第7話 家族
取り止めのない会話に暫く花を咲かせ、一定時間経つと、桃は「そろそろ帰らないと」と言って家を出て行った。
玄関先まで見送り、桃の背後が見えなくなる迄見守った後に客間に戻る。
そして、残されたコップを持って台所で洗い、続けて料理を作り始めた。
さて、思考の時間だ。
今回の会話で手に入れた情報は、桃がひとりっ子であり両親と3人で住んでいるという事実に加え、その住んでいる場所。
この程度の情報では、まだ行動に移す事は出来ない。
そもそも、まずは桃の認識や解釈を改めて貰わなければ、今後の行動の妨げになり兼ねないだろう。
その為には、頻繁に桃と会話を繰り返し、互いの理解を深めて行く必要があるが、幸い明日5時ごろには再度俺の家に来る約束を取り付けた。
一先ず今はコレでいい。
だが、まだ足らない。
「まずいなぁ」
料理の味見をしながらぽつりと呟く。
どうしたものか。
残りの情報を手に入れるには、俺では流石に骨が折れる。
その時、ふと真っ白な道化が脳裏を過ぎった。
……あぁ、そうか。
何をひとりで悩んでいるんだ。
こんな時こそ、母さんに相談すれば良いじゃないか。
慌てて携帯を取り出すと、母さんに着信する。
すると少しして、母さんの優しい声が聞こえてきた。
「ねぇ、母さん、お願いが有るんだけど……」
内容を話すと、母さんは快く引き受けてくれる。
良かった、コレで今回も問題なく進む。
翌日、待ちに待った夕方の5時にインターホンが鳴り、俺は急いで玄関に向かった。
「いらっしゃい!」
勢いよく扉を開けて、元気よく桃に声をかける。
今日はまず互いの理解を深めよう。
そう思っていたが、現実とは何と理不尽なものか。
最悪な事に、視界に映ったのは何故か桃だけではなかった。
一気に気分が沈み、笑顔が消えていく。
「……何でアンタらも一緒なんだ」
桃の後ろには、学校で見慣れた邪魔な存在がふたり。
あのチャラ男とノッポだ。
「リバーシはいつも天気が良いと学校に来ないからな。
体調が悪いわけでも、引きこもりでもないのに学校に行けず皆に会えないのは寂しいだろ?
だから、会いに来てやった!」
「帰れ」
「何でお前らはいつも俺にドライなんだよ!」
チャラ男を冷たくつけ離し、ため息を吐く。
まずいな、コレでは桃との話が進まない。
「ちゃんと、飯食えてるか?」
そんな中、ノッポは不安げに此方の顔色を伺ってくる。
コイツも相変わらずいつも通りか。
「大丈夫だよ、自炊は得意だし。
そんな事より、何でこの3人組なんだよ。
お前ら、桃と接点ないだろう」
「向かった先が一緒で、偶然鉢合わせしたんだよ。
それに、俺はしっかり用事がある。
ほら、学校からの課題だ」
ノッポはそう言って、プリントの束を俺に手渡して来た。
あぁ、忘れていた。
「ありがとう」
「そんな事より、リバーシ!
コレはいったいどういう事なんだ‼︎」
「何が」
ノッポからプリントを受け取って直ぐに、間に入り込む様にチャラ男は俺に詰めよって来る。
「彼女だよ! お前フリーだっただろ!」
「あぁ、最近付き合い始めた」
「嘘だろ、リバーシはあんな状況だから彼女出来ないとたかを括ってたのに、まさか抜け駆けされるとは……あの時、他校の子と会おうとしなかったのにはこんな理由が!」
「関係ないよ……それより、あんな状況って?」
「お前を見守るファンクラブだよ」
落胆するチャラ男の代わりにノッポが答える。
なんだその、ファンクラブは……聞いたこともない。
「俺、モテてたのか?」
その問いに、突然3人が顔を見合わせ、迷いなくうなづいた。
気持ち悪い。
「ファンクラブっていうのは、学内で人気な男子を取り合わない為に女子軍が設立した物で、そこにリバーシの名前があったって訳だ」
「つまり、推しはみんなのモノってスタンスだな」
納得しない俺の表情に気づいたのか、ノッポとチャラ男が分かりやすく説明するが、問題はそこではない。
「桃は俺に告白してきたぞ」
「そこなんだよねー」
チャラ男は突然わざとらしい程大きなため息をついて、俺の肩に腕を回してきた。
「まあ、立ち話もアレだし入れてくれ」
そういうと、チャラ男は強引に中に入り靴を脱ぎ始めた。
「おい、家の人に迷惑だろ!」
そんなチャラ男をノッポが慌てて止める。
あぁ、もうこうなっては、どうしようもないか。
諦めが生まれ、俺はそのまま玄関のドアを大きく開いた。
「両親は今まだ仕事中だから、大丈夫だよ。
さあ入って」
そう言って、俺は3人を招き入れた。
客間まで案内すると、チャラ男は真っ先にソファーに飛び込む。
「人の家だぞ、やめろ」
「硬いこと言うなよ、どうせ誰も居ないんだし」
チャラ男は、ノッポの注意など気にせず転がり、自由に動き始め、俺はそんなふたりを気にすることなく台所に行くと、人数分のコップを用意し始める。
本当にあのふたりは見てて飽きないな。
「手伝わせて」
そんな時、すかさず、桃は俺の元にやって来た。
「ありがとう」
桃に微笑みかけ、ふたりで準備を済ませると、客間のソファーにいるチャラ男のニヤついた表情が視界の端に映る。
「何だよ」
「いやいや、お似合いですねぇ」
冷やかし始めるチャラ男に若干の苛立ちを感じつつも、相手にしては負けだと思った俺は、そのままふたりの元へと向かった。
「お茶でもどうぞ」
後ろをついてきた桃は、トレーに乗せたお茶の入ったコップを人数分テーブル並べ、俺を含め3人はソファーに腰掛ける。
だが、何故かノッポだけは座ろうとせず、辺りを見渡していた。
何か気になる事でもあったのだろうか。
「どうした?」
声をかけると、ノッポはハッとした表情で此方を向く。
「あ、悪いな……監視カメラが偶然見えたから、何かあるのかと思って」
客間の天井角に密かに設置された監視カメラ。
普通一瞬で気づくだろうか。
「よく気づいたね」
「始めてリバーシの家に来たからな、つい当たりをジロジロ見てしまったんだ。
悪かった」
「いや、構わないよ。
俺の親は家に居ない事が多いからね、監視カメラはそんな留守の時に不審者が侵入しないか見る為なんだ」
「へー、そうなんだな」
俺の言葉にそう答え、ノッポはチャラ男の横に腰掛ける。
表情はいつもと同じに見えるが、なんだこの胸騒ぎは。
「なあ、それよりコレからどうするんだ?」
だが、そんな俺の警戒など余所に、チャラ男はいつものノリでよく分からない質問を俺に向けて来た。
本当にコイツは、相変わらず俺の思考の邪魔をするのが好きだな。
「どうって?」
「いや、このままだと今行方不明になってるいじめられっ子の立ち位置に、お前の彼女がなりかねないぞ?」
「何で?」
「リバーシって、頭良いのに馬鹿だな」
思考の邪魔に加え、喧嘩まで売る気か。
だがチャラ男は、こんな俺を気にせず喋り続けた。
「だって、普通そうだろ、揉めない為に告白が禁止されていたイケメンに彼女だぞ。
我慢して見守っていた奴らからすれば溜まったものじゃない。
そこからいじめに発展しても何ら不思議じゃないね」
「……」
つまり、そいつらにとっての愛が俺で、それを横取りされたと言う状況が今と言う訳か。
だが、それがどうした。
俺は、そいつらの自分勝手なその理由で、愛を奪われていたと言っても過言ではない。
そんな奴の愛などに気にかける必要が何処に有る。
「大丈夫、私めげないから!」
そんな中、俺たちの話をコレまで静かに聞いていた桃が遂に口を開いた。
「そもそも自分から告白する勇気もなく、それでいて無駄にプライドが高く、仲間内でいい訳を繰り返す様なファンクラブの人間なんかに負ける気はしないから!」
驚いた、彼女には自分の芯がしっかりとあるのか。
桃の迷いのない、ハッキリとした答え。
それによって次第に胸がときめくのが分かる。
……あぁ、眩しい。
彼女はまるで光じゃないか。
「強い女性だな」
そんな感情に浸っていると、ポツリとノッポが口を開く。
「その事実を知っての行動なら、元々君にもある程度の覚悟はあったんだろ。
前回、俺はいじめられていた彼女に結局何もしてやる事が出来なかった。
だから、と言うわけじゃないが……今度こそ俺達で守らせてくれくれないか?」
ノッポの相変わらず吐き気のするようなセリフに、俺はすぐに横に居る桃を抱きしめ、ノッポを睨みつける。
彼女は俺のだ。
すると、ノッポはそんな俺を見て呆れた様な苦笑いを向けてきた。
「そんな顔するなよ、別に取らないって。
言っただろ、俺達って、お前の彼女なんだからリバーシが中心で進む話である事は決定事項なんだぞ」
「そんなの、言われなくてもわかってる」
「なら、安心だ。直也帰るぞ」
ノッポはそういって立ち上がると、チャラ男はあからさまに不満げな表情をする。
「え、まだ来たばっかりじゃん」
「お前は空気が読めないんだな……俺達ふたりは邪魔ものなんだよ」
「知ってて残ってるんだよー」
チャラ男がそう答えると、ノッポはチャラ男をまるで猫を掴むように首根っこを掴み、無理やり立たせると「いいから帰るぞ」と言いながら引っ張り始めた。
「くそーっ、いいよな、お前も陰で人気あるから俺の非モテ人生の辛さわかんねーもんな‼」
チャラ男はノッポに引きずられながら、そんな事を叫び、そのままふたりともこの家を後にした。
取り残された俺たちはその嵐の様な出来事に言葉を失い、顔を見合わせる。
「何か……ごめん」
「素敵なお友達だね」
桃は気にした様子もなく、優しい笑みを送ってきた。
余計な物音が一切しない、静かな空間。
先程変に慌ただしかった為か、今はそれが落ち着く。
そばにいるだけで満たされるとは、恋人とはなんと偉大な存在なのだろうか。
それにしてもあのノッポ。
あれは、単純に俺達を心配しているだけと捉えて良いのだろうか。
奴の感は、妙に鋭い気がする。
「どうしたの?」
考え込んでいると、桃が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
そうだな、今はふたりきりなのだ。
部外者の事にばかり意識を向けるのは良くない。
「何でもないよ、それよりコレで落ち着いて話しが出来るね」
「うん、今日は確か大事な話があるんだよね?」
「そう、桃には知っておいて欲しい事があるんだ」
そう言うと、俺は横に座る桃に体を向け桃の手を握った。
「桃は、俺の事が好きなんだよね?」
「う……うん」
「俺は、まだ桃を信じられない。
それは、今から話す内容を聞いたら桃は俺から離れていくのではないかと思っているからなんだ」
「そんな事‼︎」
「ないと俺も思いたい。
でも、それを恐れる程の大切な話なんだよ。
桃、君にはそれを聞く覚悟はある?」
散々脅す様な言い方をしての確認。
その為、桃も流石に事の重要性を理解したのか、すぐに答えず考え始める。
そして、覚悟を決めたのか、俺を真っ直ぐと見た。
「聞かせて」
「俺がアルビノで、色々制限のある人生を送って来たのは、何となく察しはついてるよね?」
「……うん」
「小中学時代はそれで酷いイジメを受けていたんだ。
気持ち悪いと言われるのは日常茶飯事で、酷い時には絵の具で染められた色水を真冬にかけられたりもした」
幼い子供という存在は本当に残酷だ。
自分と違う存在を忌み嫌い、それが特別扱いを受ける存在なら尚の事敵視する。
頻繁に休んでも、体育の授業を受けなくても、全く教師から怒られない俺の存在は、余程そいつらからすれば面白くなかったのだろう。
自分と違う見た目、大人が向ける扱いの違い、ソレらの不満点が重なり、俺は虐められた。
当時はノッポの様な生徒は居らず、家でも医療費や怪我の絶えない俺を、両親は金食い虫として嫌っていた為、虐められて帰ってくると舌打ちをされる。
しっかりしてないから虐められるのだと、更に怒られ、反省の為暗い部屋に何時間も閉じ込められた事もあった。
そして欠点だらけの俺に、せめて何か長所が欲しいと思った母は、俺に勉強を強制した。
今の俺になる迄の過去の話。
それを話せば話す程、桃の表情が暗くなっていくのが分かる。
「俺には、自分のこの感情を吐き出す方法が分からなくて……その時、初めて学校で飼育していたウサギに八つ当たりをしてしまった。
ウサギは何も悪くなかったのに……俺にはどうしようもなかったんだよ」
そこ迄話すと、俺は再度桃の目を真っ直ぐと見た。
「ねぇ、こんな俺でも桃はまだ好きだと言ってくれる?」
そう問いかけると、桃は俺に向かって急に抱き締めて来た。
「辛かったね、怖かったよね……何もしてあげらなくてごめんね」
桃はそう言いながら、体を震わせていた。
泣いている。
抱きしめられ、顔は見えないが、それでも桃が泣いているのだけは理解できた。
「俺の為に、泣いてくれるの?」
そう質問すると、桃は「うん」と答えながら抱きしめる力を強めていく。
心地良い。
桃のその行動に、心が少しづつ満たされていくのが分かる。
「でも、俺は罪のない動物を殺めたんだよ?」
「それは……仕方がなかった事だよ。
だって、あんな状況まで落とされた白亜に誰も手を貸してくれなかったのだから。
白亜は悪くない、悪くないんだよ」
「悪くない?」
「うん、悪くない。
だから、自分を責めないで」
桃の優しい、心からの言葉。
それは誰の言葉よりも真っ直ぐ俺の中に溶け込み始める。
そうだ、俺は悪くない。
抱きしめている桃の背中に腕を回す。
あぁ、桃はこんなにも俺の心を満たしてくれる。
コレが愛なのだろうか。
手放したくない。
そう感じると同時に膨れ上がるもう一つの感情が、俺を冷静にしてくれる。
早く、桃を自由にしてあげないと。
「ねぇ、今度は桃の事を聞かせてくれる?」
抱きしめる手を緩め、桃を優しく引き剥がすと、涙に濡れる顔をハンカチで拭き取る。
さあ、今度は桃の闇を聞かせておくれ。
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