勝手な妄想か。


「……分からないよ」


今まで考えもしなかった状況が次々と起こり、頭の中がグルグルと掻き乱されていく。


もう、このまま床に転がっていた方が、いっその事楽かもしれない。


そうだ、そうしよう。


下手にこれ迄の疑問を探ろうとするから痛い目を見るのなら、謎は謎のまま深追いしない事が一番の解説作だ。


信じる者は救われる。


なら、今の俺が望む世界を信じればいい。


元が真実かどうかなんて関係ない。


俺が信じれば、それが真実なんだ。


そう思い、床に寝転がり、今度は仮面を拾って裏返す。






ほら、何も書いてないじゃないか。



本当に、俺らしくない事をしてしまった。


体を再度起こして辺りを見渡す。


先程より少し空間全体が明るくなっている気分がする。




そうだ、忘れていた。


今日は母さんが帰って来る日だったな。


しっかり掃除をして、料理の準備をしないと。


そう思った時、ズボンのポケットに入れていた携帯が震え、手に取り画面を見るとそこには、はじめからのメッセージが届いている事に気づく。


内容は“昨日の話しの続きがしたい”とだけ書かれていた。


これは丁度いいかも知れない。


俺は直ぐに“だったら家においでよ”と返して準備に取り掛かる。


「皿はもう一枚用意した方がいい?」


桃がそんな事を聞いてくる。


「そうだね、お客さんが来るし、今日は盛り上がるよ‼︎」


そう言うと、桃は楽しそうに笑った。




それから準備を進める事1時間、インターフォンが鳴り、急いで出迎えると、そこにはお待ちかね、はじめの姿。


「いらっしゃい、遅いじゃないか」


そう言うと、はじめは少し罰の悪そうな顔をする。


「直也の見舞いに行ってる時だったからな」


「へぇ、そんな事より皆待ってるよ」


「皆ってお前以外に誰か居るのか?」


「桃と母さんだよ」


「桃って、アイツは今警察署内のはずだろ」


「何を言ってるんだ?

桃なら今も俺の後ろにいるよ」


そう言うと、桃がひょっこりと顔を出して、ゆっくりとはじめの方に近づいて行く。


「こんにちは」


挨拶をする桃を見て、何故かはじめが硬直した。


そして一言。


「誰も、居ないじゃないか」


と答えた。


全く、はじめもこんな下らない冗談が言えたんだな。


「目前に桃がいるのに、それはちょっと無理があるんじゃないかな?」


「え……いや、俺は別に冗談を言っているわけでは」


「まぁいいや、中に入って、ちょうどあの時に電話をしようとした人物が待っているから」


玄関前で下らない言い合いをするわけにもいかず、料理が並べられた食卓に案内すると、又そこではじめが足を止める。


「……なんだ、これ?」


「紹介するね、彼女は汐淵 茜さん。俺の今の母さんだよ」


「母さんって……仮面?」


やはり、はじめも仮面姿には動揺するか。


「俺の為に、いつも仮面をつけてくれているんだ。気にしなくていいよ」


「はじめまして、貴方の事は白亜からよく聞いてるわ」


母さんが挨拶をするが、はじめは答えず唖然としている。


「ねぇ、はじめ、挨拶はちゃんと返さないと」


「……え?」


俺の指摘が理解できないのか、聞き返してくる。


おかしいな、彼はそこまで非常識ではなかったはずだ。


「私は別に構わないわよ、多分彼はこの姿に委縮してしまっているのね。

よくある事だから、それより食事でしょ?」


「母さんは、そう言うなら……ほら、はじめも席について」


そういって自分の席に座ろうとしたその時、突然はじめに腕を掴まれ足を止める。


「お前、大丈夫か?」


いつになく真剣な表情、やはり今日のはじめは少しおかしい。


「それを聞きたいのはこっちの方だよ、どうしたんだ、いつものはじめらしくない」


どんな相手にも優しく、気遣いを決して忘れない。


それが俺の知るはじめだが、今回は非常識の連続だ。


「俺にはお前がひとりで喋っているようにしか見えない。

いいか、リバーシ、ここには今俺とお前しか居ないんだ。

しっかり現実を向き合って、もう一度この光景を見ろ」


「この状況は俺の作り出した想像の世界だとでも言いたいのか?」


「そうだ」


成る程、今度はそう来るか。


「確かに、人間の視界というは曖昧だ。

光の屈折や脳への信号の送り方ひとつで一つでこれまで赤いリンゴだったのが青く見える事もある。

そういえば、ないモノを証明するのは悪魔の証明と言われ、不可能だとされているね。

これは今どちらに当てはまる状況かな?」


「その言い方だと、まるでこの状況が偽りであることを知っていながらお前自身がとぼけていると言っているようなものだぞ」


「何を言ってるんだ、俺の目の前には桃も母さんも確かにそこに居て、今も椅子に座りながら俺らの言い合いを不思議そうに見ているじゃないか。

そこに確かに居る人物を証明するのは簡単だ。見せればいいのだからね。

だが、はじめはそれをないと根本から否定している。

その時点で、すでにはじめのその証言は説得力を失っているんだよ」


「どれだけ狂ってしまっても、言葉遊びをするぐらいの脳みそはしっかり残っているんだな」


はじめはそう答えると、漸く俺から手を放し自ら椅子に腰かける。


「なんだか感に触る言い方だが、まあいい。

最初から、そうすればいいんだよ」


本当に、何かある度に突っかかってくるのが好きだな。


そう思いながらも俺も椅子に座り、漸く4人全員が食事を囲んだ状態になった。


「さぁ、さっそくご飯を食べようか」


「あ、じゃぁ私唐揚げもらい!」


俺の合図に桃が早速中央に置かれていた大皿に乗っていた唐揚げに手を伸ばす。


どうやら余程腹を空かせていたのだろうな。


変な話しに巻き込んでしまって、なんだか申し訳ない。


「急がなくても沢山あるんだから」


俺がそういうと、母さんも楽しそうに笑う。


だが、はじめだけは真剣な表情をしたまま食事にも手を付けようとしなかった。


まぁ、あんなふざけた事を言ってきたのだから無理もないか。


「それで、聞きたい事は母さんに会った事で理解しただろうが、俺の背後には居たのはこの母さんだよ」


「……つまり、共犯者がいる事を認めるんだな」


「共犯者、確かに死体の処理や証拠隠滅の手伝いをしてもらっている為、共犯者と言えばそうかもしれないね」


「何故、突然素直に話す気になった」


何故か、そう言われれば何故だろうなあ。


そんな時、ふと、脳裏をよぎる暗闇の中ひとりで佇む俺の姿に、答えは自然と降りて来る。


「多分……理解者が欲しかったのかな」


「理解者か……いいのか、俺は例えどんな理由であれ殺人を許さない男だぞ?」


「構わないよ、理解者に共感性は必要ない」


「そうだな」


俺は知っている、人が本当に死ぬのはどのタイミングなのか。


だからこそ、俺の事を最後まで理解してくれる、覚えてくれる人間が必要なんだ。


誰の中にもその人物の記憶が残らなくなったその瞬間、人は本当の死を迎える。


「だからさ、俺がこれまで何を思って何をしたのか、聞いてくれないか?」


「……わかった」


「ありがとう」


やっぱり、はじめは本物だ。


本気で俺を救おうとしている。


そんな彼だからこそ、俺はこれまで様々な理由をつけては殺す事を躊躇ちゅうちょしていたのだろうな。


今なら分かる、彼は俺の為にも生きるべき存在なんだ。


「俺はさ、小さい頃今よりももっと体が弱くて良く体調を崩していたんだ」


こうして俺は、これまでの事をはじめに全て告白した。

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